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EUにおける医薬品関連規則の抜本的改革案 - 医薬品の薬事規制上のデータ保護(RDP)の改革はイノベーションのための効果的なインセンティブとなるか -

2023年4月26日、欧州委員会は、EUの医薬品に関する法律を、より機動的で柔軟性があり、EU全域の市民や企業のニーズに適応したものにするために、20年以上ぶりの大規模な改革を提案すると発表しました。

この改革により、医薬品がより入手しやすく、アクセスしやすく、手頃な価格になること、また、イノベーションを支援し、EUの医薬品産業の競争力と魅力を高めると同時に、より高い環境基準を推進することになるとのことで、加えて、抗菌薬耐性(AMR)との闘いを強化するための理事会勧告を提案しています。

本記事では、改革の目的と主な内容に触れてから、この改革案の中で、知的財産という観点からも非常に重要といえるイノベーションのための効果的なインセンティブ、特に、革新的な医薬品の薬事規制上のデータ保護(regulatory data protection(RDP))の改革案に焦点を当てて紹介します。

この抜本的改革案は、今後、欧州議会及び欧州理事会に提出される予定です。

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1.改革の目的

改革案では、小児用医薬品やオーファンドラッグに関する法律を含む、医薬品に関する既存の法律を改定し、置き換える新しい規則(Regulation)と指令(Directive)の提案が含まれています。

この改革案は、医薬品のライフサイクル全体を対象としており、以下の目標を達成するものであるとのことです。

  • EU全域の全ての患者が、安全で有効且つ安価な医薬品に適時且つ公平にアクセスできるよう、医薬品の単一市場を構築すること
  • EUにおける医薬品の研究、開発、製造のために、魅力的でイノベーションに適した枠組みを提供し続けること
  • 手続きの大幅なスピードアップにより行政負担を大幅に軽減し、医薬品の承認にかかる時間を短縮することで、より早く患者のもとに届くようにすること
  • EU域内のどこに住んでいても、常に医薬品が供給されるようにすること
  • ワンヘルスアプローチにより、抗菌薬耐性(Antimicrobial resistance(AMR))と環境中の医薬品の存在に対処すること
  • 医薬品をより環境的に持続可能なものにすること
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2.改革案の主な内容

改革案の主な内容は以下のとおりです。

  • 患者と国の医療制度にとって、革新的で安価な医薬品へのアクセスが向上する:EUは、製薬会社が自社の医薬品をEU全域の患者に提供することを奨励するため、特にアンメットメディカルニーズに対応する医薬品について、新たなインセンティブを導入する。さらに、ジェネリック医薬品やバイオシミラーといった後続の医薬品の利用が容易になり、承認手続きも簡素化される。また、EUは、医薬品開発のための公的資金の透明性を高め、比較臨床データの作成にインセンティブを与える措置を導入する。
  • 効率的で簡素化された規制の枠組みによるイノベーションと競争力の促進:EUは、医薬品の開発と既存薬の再利用におけるイノベーションを促進する規制環境を構築する。欧州医薬品庁(EMA)は、有望な医薬品の開発者に対して、より良い早期の規制及び科学的支援を提供し、迅速な承認を促進し、中小企業や非営利の開発者を支援する。医薬品の科学的評価と承認を迅速化し、手続きの簡素化、デジタル化により規制負担を低減する。
  • イノベーションのための効果的なインセンティブ:EUは、投資を呼び込み、イノベーションを促進するために、革新的な医薬品に対して最長12年の薬事規制上の保護(regulatory protection)を提供する。最低8年間の薬事規制上の保護が実施され、全ての加盟国で医薬品が販売される場合、アンメットメディカルニーズに対応する場合、比較臨床試験が行われた場合、新しい適応症が開発された場合については延長が可能となる。
  • 医薬品不足への対応と安定供給の確保:各国当局とEMAによる医薬品不足の監視に関する新たな要件が導入され、企業に対する義務が強化される。EU全体で重要な医薬品のリストを作成し、これらの医薬品のサプライチェーンの脆弱性を評価し、関係者が取るべき対策について具体的な勧告が行われる。さらに、欧州委員会は、特定の重要医薬品の供給の安全性を強化するための法的拘束力のある措置を採択することが可能となる。
  • 環境保護の強化:現行の環境要件がより適切に実施されることで、医薬品が環境や公衆衛生に及ぼす潜在的な悪影響を抑制する。
  • 抗菌薬耐性(AMR)への取り組み:AMRはEUにおける健康上の脅威のトップ3の1つとされている。この改革では、抗菌薬耐性菌を治療できる新規抗菌薬に投資する企業に対して、譲渡可能なバウチャーによるインセンティブを提供する。
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3.イノベーションのための効果的なインセンティブ(革新的な医薬品の薬事規制上のデータ保護の改革)

(1)薬事規制上のデータ保護(RDP)とは

製薬企業が革新的な医薬品の販売承認を取得するためには、前臨床試験や臨床試験に関連する膨大なデータを提出し、承認される医薬品の品質、有効性、安全性を証明する必要があります。

それら貴重なデータを販売承認から一定期間保護する制度が、薬事規制上のデータ保護(RDP)制度であり、ジェネリック医薬品やバイオシミラーといった後続の医薬品は、その期間が経過してからでないと、先発の医薬品の承認取得者のデータに依拠して「簡略」承認申請をすることはできません。

このような薬事規制上のデータ保護制度は、新薬の安全性と有効性を実証するために必要な多額の投資を奨励する一方で、他社がこのデータに基づいて後続の医薬品を申請することを容易にし医薬品アクセスを促進するために重要なものとなっています。

本改革案の大きなポイントのひとつは、現行の薬事規制上のデータ保護等を含む、イノベーションのための効果的なインセンティブと医薬品アクセスの抜本的な改革を提案するものとなっている点です。

以下に、薬事規制上のデータ保護を中心とした改革案について、より詳細を紹介します。カッコ内の参照条文”R”は規則(Regulation)案、”D”は指令(Directive)案を意味します。

(2)新規な医薬品に対するデータ保護期間

新規な医薬品が販売承認された場合に付与される標準的な薬事規制上のデータ保護(RDP)期間は、現行の8年から6年短縮されます(D81(1))。

このデータ保護期間の満了後2年が経過するまではジェネリック医薬品及びバイオシミラーといった後続の医薬品を市場に出してはならないとされている(D80(2))点は、現行の2年から変更ありません(この2年を「市場保護期間(market protection)」と呼びます)。

以下の条件を満たす医薬品を販売する場合に、データ保護期間は延長されます。

  • 販売承認が有効となった全ての加盟国において承認後2年以内に十分且つ継続的な医薬品供給が実現された場合(D81(2)(a), 82(1)):+2年
  • アンメットメディカルニーズに対応している場合(D81(2)(b)):+6か月
  • 比較臨床試験を実施した場合(D81(2)(c)):+6か月
  • 有意な臨床的意義をもって他の新しい疾患適応が追加承認された場合(D81(2)(d)):+1年(この延長は1回のみ)

従って、条件によっては、データ保護期間とその後に続く市場保護期間を合わせた薬事規制上の保護(regulatory protection)は最初の承認から最大12年まで及ぶことが可能となります。

(3)オーファンドラッグに対する市場独占期間

新規なオーファンドラッグが販売承認された場合に付与される標準的な「市場独占期間(market exclusivity)」は、現行の10年から9年短縮されます。

すなわち、オーファンドラッグの承認から9年の間、類似の医薬品は同一の適応症について承認されないことになります(R71(1), 71(2)(a))。

但し、以下の条件を満たす場合には、それぞれ定められた市場独占期間となります。

  • アンメットメディカルニーズが高い場合(R70, R71(2)(b)):10年
  • 確立された用途(well-established use)として承認された場合(R71(2)(c)):5年
  • 同一の活性物質について複数承認されても、別々の市場独占期間を付与しない。市場独占期間は、最初のオーファンドラッグの承認が付与された日から開始する(R71(3))

以下の条件を満たす場合に、上記オーファンドラッグの市場独占期間は延長されます。

  • 販売承認が有効となった全ての加盟国において承認後2年以内に十分且つ継続的な医薬品供給が実現された場合(R72(1)):+1年
  • オーファンドラッグの市場独占期間の残り期間の2年前に新しい希少疾病の適応症について承認された場合(R72(2)):+1年(この延長は、新たな適応症が毎回異なる希少疾病である場合、2回認められ、D81(2)(d)の+1年は適用しない(R72(3)))

従って、条件によっては、オーファンドラッグの市場独占期間(market exclusivity)は最初の承認から最大13年まで及ぶことが可能となります。

なお、市場独占期間の残り期間が2年未満となった場合、後続の医薬品の販売承認申請を妨げないとしています(R71(6))。

(4)優先抗菌薬に対する譲渡可能な保護期間のバウチャー導入

抗菌薬耐性(antimicrobial resistance(AMR))の問題は深刻化しており、有効な優先抗菌薬の開発を促進し、この分野への投資を選択する事業者を支援する新しい措置を検討することが必要とされていました。そこで、抗菌薬耐性に対応できる優先抗菌薬の開発を促進するため、譲渡可能なバウチャーが導入されています。

条件を満たせば、「優先抗菌薬」(R40(3))を開発し販売承認を得た者に対して、以下のバウチャーが付与されます。

  • 1つの承認された医薬品について、さらに+1年の薬事規制上のデータ保護(regulatory data protection)を受ける権利を与える(R40(2))
  • 自らの又は他者の承認された医薬品のデータ保護期間の延長のために使用することができ(R41(1))
  • 他の販売承認者に譲渡することができるが、さらに譲渡することはできない(R41(3))

(5)ドラッグ・リパーパシングに対するデータ保護期間

データ保護を受けたことがない医薬品又は初めて販売承認を得てから25年を超えている医薬品(Repurposed medicinal products)について、有意な臨床的意義をもって新たな疾患で承認された場合、4年の薬事規制上のデータ保護期間が付与されます(D84(2))。

(6)小児臨床試験計画(PIP)実施に対する保護期間

小児用医薬品として販売承認され、合意された小児臨床試験計画(paediatric investigation plan(PIP))に従って実施された全ての試験結果が含まれる場合、新規な医薬品が販売承認された場合に付与されるデータ保護期間及び市場保護期間(D80及びD81)の恩恵を受けることになります(R93)。

また、承認申請書に、合意された小児臨床試験計画(PIP)に従って実施された全ての試験結果が含まれている場合(D86(1))、医薬品に関する特許期間を延長する補充的保護証明書(Supplementary Protection Certificate(SPC))に+6か月の延長が付与されることになります(D86(1))。

但し、以下の条件を満たす必要があります。

  • +6か月の延長は、医薬品が全ての加盟国で承認された場合にのみ付与される(D86(3))
  • 有意な臨床的意義をもって他の新しい疾患適応が追加承認されたとして+1年を付与された場合(D81(2)(d))には前記+6か月の延長は適用しない(D86(4))

オーファンドラッグにおいても、合意された小児臨床試験計画(PIP)に従って実施された全ての試験結果が含まれている場合には、補充的保護証明書への+6か月の延長が適用されますが、市場独占期間の延長(現行+2年)の適用は廃止されるようです。

(7)ボーラー条項の明確化

ジェネリック医薬品やバイオシミラーといった後続の医薬品の早期市場参入と競争を促進し、医薬品の低価格化と患者アクセスの促進に貢献することを目的として、より明確化された、いわゆるボーラー条項(Bolar exemption)が導入されます。

ジェネリック医薬品やバイオシミラーといった後続の医薬品の販売承認申請のためのデータを作成するために行われる研究、試験及びその他の活動のために参照医薬品(=先発医薬品)が使用される場合、その行為は、その参照医薬品に関わる特許権又は特許期間を延長する補充的保護証明書(SPC)の侵害には当たらないとされます(D85)。

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4.製薬業界からの厳しい反応

欧州製薬団体連合会(EFPIA)は、欧州委員会が医薬品関連規則改革案を発表した同日に、「AMRに対処するための新しい治療法の研究を促進する動きを歓迎するものの、提案は、欧州の研究開発を弱体化させ、患者のための医薬品アクセスに対処することができない。2年以内に全ての加盟国で医薬品が入手できない場合にイノベーションにペナルティを課すアプローチは、根本的な欠陥があり、実行不可能である」旨の声明を発信しています。

また、米国研究製薬工業協会(PhRMA)も、同日に、「EU全体で医薬品の入手可能性を改善するという 欧州委員会の目標を支持するが、この提案では、その目標はさらに難しくなる可能性があり、医薬品の開発、承認、及びアクセスのプロセスがどのように機能するかについての深刻な誤解があり、新しい治療法やワクチンの発見に不可欠な知的財産システムを侵食することになる」旨の声明を発信しています。

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5.雑感

今回の改革案の内容の是非はともかくとして、このような薬事規制上のデータ保護/市場保護制度は、イノベーションと競争を促進し、結果として患者への医薬品アクセスの向上につなげるために、バランスよくフレームワークを組み立てることができるという点で、非常に柔軟で優れた制度であると思います。

日本では、これに相当するものとして、安全性の確認を目的とした再審査制度が、実態上、ジェネリック医薬品やバイオシミラーの承認を一定期間認めない効果をもつものとして運用されていますが、当然ながら、革新的な医薬品の承認のために生み出された臨床試験等のデータの重要性を鑑みた薬事規制上のデータ保護/市場保護を目的とした制度ではありません。

患者アクセスを志向して条件満たせば保護期間の延長というインセンテイブを与える施策、小児用医薬品やオーファンドラッグの開発促進策としての独占保護期間の設定、抗菌薬耐性(AMR)対策としての譲渡可能な保護期間のバウチャー制度などの施策(案)を打ち出すことができるEUと対比すると、日本は、革新的な医薬品開発への投資を促進するための様々なインセンティブ施策を組み立てようとしても、安全性の確認を目的とした再審査制度を改革するわけにはいかないでしょう。

「我が国の創薬力の強化に向けた取り組みを強力に進めていきたい(岸田文雄首相)」(2023年2月14日の衆院予算委員会にて)のであれば、EUのような柔軟な制度を見習って、日本も本当の意味での薬事規制上のデータ保護/市場保護制度の立法化に向けた本格議論が必要なのではないでしょうか。

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本記事では、欧州委員会が発表した医薬品関連規則改革案、特に薬事規制上のデータ保護に関する改革案を中心に紹介しましたが、誤りや説明不足な点があるかもしれません。正確な情報は以下の原文をご参照下さい。また、この改革案は立法段階にあるため今後大幅な変更があり得ることにもご留意下さい。

コメント

  1. Fubuki Fubuki より:

    【参考】
    ヘイン・ファン・デン・ボス/フレデリック・チェン 「EU医薬品規制改正案と知的財産 -医薬品規制上のデータ保護(RDP)及び市場独占に関する欧州委員会による変更提案-」 知財管理 Vol.74, No.8, p1022 (2024)
    https://www.jipa.or.jp/kikansi/chizaikanri/mokuji/mokuji2408.html
    改正案の議論が進むにしても、法律制定後の移行期間も考慮すれば2028年まで施行されないと一般には予想されているようです。

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