2025年3月28日、内閣府知的財産戦略推進事務局は、「知的財産推進計画 2025」の策定に向けた意見募集(パブリックコメント)の結果を公表しました(「知的財産推進計画2025」の策定に向けた意見募集の結果について)。
製薬業界団体などからも意見書が提出されています。
これらの意見書は、製薬業界が日本の知的財産政策においてどのような課題を抱え、政府にどのような施策の推進を求めているかを知る上で貴重な資料といえます。
以下に、製薬業界の各団体から寄せられた要望・意見の骨子を紹介します。また、それぞれの要望の背景を理解するのに役立つ過去のブログ記事も併せて紹介しますので、ぜひご覧ください。
1.日本製薬工業協会知的財産委員会
(1)AIデジタル関連発明の審査基準やガイダンスのハーモナイゼーション
日本特許庁が中心となり、AIデジタル関連発明の審査基準やガイダンスの国際的な統一を推進するよう求めています。産業分野ごとにAIの活用目的や進歩のスピードが異なるため、基準の策定・更新にあたっては業界の意見を十分に反映し、慎重に検討することが重要です。また、審査事例の増加を見据え、特許取得の予測やビジネス計画の立案を容易にするため、記載要件の判断手法などの審査基準を主導し、各国の審査を均質化することを求めています。
参照:
- 2024.12.21ブログ記事「2024年、医薬系”特許的”な出来事を振り返る。」(医薬系特許的判例ブログ年報 2024, p1-29)5.厄介?(1)AIによる着想

(2)生物多様性条約・パンデミック条約の国際的議論への適切な対応
生物多様性条約における遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)に関する利益配分制度は、製薬産業の研究開発を阻害し、過大な経済的負担を課すおそれがあります。特に、多重の利益配分義務の発生やデータベースの信頼性低下が懸念されるため、法的確実性を確保し、研究開発を妨げない制度を設計するよう求めています。
また、WHOのパンデミック条約で検討されている病原体及びその遺伝情報の利益配分(PABS)は、迅速なワクチンや治療薬の開発を阻害するリスクを伴います。企業の自主性と柔軟性を確保し、研究開発意欲を損なわない仕組みとするため、国際的な議論に対して適切に対応するよう求めています。
参照:

- 2024.06.16ブログ記事「WHOパンデミック協定採択見送り 知的財産権放棄議論から意見対立は技術移転やワクチン、治療薬及び診断薬配分の仕組みへ」

(3)医薬品データ保護制度の法制化
新薬の臨床試験データを一定期間保護する医薬品データ保護制度は、欧米や韓国では法制化されていますが、日本には明確な法律がありません。現在の再審査制度はデータ保護の目的とは異なります。この制度が法制化されることで、新薬開発の投資回収が可能となり、日本市場での医薬品開発のインセンティブが向上します。また、米国のスペシャル 301 条の監視リストに日本が追加されるリスクも回避できます。欧米や韓国と同様に、日本でも医薬品データ保護の法制化を求めています。
参照:

- 2024.03.26ブログ記事「「知的財産推進計画 2024」の策定に向けた意見 ― 医薬品の臨床試験データを保護する制度(データ保護制度)の法制度化を要望 ―」

- 2024.05.29ブログ記事「米国通商代表部(USTR) 2024年スペシャル301条報告書(2024 Special 301 Report) ― 日本の薬価制度に言及 ステークホルダーからはデータ保護、パテントリンケージ、特許延長の不確実性にも懸念の声 ―」

2.日本ジェネリック製薬協会
(1)パブリックドメインを浸食しうる発明について特許審査の厳格化
2009年の審査基準改訂以降、用法・用量特許が増え、既存の医薬品の一部の使用法が特許で保護される例が増えていますが、これらはパブリックドメインを浸食し、新規性・進歩性が疑わしいものも多いため、無効審判で取り消されるケースが目立つことを指摘しています。その結果、パテントリンケージにより、後発医薬品の承認が遅れ、医療費削減の公共利益が損なわれることは問題であるとして、本来特許が与えられるべき発明のみを適切に保護し、特許の質を維持するために、特許審査の厳格化を求めています。
参照:
- 2022.07.27ブログ記事「「内在同一の問題」 -製薬・バイオテクノロジー分野における新たな科学的発見と公衆衛生との間で揺れる特許保護のジレンマ-」

- 2023.10.31(更新)ブログ記事「【アンケート】パテントリンケージとして運用されている二課長通知の問題点は何だと思いますか?」(医薬系特許的判例ブログ年報 2023, p262-266)

(2)損害賠償制度の更なる強化に反対
損害賠償制度の強化は、スタートアップ企業の萎縮を招き、知財活用を妨げる可能性があると指摘しています。特に医薬品業界では、後発医薬品企業が係争リスクを避けて市場参入を遅らせる懸念があり、後発医薬品の遅れは医療費抑制の公共利益を損なうだけでなく、係争を避けることで判例が蓄積されず、不適切な権利保護が横行することになりかねないと訴えています。過度な権利保護は健全な競争を阻害し、イノベーションの促進に逆効果となるため、損害賠償制度の更なる強化に反対しています。
3.日本知的財産協会
日本知的財産協会からも、製薬業界に特有な事項についての意見・要望が提出されています。
(1)イノベーション拠点税制の海外周知
知的財産推進計画2024では、イノベーション拠点税制の周知が明記されていますが、その対象に海外のスタートアップも含めるべきです。特にライフサイエンス分野では、国内外のスタートアップがイノベーションを牽引しており、日本の創薬エコシステム強化には国内スタートアップの増加が不可欠です。そのため、日本のイノベーション拠点税制の導入や優位点を海外にも周知し、海外スタートアップが日本に拠点を持ち、国内で研究を行う動機付けとなるよう求めています。
(2)IP ランドスケープの普及と業種別活用例の提示
IPランドスケープの普及に向けた活動を進める中で、政府にもその普及を促進してほしい。また、「医薬分野では、疾患が無数にある中、特定の疾患に対する治療薬の研究開発については、最初に論文・学会などで得られる科学的根拠に基づいてその研究テーマが立案・決定され、この新しい研究テーマに関して、知財の観点から他者の特許状況や研究動向の分析を行い、自社研究方針やアライアンス戦略に反映するといったかたちで IP ランドスケープが活用されることが多い」ことも挙げて、業種や技術分野によってIPランドスケープの活用方法が異なることを広めるとともに、各分野に応じた具体的な活用事例を示すことを要望しています。
参照:
- 2021.05.26ブログ記事「製薬会社の”IPランドスケープ”の取り組み(塩野義の例)・・・「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究」より」

(3)医療分野の産学連携強化
医療技術の進展が著しい一方で、同分野の産学連携の活発度が他分野に比べて低いとの指摘があり、このギャップを埋めるため、大学病院の医師、技術移転機関(TLO)、企業がWin-Winの精神で連携を強化し、費用負担や不実施補償の課題を乗り越えることが重要であると指摘しています。
(4)臨床試験データ保護制度の法制化
日本において臨床試験データ保護制度を法制化することを求めています。この制度は、先発医薬品企業が得た臨床試験データを一定期間保護し、特許が短い・存在しない場合でも後発品の承認を一定期間制限することで、開発投資の回収を可能にするものです。医薬品開発には10年以上・数百億~数千億円の投資が必要で、成功確率も低下傾向にあり、リスクの高い事業であることから、欧米や韓国ではすでに法制化されており、日本もTRIPS協定や日英・日EUの経済連携協定の規定に則り、法制化すべきであると訴えています。現在の再審査制度は安全性確認が目的であり、臨床試験データ保護とは本質的に異なるため、独立した法制度として確立することが必要であり、法制化により日本の医薬品開発の安定的な推進とイノベーション促進が期待されます。
この「臨床試験データ保護制度」の法制化の要望は、日本製薬工業協会からも「医薬品データ保護制度」の法制化として要望されています(前述)。
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