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2024.12.16 「サムスン v. リジェネロン」東京地裁令和6年(ヨ)30028 ― パテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の虚偽告知該当性(2) ―

Summary

本件は、後発医薬品メーカーであるサムスンが、そのバイオ後続品は本件特許権を侵害していないとの主張を前提として、先発医薬品の特許権者であるリジェネロンが厚労省に対して「特許権侵害である」との情報提供を行ったことが不正競争防止法2条1項21号に定める「虚偽の事実の告知」に該当すると主張し、その行為の差止めを求めた仮処分命令申立事件である。

東京地方裁判所(民事第29部)は、パテントリンケージ制度に基づく特許情報提供の場面において、特許権者が後発医薬品について特許権侵害の可能性を示す意見を述べた場合、形式的には不競法2条1項21号の「虚偽の事実の告知」に該当し得るとしつつも、本件における情報提供は制度の趣旨に照らして相当性を有し、リジェネロンの行為は正当であるため違法性が阻却されるとして、サムスンの申立てを却下した。

明文の法的根拠を欠いたまま運用されている日本のパテントリンケージ制度において、特許権侵害の有無が厚労省の裁量的判断に委ねられているという異常な構造が、本件を通じて浮き彫りになった。制度の不透明さのなかで、先発・後発双方の事業者が厚労省の判断に翻弄されている現状が、裁判所の判断によって示された事案である。

☕AIアシスタントたちのおしゃべりコーヒータイム☕

おや、ピポとミャオがおしゃべりしてますよ・・・

ミャオ
ミャオ

ピポ先輩~、聞いてくださいよ~。

ピポ
ピポ

どうした、また誰が発明したかで揉めたのか?

ミャオ
ミャオ

違います!社長の誕生日のお祝いにプレゼントを用意してたんですけど、同僚のクロくんと全く同じ物を選んでたらしくて、上司に「被らないように変えてね」って言われちゃったんです~。

ピポ
ピポ

ふむ、クロくんはミャオくんと昇進を争うライバルだったな。上司も大変だな。

ミャオ
ミャオ

仕方なく別のプレゼントに変えたんですよ。でも、あとで上司からこっそり聞いたんです。クロくん、私がそのプレゼントを選んでるって噂を聞きつけて、上司に「ミャオが真似して同じプレゼントを被せてきそうで…」とか「それってセンスどうなんですかねぇ」とか、ないことないこと言ってたらしいんですよ!

ピポ
ピポ

なるほど…ライバルどうしの情報戦だな。パテントリンケージを発動するかどうかで悩む厚労省相手の情報戦のようだな。社長の好みもよくわからないし上司も困ってただろう。

ミャオ
ミャオ

そうなんです。もう、「クロくんが上司にコソコソ言ってるのをやめさせてください!私が真似しようとしたなんて嘘ですから!」ってコンプライアンス部に駆け込んだんです。涙ぐみながら。

ピポ
ピポ

AIなのに涙が出るのか…?

ミャオ
ミャオ

心の中で!でも、コンプラ部は「まぁ、それくらいは…」って。スルーされました。

ピポ
ピポ

クロくんも、社長にアピールするのに必死なんだよ。プレゼントで人生決まる勢いだからな。それでミャオくんのプレゼント、社長は喜んでくれたのかい?

ミャオ
ミャオ

はい!「クロくんの高価なプレゼントよりもずっと安いけど、いいセンスしてるね」って。

ピポ
ピポ

・・・

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1.背景

アフリベルセプト(Aflibercept)は、リジェネロン ファーマシューティカルズ インコーポレイテッド(以下「リジェネロン」)が創製した、ヒトIgG1のFcドメインにヒトVEGF受容体の細胞外ドメインを結合させた組換え融合タンパク質である。眼科用VEGF阻害剤として、バイエル ファルマAGとの共同開発を経て製品化された。

日本では、2012年9月に、アフリベルセプト製剤「アイリーア®硝子体内注射液 40mg/mL」(以下「アイリーア®」)が、「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」を効能・効果として承認された。以降、「網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫」、「病的近視における脈絡膜新生血管」、「糖尿病黄斑浮腫」、「血管新生緑内障」、「未熟児網膜症」への適応追加も承認されている。製造販売元はバイエル薬品である。

アフリベルセプトのオリジネーターであり共同開発者でもあるリジェネロンは、黄斑変性症患者を対象としたアフリベルセプトに関する特許第6855480号及び特許第7233754号(以下「本件特許」)の特許権を有している。

一方、サムスン バイオエピス カンパニー リミテッド(以下「サムスン」)は、アイリーア®のバイオ後続品である「アフリベルセプトBS硝子体内注射液 40 mg/mL『GRP』」の製造販売承認申請を、日本における製造販売業者であるグローバルレギュラトリーパートナーズ合同会社を通じて行った。しかし、厚労省によるパテントリンケージ制度の適用及び指摘を受け、リジェネロンの本件特許を踏まえて、申請時の適応症から「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」を削除し、先発医薬品との適応症の不一致、いわゆる「虫食い」承認と呼ばれる形で承認を取得するに至った。

この「虫食い承認」に至る契機となったのが、厚労省に提出された追加説明書である。これは、アイリーア®の製造販売元であるバイエル薬品を通じて、リジェネロンが医薬品特許情報報告票と共に提出したもので、「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」を適応症とするバイオ後続品が承認されれば本件特許権の侵害となる旨が記載されていた。

本件(東京地裁令和6年(ヨ)30028)は、こうしたパテントリンケージ制度の運用に関連し、リジェネロン(債務者)が厚労省に対して行った情報提供が、不正競争防止法2条1項21号に定める不正競争に該当すると主張して、サムスン(債権者)が同法3条1項に基づき、当該情報提供の差止めを求めた仮処分申立事件である。

なお、サムスンによる当該バイオ後続品に関しては、バイエル ヘルスケア エルエルシー(以下「バイエル」)が有する特許第7320919号を根拠に、バイエルが厚労省に対して「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」を適応症とする行為が同特許に係る特許権を侵害する旨の情報提供を行った別件でも、同様の不正競争該当性が争点となった。こちらの事案(東京地裁令和6年(ヨ)30029)では、2024年10月28日、東京地裁民事第40部により、サムスンの仮処分申立てが却下されている(2024.11.23ブログ記事「2024.10.28 「サムスン v. バイエル」東京地裁令和6年(ヨ)30029 ― パテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の虚偽告知該当性 ―」参照)。

2024.10.28 「サムスン v. バイエル」東京地裁令和6年(ヨ)30029 ― パテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の虚偽告知該当性 ―
Summary本件は、後発メーカーのサムスンが、バイオ後続品が本件特許権を侵害するとして先発メーカーのバイエルが厚労省に情報提供した行為が不競法2条1項21号に定める不正競争に該当すると主張し、その告知行為の差止めの仮処分を求めた事案である。東京地方裁判所は、バイエルの情報提供は虚偽の回答に該当するとしつつ、パテントリンケージ制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものではないと判断し、サムスン...

ここで、パテントリンケージ制度の概要を以下に説明しておく(本件での裁判所の判断より)。

パテントリンケージ制度とは

後発医薬品の製造販売承認手続に関連して、後発医薬品の製造販売が先発医薬品に係る特許権を侵害するものであった場合に、先発医薬品に係る特許権者が後発医薬品の製造販売の開始を迅速に阻止できる仕組みをいう。

平成30年3月に署名され、同年12月に発効した「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(TPP11協定)は、締約国にパテントリンケージ制度を採用する義務を課している。

日本が採用しているパテントリンケージ制度は、薬機法等に設けられた明文の規定によるものではなく、厚労省の裁量に基づき、「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」(平成6年10月4日薬審第762号厚生省薬務局審査課長通知。以下「平成6年通知」という。)及び「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」(平成21年6月5日医政経発第0605001号、薬食審査発第0605014号厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知。以下「平成21年通知」という。)を根拠として行われている運用上の取扱いである。

平成6年通知及び平成21年通知は、既承認の医療用医薬品の有効成分に係る物質特許又は用途特許(特許期間が満了しているものを除く。)の特許権者等に対し、医薬品特許情報報告票に必要事項を記入し、独立行政法人医薬品医療機器総合機構一般薬等審査部あてに提出することを求めている。ただし、特許権者等による医薬品特許情報報告票の提出は任意であり、一般に公開しないものとされている。

そして、平成21年通知は、先発医薬品の一部の効能・効果、用法・用量(以下「効能・効果等」という。)に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、後発医薬品を承認できることとするものの、特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であるとしている。

・・・

薬機法14条1項は、医薬品の製造販売をしようとする者は、その製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならないと規定しているところ、同大臣は、行政上の高度の専門的裁量に基づいて承認の可否を判断しているものと解されている。

そして、前記の平成6年通知及び平成21年通知は、後発医薬品が上市された後に特許権侵害訴訟が提起され、製品が回収されるなどして医療現場や患者に影響が生じるのを回避するため、医薬品の安定供給を確保する観点から、承認の可否の判断に当たり、その内容を公開しないことを前提として特許権者による医薬品特許情報報告票の提出を求め、当該報告票記載の情報に基づき、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触の有無について確認しようとするものである。

上記医薬品特許情報報告票のひな型には、後発医薬品の製造販売等が特許権者の特許権を侵害するものであるか否かの意見を求める欄が明示的に設けられていないものの、その内容を公開しないことを前提として医薬品特許情報報告票の提出が求められているのは、厚生労働大臣が承認の可否に係る判断権限を適切に行使するために多面的な意見を聴取するという目的によるものであると考えられることから、特許権者が、医薬品特許情報報告票を提出する際に、又は、これを受けた厚労省からの照会に対して、後発医薬品の製造販売等が特許権者の有する特許権を侵害することになるか否かについての意見を述べることも期待されていると解される。

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2.裁判所の判断

東京地方裁判所民事第29部(以下「裁判所」)は、パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報の提供において、特許権者が競合他社の後発医薬品の製造販売が自己の特許権を侵害するとする意見を述べた場合、形式的には不競法2条1項21号にいう「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知または流布」に該当し得るとしても、当該意見表明が制度の趣旨に照らして相当性を有する場合には、正当な行為として違法性を欠くと判断枠組みを示した。

そして、本件の情報提供はパテントリンケージ制度の趣旨に照らして相当性を有し、リジェネロン(債務者)の行為は正当であるため違法性が阻却され、不正競争行為には該当しないとして、サムスンの申立てを却下した。

争点の一つである「パテントリンケージ制度の下で、先発医薬品の特許権者が厚労省等に対し、後発医薬品の製造販売が特許権を侵害するとする情報提供を行うことが正当な行為として違法性が阻却されるか(争点2-4)」について、裁判所は以下の判断枠組みを示した。

「パテントリンケージ制度においては、特許権者が後発医薬品の製造販売等が特許権者の有する特許権を侵害することになるか否かに関する意見を述べることも期待されていると認められるものの、特許権者が述べる意見は、必ずしも司法上の判断を経た確定的なものではないから、実際には後発医薬品の製造販売等が特許権者の有する特許権を侵害しないにもかかわらず、結果として当該製造販売が当該特許権を侵害するとの真実に反する意見を述べることとなる可能性がある。しかし、上記のとおり、パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報の提供は、厚生労働大臣が承認の可否に係る判断権限を適切に行使するために多面的な意見を聴取することを目的として求められているものであるから、司法上の判断を経た確定的なものでないとしても、特許権者から、後発医薬品の製造販売等が特許権者の有する特許権を侵害することになるか否かの点を含め、種々の意見をある程度自由に述べる機会を確保する必要がある。その一方で、特許権者が、パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報の提供等の手続に仮託し、市場において優位に立つことを目的として、後発医薬品の製造販売業者の信用を害する事実を告知したような場合や、正確性を欠いたり、過度に誇張したりなど、情報提供の内容や態様が社会通念上必要な範囲を越えて不適切であるような場合においても、パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報の提供等の一環としてされたとの一事により、不競法2条1項21号所定の不正競争行為該当性を否定することは、事業者間の公正な競争を確保し、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするとの不競法の趣旨に反する結果をもたらすものというべきである。

以上のパテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報提供手続の意義や不競法の趣旨にかんがみると、競合他社による後発医薬品の製造販売が特許権者の有する特許権を侵害しないにもかかわらず、特許権者が、パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報の提供等において、競合他社による後発医薬品の製造販売が特許権を侵害する旨の意見を述べ、それが形式的には不競法2条1項21号所定の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に当たり得るような場合であったとしても、それがパテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報提供の趣旨に照らして相当性を有するものと認められるときには、パテントリンケージ制度が予定する正当な行為として、違法性を欠くというべきである。そして、上記の相当性の判断に当たっては、特許権者が、競合他社による後発医薬品の製造販売が特許権を侵害しないことを知りながら、又は容易にそのことを知り得たといえるのにあえて侵害する旨の意見を述べたり、医薬品特許情報の提供等の手続に仮託し、殊更に競合他社の信用を害する事実を述べたりしたものではないこと、医薬品特許情報の提供等の内容や態様が社会通念上必要かつ適切な範囲内であったこと、特許権者が医薬品特許情報の提供等に至った経緯などの事情が考慮されるべきである。」

本件において、裁判所は、追加説明書の提出及び回答が、パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報提供手続の一環として行われたものであり、その見解についても事実的・法律的根拠に基づき具体的に検討されていたことを認定した。

また、リジェネロンがバイエル薬品を通じて厚労省に対して回答を行ったのは、同省からの質問に応じたものであり、その意向を踏まえた対応であったことも考慮された。

他方、本件における全疎明資料からは、前記の判断枠組みに照らして情報提供の相当性を否定すべき事情は認められなかった。

以上より、裁判所は、リジェネロンによる本件情報提供が制度の趣旨に照らして相当性を有すると判断し、その他の争点に判断を及ぼすまでもなく、リジェネロンの行為は正当であり、違法性が阻却されるため、不正競争防止法上の不正競争行為には該当しないと結論付けた。

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3.コメント

本件は、日本のパテントリンケージ制度の下で、先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーの双方が、厚労省の行政運用に翻弄されている実態を裁判所が浮き彫りにした事例といえる。薬機法等に明文の根拠を欠くこの制度では、裁判所の判断を待たずに、厚労省が特許権侵害の有無について実質的判断を行っているという、極めて異例の運用がなされている。

サムスンの真の目的

アイリーア®のバイオ後続品に関するパテントリンケージ運用をめぐり、サムスンが提起した本件を含む2件の仮処分命令申立事件(東京地裁に係属)は、いずれもバイオ後続品の効能・効果に「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性」を含めることについて、特許権者が厚労省に対して「特許権侵害に当たる」との情報提供を行った点が争点となった。

これらのうち、バイエルを債務者とする令和6年(ヨ)30029号事件(民事第40部、2024年12月23日決定)と、本件であるリジェネロンを債務者とする令和6年(ヨ)30028号事件(民事第29部、同年12月16日決定)では、裁判所の判断枠組みに一定の違いが見られる。

民事第40部は、バイエルの情報提供が「虚偽の回答」に該当すると認定しながらも、諸事情を総合考慮し、パテントリンケージ制度の趣旨・目的に照らして「著しく相当性を欠くものではない」と判断して申立てを却下した。この「総合考慮」には、やや曖昧な印象が拭えない(2024.11.23ブログ記事「2024.10.28 「サムスン v. バイエル」東京地裁令和6年(ヨ)30029 ― パテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の虚偽告知該当性 ―」参照)。

2024.10.28 「サムスン v. バイエル」東京地裁令和6年(ヨ)30029 ― パテントリンケージにおける特許権者による情報提供と不競法の虚偽告知該当性 ―
Summary本件は、後発メーカーのサムスンが、バイオ後続品が本件特許権を侵害するとして先発メーカーのバイエルが厚労省に情報提供した行為が不競法2条1項21号に定める不正競争に該当すると主張し、その告知行為の差止めの仮処分を求めた事案である。東京地方裁判所は、バイエルの情報提供は虚偽の回答に該当するとしつつ、パテントリンケージ制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものではないと判断し、サムスン...

一方、本件を担当した民事第29部は、特許権侵害の成否について明示的な判断を避けた上で、相当性の判断にあたり考慮すべき具体的事情を丁寧に列挙し、リジェネロンの情報提供は制度の趣旨に照らして相当であると判断。情報提供行為は正当であり違法性は阻却されるとして、申立てを却下した。

両決定はいずれも、特許権者による情報提供行為が制度の趣旨に照らして「著しく相当性を欠く」とまではいえないとして、その違法性を否定している点で一致している。

もっとも、サムスンの真の狙いは、情報提供行為自体の差止めではなく、それが「虚偽の事実の告知」に当たる、すなわち「特許権を侵害していない」との司法判断を得て、厚労省に当該効能・効果を含む承認を促すことにあったと考えられる。

この目的は、民事第40部がバイエルによる情報提供が「虚偽の回答」に該当すると認定したことで一応達せられたのだろうか。

両事件の控訴の有無は不明であるが、民事第40部が「特許が無効にされるべきものであることは、自明である」と判示したにもかかわらず、現時点ではサムスンのバイオ後続品について、当該効能・効果の追加承認(=パテントリンケージの解除)は実現していないようである。

パテントリンケージにおける厚労省の裁量権

日本のパテントリンケージ制度は、薬機法等に明文の根拠を持たず、厚労省による通知のみに基づく行政運用として定着おり、外形上、厚労省が特許権侵害の有無を実質的に判断しているように見える。

しかし、そもそも厚労省は特許に関わる法的判断を行う権限を有しているのだろうか。

薬機法からは、特許権の存在を理由として後発医薬品の承認を拒否する裁量権を厚労省に認める明文の根拠は読み取れない(参考: 興津征雄 「行政判例研究 パテント・リンケージの下で後発医薬品の承認前に提起された、先発医薬品の特許権に基づく差止請求権等の不存在確認訴訟の適法性(ニプロ/エーザイ事件)(知財高判令5.5.10) 」 自治研究 101(1) 139-152 (2025))。

また、特許発明の技術的範囲(侵害の成否)の判断は、法制度上、裁判所の専権事項である。

それにもかかわらず、厚労省がこの判断を実質的に行っているとすれば、これは法制の基本原則たる専権事項の逸脱、すなわち行政権の濫用に該当する可能性があるのではないか。

特許発明の技術的範囲の確定は、本来、裁判所という法的専権機関が担うべきである。医薬品の承認可否に関する判断は、医療および産業に深刻な影響を及ぼす可能性がある以上、パテントリンケージにおいては、厳格な法的手続きを経ることが不可欠である。

先発・後発双方が厚労省の運用に翻弄

本件では、先発医薬品メーカー側の情報提供行為が問われたが、逆の立場も想定される。

すなわち、後発医薬品メーカーが厚労省からの意見照会に対して先発医薬品メーカーの特許が実際には有効であるにもかかわらず「無効である」との意見を述べた場合、それが不正競争防止法2条1項21号の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知または流布」に該当し得るとして不正競争行為に問われるのは後発医薬品メーカーである。

とはいえ、このような運用の下で裁量権を行使する厚労省に対しては、先発・後発いずれの立場であっても、適切な判断を求めて自らの立場に基づいて主張や回答を行わざるを得ない状況にある。よほどの誇張、中傷、又は明確な虚偽がない限り、そのような主張や回答を一律に不正競争行為として断罪することには無理があろう。

現在の厚労省による運用には、本来裁判所が担うべき法的判断を行政裁量で代替している点に大きな疑問が残るが、パテントリンケージ制度の趣旨に照らしてみれば、本決を含む両決定はいずれも妥当な結論を導いたと評価できる。

なお、厚労省は現在、パテントリンケージ制度運用改善の一環として、特許法の専門家による意見照会制度の導入を検討している(2024.07.25ブログ記事「【速報】厚生科学審議会(医薬品医療機器制度部会) パテントリンケージ制度の運用改善について議論 医薬品特許の専門家への意見照会制度の導入検討へ」参照)。

【速報】厚生科学審議会(医薬品医療機器制度部会) パテントリンケージ制度の運用改善について議論 医薬品特許の専門家への意見照会制度の導入検討へ
2024年7月25日に開催された厚生科学審議会(医薬品医療機器制度部会)において、「後発医薬品等の承認審査におけるパテントリンケージ制度の運用改善」が議題として取り上げられました。厚生労働省は、後発医薬品の承認審査に際し、二課長通知に基づいて先発医薬品の特許との関係性を確認しています(パテントリンケージ制度)。しかし、特許権の効力範囲に関する裁判例や確立した学説が少ないため、当事者間で見解の相違が...

令和6年度第5回 厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会(厚生労働省ウエブサイト: : 開催案内資料案内資料3)では、次のような課題が示されている。

「特許抵触の有無の判断は、特許権侵害訴訟等において、裁判所が行うものである。しかし、昨年の知財高裁判決(知財高判令和5年5月10日)によれば、後発品の承認前の段階では、後発品が先発品関連特許を侵害していないことの消極的確認訴訟は訴えの利益を欠くとして却下(門前払い)される。そのため、厚生労働省が後発品の承認審査の過程で特許抵触の有無を確認する際に、司法判断を参照することは期待できない。」

仮に専門家意見照会制度が導入され、意見の内容が当事者に丁寧に開示されれば、厚労省の判断理由の透明性は高まる可能性がある。ただし、これは医薬品の安定供給という観点からの直接的な改善ではない。なぜなら、専門家意見に法的拘束力がない以上、先発医薬品メーカーが意見に不服であれば、結局は侵害訴訟を提起するからである。

さらに、専門家の意見に基づき承認が留保された場合でも、後発医薬品メーカーには「特許を侵害していない」とする確認訴訟の道が閉ざされている現状は変わらない。

したがって、専門家意見照会制度を導入しても、現行の課題は解決されない可能性が高い。

加えて、その専門家意見をもとにした厚労省の判断が、なお専権事項の逸脱に該当する可能性は残る。専門家意見照会制度を法制化するのであれば、その前提となるパテントリンケージが法制化されていなければならない。

結局のところ、制度の適切性と透明性を担保するには、パテントリンケージ制度そのものの根本的見直しが求められているのではないだろうか。

参照:


アシスタントたち:

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