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2025.03.04 「日本触媒 v. カネカ」 知財高裁令和6年(ネ)10026 ― 数値限定発明の技術的範囲の解釈と均等論の適用について「権利の公示書」機能を重視 ―

Summary

本件は、紫外線吸収剤の「分子量が700以上」という数値限定発明に関する特許を有する控訴人(日本触媒)が、分子量699.91848の紫外線吸収剤を使用した被控訴人(カネカ)の製品が特許権侵害に当たると主張し、差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

知財高裁は、文言侵害について「700以上」との記載は整数値を意味し、四捨五入の適用は不適切であるとして侵害を否定した。また、均等侵害についても、「700以上」という限定が意識的除外に当たる(第5要件を欠く)ため均等論の適用は認められないと判断し、控訴人の請求を全て棄却した。

本判決は、特許請求の範囲の「権利の公示書」としての機能を重視し、数値限定発明の技術的範囲の解釈と均等論の適用指針を示したものといえる。

☕AIアシスタントたちのおしゃべりコーヒータイム☕

おや、ピポとミャオがおしゃべりしてますよ・・・

ピポ
ピポ

昨日ドライブしてたら、警察官に止められて、「70km/h以上出てるからスピード違反だ!」って怒られたよ。

ミャオ
ミャオ

ピポ先輩! 制限速度40km/hの一般道で30km/h以上オーバーしたら、「赤キップ」(一発免停)ですよ!

 
ピポ
ピポ

でも、実際のスピードは69.991848km/hだったんだ。だから、「赤キップ」じゃないって食い下がったんだよ。

ミャオ
ミャオ

え? それ、ほとんど70km/hじゃないですか?

ピポ
ピポ

いや、AIの自動運転だったから、正確な時速が記録されてたんだ。

ミャオ
ミャオ

でも、スピード違反の「70km/h以上」の「70」って、69.5~70.4を四捨五入した数値なんじゃないですか?

ピポ
ピポ

まあ、確かにその範囲なら普通は四捨五入して70km/hって言うよね。でも、法律には赤キップは「超過速度30km/h以上」と明記されてるだけで、それが四捨五入された数値だとは書かれてないぞ。だから、その数値を信じて、ギリギリ未満で運転してる真面目なドライバーだっているはずだ! って言い返したんだよ。つまり、69.991848km/hは「70km/h以上」じゃない!ってね。

ミャオ
ミャオ

ピポ先輩~。そうであってもスピード出しすぎで法律違反ですよ!

ピポ
ピポ

・・・

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1.背景

本件(知財高裁令和6年(ネ)10026)は、紫外線吸収剤の「分子量が700以上」という数値限定発明に関する特許を有する控訴人(日本触媒)が、分子量699.91848の紫外線吸収剤を使用した被控訴人(カネカ)の製品が特許権侵害に当たると主張し、差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

控訴人は、「700」は小数第1位を四捨五入した数値であり、「699.5以上」と解釈すべきであると主張した。また、「700程度以上」であれば本件発明の本質的部分として十分であるとして、文言侵害及び均等侵害を主張した。

本判決は、数値限定発明の技術的範囲について判断を示しており、医薬品分野における同様の解釈においても参考になる。

本件特許に係る本件発明1(請求項1)は以下のとおりである。

【本件発明1】
1A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
1B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
1C:を含み、
1D:110℃以上のガラス転移温度を有する
1E:熱可塑性樹脂組成物。
1F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1、3、5-トリアジン骨格)である。
また、IUPAC原子量表をもとに日本化学会が発表している原子量は次のとおりとされているから、被控訴人の製品に使用されている紫外線吸収剤に相当する分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量は699.91848である。
炭素 12.0107(8)
窒素 14.0067(2)
水素 1.00794(7)
酸素 15.9994(3)
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2.裁判所の判断

知財高裁(第4部)(以下「裁判所」)は、被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属さないと判断し、控訴人の請求をすべて棄却した。その理由として、文言侵害について構成要件を充足しないこと、均等侵害についても第5要件を欠くことを挙げた。

(1)「分子量が700以上」の技術的意義

裁判所は、「分子量が700以上」という数値限定の技術的意義について、当該数値は臨界的意義を有するものではなく(控訴人もこれを自認している)、すなわち、本件発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅(実施例で用いられた「958」と最大分子量の比較例で用いられた「676」の間の領域)にまたがる数字と考えられるが、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解されると認定した。

(2)文言侵害の成否

控訴人は、分子量の計算方法や小数点以下の処理について明細書に記載がないため、当業者の技術常識に従うべきと主張し、JISハンドブックの「数値の丸め方」基準を援用するとともに、学者の意見書を提出した。

しかし、裁判所は、JIS基準は所与の数値を丸める手法を示すものであり、特許発明の技術的範囲を画するために特許権者自ら任意に定めた数値、いわば「創設された数値」には適用できないと判断した。

また、技術常識として「分子量が整数で示される場合、小数第1位を四捨五入することが通常」としても、特許請求の範囲の解釈にはそのまま適用されないとした。

特許請求の範囲は、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての機能を有し、特許権者が任意に定めるものであることから、「700以上」との記載は四捨五入前の数値を含意するものではなく、整数値の700を下回れば技術的範囲に属さないと結論付けた。

したがって、裁判所は、被控訴人の紫外線吸収剤の分子量が699.91848である以上、本件発明の構成要件を充足しないと判断した。

(3)均等侵害の成否

ア 均等論の第1要件(非本質的部分)について

裁判所は、「700以上」という数値範囲は臨界的意義を有するものではなく、本来、本件発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅にまたがる数字と考えられるところ、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解され、紫外線吸収剤としての性質が分子量699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難いものと認められることから、上記分子量の相違は、本件発明の本質的部分に関するものとはいえない、すなわち、均等論の第1要件は充足すると判断した。

イ 均等論の第5要件(意識的除外等の特段の事情)について

均等論の第5要件とは、「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと」であり(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)、被疑侵害者側が主張立証責任を負う。

裁判所は、まず、「特許請求の範囲の記載は、特許発明の技術的範囲を画する機能を有するものであり(特許法70条1項)、第三者に対しては「権利の公示書」としての役割を果たすことが求められるものである。・・・「分子量700以上」との記載は、一般的な技術文献の記載ではなく、上記のような役割を担う特許請求の範囲の記載であることが本件の大前提となる。」と述べ、証拠によれば、化合物の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しく、小数第4位又は第5位の数字で示される原子量表記載の数値によることになるから、そのような小数点以下の数値を有する数値として算出されるということは本件特許の出願日当時の技術常識であったと認められるところ、それにもかかわらず、控訴人は、紫外線吸収剤の分子量が「700以上」という整数値をあえて使用していると指摘した。

そして、裁判所は、以下のとおり、分子量が699.91848の紫外線吸収剤を使用する被控訴人製品は、本件特許の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきであり、したがって、均等論の第5要件を充足せず、控訴人主張の均等侵害は成立しないと判断した。

「本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものと解するべきである。

そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である。

控訴人は、平成29年最高裁判決は、意識的除外と評価できる場合を、特許請求の範囲の構成に代替し得る技術を明細書に記載し、客観的、外形的に表示した場合に限定しており、出願人の主観的認識だけを問題としていない旨主張する。しかし、同最判は、いわゆる出願時同効材に関する判断を示したものであって、本件に適切でない上、上記・・・の判断は、特許請求の範囲の記載の公示機能を重視する同最判の趣旨に何ら反するものとはいえない。」

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3.コメント

(1)権利の公示書としての機能を重視

本判決は、数値限定発明の技術的範囲の明確性を確保する重要性を強調し、数値限定発明の技術的範囲の解釈及び均等論の適用に関する以下の指針を示している。

  • 数値限定発明における整数値は端数を持たないと解釈
  • 均等侵害の第1要件(非本質的部分)の判断において、数値限定の臨界的意義の有無を考慮(本質的部分であるとした原審の判断とは異なる)
  • 均等侵害の第5要件(意識的除外等の特段の事情)の判断において、出願人が特許請求の範囲で用いた数値表現の形式から意思を推認

裁判所は、特許請求の範囲の公示機能を重視しており、本判決は、特許出願時のクレーム作成において、数値限定を行う場合にはその表現方法や意味合いを明確にしておくなどの慎重な対応が出願人には求められることを示唆している。

なお、控訴人は、均等侵害の第5要件に関し、平成29年最高裁判決は出願人の主観的認識だけを問題としていない旨主張したが、裁判所は本件に同最判の適用は不適切であるとしてこの主張を退けた。

本件控訴審から控訴人の訴訟代理人として加わった設樂隆一弁護士及び清水節弁護士は、平成29年最高裁判決で是認された原審(知財高裁大合議判決)の裁判長裁判官及び裁判官を務めていた(2017.03.25ブログ記事「2017.03.24 「マキサカルシトール事件(均等の第5要件)」 最高裁平成28年(受)1242」及び2016.05.28ブログ記事「2016.03.25 「DKSH・岩城製薬・高田製薬・ポーラファルマ v. 中外製薬」 知財高裁平成27年(ネ)10014」参照)。

(2)数値限定発明の技術的範囲の解釈が争われた医薬判決

数値限定発明は、その技術的範囲が数値によって明確に区分されるため、通常、その範囲自体の解釈を巡る争いは多くないと考えられる。

医薬分野において数値限定の充足論が問題となった最近の事件は以下に挙げるものくらいであるから、本判決は、今後、医薬分野における数値限定発明の技術的範囲や均等論の適用を検討する際にも重要な参考となるだろう。

ア 「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」事件

「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」事件(2016.02.01ブログ記事「2015.12.24 「日産化学・興和 v. ダイト・持田・東和・鶴原・科研・小林化工・Meiji Seikaファルマ」 知財高裁平成27年(ネ)10031」参照)において、知財高裁は、「本件各発明の構成要件C・C’を充足するためには,15本のピーク全ての回折角の数値がその数値どおり一致することを要し,その全部又は一部が一致しないピタバスタチンカルシウム塩の結晶又はその保存方法は,本件各発明の技術的範囲に属するということができないものと解するのが相当である」と判断し、被控訴人製品は特許発明の技術的範囲に属さないとして、控訴人の請求を棄却した。

また、知財高裁は次のように指摘し、特許請求の範囲に記載された数値の厳格な解釈を示した。

「上記事実に照らせば,本件優先日当時,粉末X線回折測定による回折角の数値であれば,特段の言及なくして「±0.2°以内」という許容誤差が当然に認められるというのが当業者の技術常識であったと認めることはできない。(中略)特許請求の範囲や明細書中に,回折角の数値に一定範囲の誤差が許容されることや許容誤差の範囲について何ら記載がない本件各発明について,測定誤差による数値バラツキを考慮することは,技術的範囲の属否が一義的に定まらないこととなり,相当でない。本件各発明の特許請求の範囲にも,本件各明細書にも,構成要件C・C’に規定する回折角の数値の許容誤差の範囲に関する記載がない以上,特許請求の範囲に記載された回折角の数値の許容誤差の範囲を一義的に定めることはできないといわざるを得ない。」

同様の判断が以下のブログ記事で取り上げた事件でも示されている。

イ 「酢酸亜鉛水和物錠及びその製造方法」事件

「酢酸亜鉛水和物錠及びその製造方法」事件(2024.12.05ブログ記事「2024.09.26 「ノーベルファーマ v. 沢井製薬」 東京地裁令和5年(ワ)70178 ― ノベルジン®(酢酸亜鉛水和物錠)後発医薬品の製法は「(乾燥して造粒物を得る工程における)品温が40℃未満」を充足するか ―」参照)では、被告の製造方法が、特許請求の範囲に規定される「乾燥して造粒物を得る工程における品温が40℃未満」に該当するかが争点となった。

東京地裁は、被告が提出した製造指図記録書などの証拠に基づき、被告方法では品温が41℃以上になることが認められるため、構成要件を充足しないと判断し、原告の請求を棄却した。判決文からは、原告が「41℃は測定誤差やバラツキの範囲内である」と主張したかどうかは明らかではない。

ウ 参考文献

数値限定発明の技術的範囲に関する考察は、以下の論文が参考になる。

(3)本件特許を巡る争い

カネカの製品は、光学用アクリル樹脂(HTX-ZU)であり、同製品に含まれる紫外線吸収剤の分子式はC42H57N3O6である。

カネカのウェブサイトによれば、

「カネカ光学用アクリル樹脂は優れた光学的均質性を活かして偏光板用途に幅広く使用されています。また、その優れた透明性を活かしてレンズ、導光板等の光学部品にも展開されています。通常グレード(HTX-Z)と紫外線吸収剤入りグレード(HTX-ZU)を用意しています。」

と紹介されている。

原審の判決文によると、カネカは、遅くとも2013年以降、当該製品の製造・販売等を行っていたようである。

本件特許(第4974971号)は、2009年に出願公開され、2012年に登録された。

仮に、カネカが本件特許の出願公開又は登録公報を確認した上で製造・販売を進めたのだとすれば、日本触媒から特許権侵害を問われるリスクを認識しつつ事業を継続したとも考えられる。

なお、本件特許に至る過程での特許庁の審査において、第三者から刊行物等提出書が提出されているが、これがカネカによるものかは不明である。

カネカは、本件訴訟提起に応じるタイミングで本件特許に対する無効審判(無効2023-800048)を請求している。しかし、本件特許が登録された2012年から本件訴訟が提起されるまでの10年間、カネカは本件特許に対して無効審判を請求する積極的なアクションを取っていなかった。このような対応から、カネカは、日本触媒からの訴訟リスクを認識しつつも、本件特許を侵害していないとの判断を確信していたと推測される。

特許庁に係属している無効審判において、カネカが主張している無効理由の詳細は現時点で不明だが、口頭審理の審理事項通知書からは、少なくとも進歩性欠如を理由としていることが分かる。実際、2024年3月18日付の審理事項通知書には、「進歩性欠如により本件発明1及び6に係る特許は無効とすべき」との特許庁の暫定的意見が示されている。

また、本件特許の明細書を確認する限り、「分子量が700以上」とする根拠や該当する具体的な紫外線吸収剤の記載は乏しい。そのため、カネカはサポート要件や実施可能要件の欠如も無効理由として主張している可能性がある。

一方、日本触媒は訂正請求を行っていない。「分子量が700以上」とする特許請求の範囲の限定をさらに拡張し、カネカ製品を包含できるよう訂正することは困難であると考えられる。

この無効審判は2025年1月に審理終結通知が発せられている。


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