2024年12月25日、知的財産高等裁判所(以下、「知財高裁」)は、令和5年(ネ)第10040号損害賠償請求控訴事件(原審:東京地裁令和4年(ワ)第5905号)を、新しい大合議事件として指定した旨をそのウェブサイトにて発表しました(知的財産高等裁判所 ウェブサイト: 新しい大合議事件の指定について)。
2025年1月27日は口頭弁論期日となっているようです。
知財高裁は、そのウェブサイトにおいて、当該事件についての概要を発信しています。
1.事案の概要
控訴人(第1審原告)は、特許第5186050号の特許権者である。本件の対象となる特許発明は、①自己由来の血漿(けっしょう)、②塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)、③脂肪乳剤の3つの成分を含有する「豊胸用組成物」の発明である。
なお、本件特許の請求項1及び請求項4は、次のとおり。
自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物。
【請求項4】
豊胸のために使用する請求項1~3のいずれかに記載の皮下組織増加促進用組成物からなることを特徴とする豊胸用組成物。
控訴人は、医師である被控訴人(第1審被告)が、その経営する美容クリニックにおいて提供する「血液豊胸術」に用いるための薬剤を生産したことによって、控訴人の上記特許権が侵害されたとして、被控訴人に対して損害賠償金の支払を求めている。
原判決は、被控訴人が上記①~③の成分が同時に含まれる薬剤を調合して被施術者に投与したと認めるには足らないとして、特許権侵害を認めず、控訴人の請求を棄却した。
2.主な争点
- 本件特許発明の組成物を生産するには被施術者から採血する必要がある。また、この組成物は被施術者に投与することが予定されている。このように前後に医療行為を予定する本件特許発明は、「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)でないから特許の対象とされるべきではなく、特許は無効であるか。
- 特許法69条3項の規定により、医師である被控訴人が上記①~③の成分が同時に含まれる薬剤を調合する行為には、特許権の効力は及ばないか。
- 被控訴人が上記①~③の成分を別々に被施術者に投与し、これらの成分が体内で混ざり合った場合に、被控訴人に特許権侵害が成立するか。
【参考条文】
○ 特許法29条1項柱書
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
○ 特許法69条3項
二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。
3.コメント
2024年6月24日、知財高裁は、その第1部に係属中の当該事件について、広く一般からの意見募集を実施しました(2024.06.24ブログ記事参照: 知的財産高等裁判所が第三者意見を募集 ― 体外と体内の狭間、組み合わせの物と方法の狭間、医療と産業の狭間の問題に注目か? ―)。
その意見募集に先立ち、ブログ記事「2023.03.24 「東海医科 v. A」 東京地裁令和4年(ワ)5905 ― 体外と体内の狭間、組み合わせの物と方法の狭間、医療と産業の狭間で ―」(医薬系特許的判例ブログ年報 2023, p106-131)では、「被告行為は、A剤とB剤を別々に投与するものだったとしても、『A剤とB剤を含有する組成物』をクレームとする本件特許発明に係る特許権を侵害する」との主張に踏み込むための理屈を立てることは可能なのか、本件特許発明がどのようなクレームであったなら、被告行為が特許権の侵害であると問える可能性を高めることができただろうかについての雑感を述べております。
医療は産業か否か、特許権の効力は医療関連行為に及ぶのか否か、特許権の効力は体内現象にも及ぶのか否か、組み合わせ医薬用途発明は方法なのか物なのか・・・という各判断の狭間には明確な論理が「介在」するのでしょうか。
時間的・空間的プロセスという方法的要素を含む医薬用途発明を無理やり「物」というカテゴリーに書き換えさせることを出願人に強いている現在の特許法の解釈と運用は、真の発明の内容とクレームに基づく権利の及ぶ範囲との間で「ねじれ」を生んでいます。
医療行為に該当する方法の発明は特許適格性がないと判断した東京高裁判決から20年以上を経て、医療技術も大きく発展してきた現在において、本当に、特許法上「医療」と「産業」の発展を相容れないまま放置し続けても良いのでしょうか。
知財高裁大合議の判決内容に期待しましょう。
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