Summary
- パーキンソン病治療剤ノウリアスト®(一般名:イストラデフィリン)の医薬用途発明に係る協和キリンの特許第4376630号についての無効請求不成立審決の取消訴訟で、裁判所は、原告ら(東和薬品、共和薬品工業、日医工)の取消事由(新規性の欠如、進歩性の欠如等)は理由がないとして、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。
- その判断は、引用文献(発明者らが共著者であった)の考察の記載は試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるとはいえないから、本件発明と引用発明との実質的な相違点を認め、当該引用文献には本件発明が開示され又は示唆されていると認めることはできないというものであった。
1.背景
本件(令和3年(行ケ)10155, 10157)は、発明の名称を「運動障害治療剤」とする協和キリンの特許第4376630号に対して東和薬品(参加人: 共和薬品工業及び日医工)がした無効請求(無効2020-800034号事件、請求日:2020年3月31日)に係る不成立審決の取消訴訟である。
特許庁が、東和薬品、共和薬品工業及び日医工が主張する新規性の欠如(無効理由1)及び進歩性の欠如(無効理由2)のいずれによっても本件特許を無効とすることはできないとの審決をしたため、東和薬品(第1事件)、共和薬品工業及び日医工(第2事件)は、当該審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
争点は、請求項1に係る発明(本件発明)についての①新規性及び②進歩性の判断の誤りの有無、並びに③審判指揮の違法の有無である。
本件発明の概要は、次のとおり。
パーキンソン病は、振戦、歩行、運動及び協調の困難を特徴とする脳の疾患であり、黒質中のドーパミン作動性細胞の変性がその症状をもたらすことが示唆されている。ドーパミン作動性細胞が崩壊すると、運動に対する制御が損なわれ、パーキンソン病が発症する。ほとんどのパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じるところ、L-ドーパは、パーキンソン病の最良の治療である。しかし、パーキンソン病が進行し、L-ドーパ療法の開始から2~5年が経過すると、50~75%もの患者において、オン/オフ期間(L-ドーパに対する反応)に変動が起こり、ウェアリング・オフ現象(L-ドーパが有効である期間が減少すること)、オン・オフ変動(オン状態(パーキンソン病の症状が比較的ない期間)が突然容認できないほどに失われ、オフ状態(パーキンソン状態)が発現すること)、ジスキネジア等の重篤で好ましくない反応が現れる。このような状況を踏まえ、本件発明は、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、L-ドーパと併用して選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストである本件化合物(KW-6002)を含有する薬剤を投与することにより、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることができることに着目し、本件化合物を含有する薬剤をそのような用途(ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動におけるオフ時間の減少)に用いる医薬の発明である。
請求項1:
前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、
ことを特徴とする薬剤。
審決では、本件特許出願の先行技術文献にあたる甲A1(Experimental Neurology Vol.162, p321-327 (2000))には、以下の発明(甲A1発明)
が記載されているものと認定され、従って、本件発明と引用発明(甲A1発明)との一致点及び相違点は以下のとおりとされた。
<一致点>
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、
前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
<相違点>
本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点。
しかし、甲A1の考察の末尾には、
結論として、アデノシンA2A受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ…との組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。
との記載(以下、「本件記載」という)があり、この記載が、引用発明(実質的な相違点)の認定や進歩性判断に関して問題となった。
2.裁判所の判断
裁判所(知財高裁 第2部)は、以下とおり、原告ら(東和薬品、共和薬品工業、日医工)の取消事由はいずれも理由がないとして、原告らの請求をいずれも棄却する判決を言い渡した。
- 本件発明と甲A1発明との間には本件相違点が存在し、これは、本件発明と甲A1発明との間の実質的な相違点であるから、本件発明が新規性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告ら主張の取消事由1はいずれも理由がない。
- 本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明又は甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告ら主張の取消事由2はいずれも理由がない。
- 特許庁審判長の審判指揮に違法があった旨をいう原告共和ら主張の取消事由3は理由がない。
以下に、裁判所の判断を一部抜粋する。
(1)新規性についての判断の誤り(取消事由1)について
ア 甲A1に記載された発明の認定
原告東和は、①甲A1が問題としているパーキンソン病の「応答変動」はウェアリング・オフ現象等を指すところ、②甲A1は、そのような「応答変動」に対する治療方法として、すなわち、ウェアリング・オフ現象等のオフ時間を短縮するために非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とし、③そのような目的を達成するため、甲A1においては、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与、L-ドーパとKW-6002との併用等による抗パーキンソン効果の測定を行い、そのいずれにおいても有意な改善が見られたとの結果を受け、本件記載がされたのであるから、甲A1には、「L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある薬剤。」(甲A1発明’)が記載されていると主張する。
しかしながら、甲A1の記載・・・によると、甲A1には、「応答変動」に関しては、「応答変動」を経験する患者の場合は一般的にジスキネジアの出現を伴うことから、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっていることが記載されているものと認めるのが相当であるし、また、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与の効果を調べた試験(図1試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002及びL-ドーパの併用の効果を調べた試験(図4試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットは、長期間にわたってL-ドーパ療法を受けた動物ではなく、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った動物でもない。
さらに、図4試験は、L-ドーパの作用の増強の有無及び程度について調べる試験であり、L-ドーパの作用の持続時間の長短を調べる試験ではない・・・。
そうすると、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。
以上のとおりであるから、原告東和の上記主張を採用することはできない。
原告共和らも、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4試験によって裏付けられていることを前提に、本件記載は本件発明の全構成を記載したものであると主張する。
しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分が、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記イのとおりである。
したがって、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4試験によって裏付けられていることを前提とする原告共和らの上記主張を採用することはできない。
イ 甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点
原告共和らは、動物モデルでの薬効はヒトでの薬効を示すといえるし、MPTP処置コモンマーモセット等の霊長類のパーキンソン病の病態がヒトパーキンソン病の病態に極めて近いものであることは本件優先日当時の技術常識であったから、本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。
しかしながら、・・・本件優先日当時の当業者は、パーキンソン病の治療薬の開発の分野においては、モデル動物において特定の薬効が確認されたとしても、必ずしもヒト患者においても同様の薬効が認められるとは限らないものと認識していたことがうかがわれ、その他、本件優先日当時、パーキンソン病の治療薬に関し、MPTP処置コモンマーモセット等の霊長類において特定の薬効が確認されれば、ヒト患者においても同様の薬効が必ず認められるとの技術常識が存在していたものと認めるに足りる証拠はない。
以上によると、本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
ウ 甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点
本件優先日当時の当業者において、甲A1が、L-ドーパを長期投与せず、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動が生じていない動物を用いて行った試験(図4試験)によってもオフ時間の減少効果を評価できることを開示し、又は示唆していると理解するとは認められない。
したがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
エ 甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点
原告共和らは、甲A1が、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものであることを根拠として、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。
しかしながら、前記・・・説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。
したがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
(2)進歩性についての判断の誤り(取消事由2)について
甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。そうすると、甲A1に「KW-6002が「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、L-ドーパとの併用により「オン時間」を増加させること」が開示され、又は示唆されていると認めることはできない。
以上によると、本件優先日当時の当業者において、甲A1に基づき、MPTP処置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善することが確認されたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。
したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
・・・
甲A2ないし甲A5は、いずれも本件相違点1に係る本件発明の構成(「前記薬剤」が「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるとの構成)を開示し、又は示唆するものではないところ、前記(1)において甲A1について説示したところも併せ考慮すると、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に基づき、MPTP処置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善することが確認されたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。
したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1ないし甲A5に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(3)審判指揮の違法(取消事由3)について
事実経過に照らすと、原告共和らは、本件主張を記載し、本件書証を添付するなどして本件弁駁書を提出したところ、特許庁審判長から審理事項通知書の送付を受け、本件主張を審理の対象としない予定であること、本件証拠を採用しない予定であること等を通知されたため、第1回口頭審理期日において、自らの判断で本件主張及び本件書証の申出を撤回したとみるのが相当である。
そして、特許無効審判請求の当事者(参加人を含む。以下同じ。)がしようとする一定の主張を採用しない予定であること、当事者が申し出ようとしている一定の証拠を採用しない予定であることなどの今後の審理の方針を通知する特許庁審判長の行為(当該審理の方針を記載した審理事項通知書の送付)は、あくまで今後の予定を通知するものであって通知の対象となった事項についての最終的な判断を示すものではなく、もとより当事者を法的に拘束するものでもなく、特許庁審判長の当該行為において示された暫定的な審理方針を受け入れ、これを争い、あるいは、本件主張の提出について特許法131条の2第2項2号の許可を求めるなど、当該審理方針にどのように対応するかは、当事者の選択に委ねられるものであるから、本件において、審理事項通知書を送付して上記の通知をした特許庁審判長の行為は、それだけでは違法であるとはいえない(なお、本件全証拠によっても、本件において、特許庁審判長が違法又は不当な目的をもって上記の通知をしたなどの事情を認めることはできない。)。
3.コメント
(1)本事件の背景・・・ノウリアスト®錠の後発医薬品参入の攻防
ア パーキンソン病治療剤ノウリアスト®の後発医薬品参入障壁
本件特許第4376630号は、
前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、
ことを特徴とする薬剤。
を請求項1とする医薬用途発明に関するものであり、その特許権は、「レボドパ含有製剤で治療中のパーキンソン病におけるウェアリングオフ現象の改善」を効能・効果とするノウリアスト®錠20mgを保護するものである。
ノウリアスト®(一般名:イストラデフィリン(Istradefylline)、開発番号:KW-6002)は、パーキンソン病治療薬として協和発酵キリン(現:協和キリン)で創製されたアデノシンA2A受容体拮抗薬である。
協和キリンは、パーキンソン病治療剤ノウリアスト®(米国製品名:Nourianz®)を、X染色体連鎖性低リン血症治療剤クリースビータ®/Crysvita®及び抗悪性腫瘍剤ポテリジオ®/Poteligeo®とともにグローバル戦略品と位置づけ、価値最大化を進めており、その2022年度売上収益は、日本で80億円、海外で65億円である(協和キリン 2022年12月期 決算短信補足資料)。
ノウリアスト®は、1996年より臨床開発が開始され、「レボドパ含有製剤で治療中のパーキンソン病におけるウェアリングオフ現象の改善」を効能・効果として、世界に先駆けて日本にて、2013年3月25日に製造販売承認を取得した(再審査期間は終了している(8年:~2021年3月24日))。
ノウリアスト®の承認に基づいて本件特許第4376630号に係る特許権の存続期間延長登録がなされており、当該特許権の満了日は2026年8月3日となっている。
従って、少なくともノウリアスト®の効能・効果に係る当該特許権が有効に存続する限り、2026年8月3日までは、厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知(平成21年6月5日付医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)(いわゆる「二課長通知」。日本版パテントリンケージ)に則って、厚生労働省はノウリアスト®の後発医薬品を承認することはないだろう。
ノウリアスト®の後発医薬品の早期承認を目論む後発医薬品メーカー(東和薬品、共和薬品工業、日医工)が、2026年までその参入障壁として存在する本件特許第4376630号を無効にすべく審判請求を仕掛けてきたというのが本事件の背景にある。
イ ノウリアスト®を保護するその他の特許
ノウリアスト®の製造販売承認に基づいて存続期間延長登録された特許権をJ-PlatPatにより調べたところ、本件特許第4376630号を含めて以下の特許が見つかった。
特許番号 | 発明の名称 | 存続期間満了日 | 請求項1(登録時) | 無効審判請求事件 |
---|---|---|---|---|
2613355 | パーキンソン氏病治療剤 | 2018/09/22 | ・・・(省略)・・・で表されるキサンチン誘導体またはその薬理的に許容される塩を有効成分とするパーキンソン氏病治療剤。 | なし |
4376630 (本件特許) | 運動障害治療剤 | 2026/08/03 | (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有するL-ドーパおよび/またはドーパミンアゴニスト療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる薬剤。 | 無効2020-800034 無効2020-800076 |
4606326 | 微細結晶 | 2026/10/16 | 0.5~20μmの平均粒径を有し、結晶化度が40%以上である ・・・(省略)・・・ で表される(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの微細結晶。 | 無効2020-800100 |
4673745 | 固形製剤 | 2026/09/09 | ・・・(省略)・・・ で表される(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンまたはその薬理学的に許容される塩および結晶セルロースを含有する固形製剤。 | なし |
4413866 | ジアリールビニレン化合物の安定化方法 | 2028/01/23 | ・・・(省略)・・・ で表される(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンまたはその薬理学的に許容される塩を含有する固形製剤において、 該固形製剤の形態を、(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンまたはその薬理学的に許容される塩を含有する核部を剤皮でコーティングした形態とし、該剤皮に酸化鉄を存在させることを特徴とする該固形製剤中の(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンまたはその薬理学的に許容される塩の二量化抑制方法。 | なし |
本件特許第4376630号については、現在、別件無効審判請求事件(無効2020-800076)が特許庁に係属している。
また、発明の名称を「微細結晶」とする特許第4606326号に対して、共和薬品工業及び日医工が請求した無効請求不成立審決(無効2020-800100)の取消請求事件(令和4年(行ケ)10064)が知財高裁に係属している。
本件判決では原告の請求を棄却しており、現状のままでは(本事件は最高裁に上訴されたようだが)、厚生労働省がノウリアスト®の後発医薬品を2026年まで承認することはないため、上述の本件特許第4376630号に係る別件無効審判請求事件(無効2020-800076)がどうなるか、さらに「微細結晶」とする特許第4606326号についての無効請求不成立審決取消請求事件(令和4年(行ケ)10064)がどうなるか、原告ら(東和薬品、共和薬品工業、日医工)は起死回生の逆転劇を起こすことができるのか注目していきたい。
ウ 分割特許5612016に対する無効審判請求
本件特許第4376630号には、その特許出願から分割出願として派生した特許第5171556号及び特許第5612016号も存在する(した)。
特許第5171556号(登録日: 2013年1月11日)は、以下に示した特許請求の範囲のとおり、ノウリアスト®の効能・効果を保護しないと思われ、2013年3月25日の承認に基づいて当該特許に係る特許権の存続期間延長登録出願はされず、また、無効審判請求もされていない。
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有するL-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤で誘発される運動合併症(但し、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を除く)を減少させる、あるいは軽減または抑制する薬剤。
【請求項2】
運動合併症がジスキネジアである請求項1に記載の薬剤。
他方、特許第5612016号(登録日: 2014年9月12日)は、以下に示した特許請求の範囲のとおり、ノウリアスト®の効能・効果を保護するようであり、東和薬品により無効審判請求(無効2020-800062号事件、請求日:2020年6月30日)、共和薬品工業及び日医工により無効審判請求(無効2020-800104号事件、請求日:2020年10月30日)がされていた。しかし、協和キリンは、特許請求の範囲の請求項1及び2を削除する訂正を行ったことで、両事件とも審判の請求は却下され、無効審判の確定により、当該特許第5612016号は抹消された。
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン、または(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンとドーパミンアゴニストとの組み合わせのいずれかを含有する、患者が追加のL-ドーパ療法を必要とすることを遅らせるか、またはなくさせることにより、パーキンソン病のL-ドーパによる治療の有効時間を延長する薬剤。
【請求項2】
運動合併症の発症を遅らせる請求項1に記載の薬剤。
分割出願からの特許第5612016号に対する無効審判請求に対して、請求項を全て削除した理由は、同時進行で原告らと争っている本件特許第4376630号の無効審判でも反論ロジックを構築していかなければならないところ、いずれも特許性の際どい勝負となることは必至であり、二兎を追う者は一兎をも得ずということで、分割特許第5612016号と比べれば、ノウリアスト®の効能・効果をより直接的に表現しており、特許権の存続期間も延長され、且つ、より特許性の高いであろう本件特許第4376630号に戦いを一本化して原告らと争う方が最善であると判断したからだろう。
その選択は正しかったと言えそうですね。
(2)特許性の判断について
ア 引用適格を備えた記載は「実証的」でなければならない
アデノシンA2A受容体アンタゴニストがその医薬用途(特定患者の特定疾患)に効果があるという技術常識も出願当時になかったと認定され、裁判所は、引用文献甲A1(Experimental Neurology Vol.162, p321-327 (2000))の考察にある以下の記載(本件記載):
結論として、アデノシンA2A受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ…との組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。
も、「これを裏付ける試験結果等に基づいて実証的な記載であるということはできない」から、本件発明が開示され又は示唆されていると認めることはできず、本件発明へと容易に想到し得たと認めることはできないと判断して、原告らの主張を切り捨てた。
たとえ「可能性」として記載されていたとしても、「実証的」でない限り、その記載は「示唆」されているとも認められない、と裁判所は判断したわけである。
その「記載」は「実証的」ではないから発明の「開示」ではないとしても、その「記載」はあるのに「示唆もされていない」とまで言い切れるのかどうか。事例(技術常識等)によって判断は分かれるのかもしれないですね。
引用文献における実証性の有無・程度が特許性の判断における争点となった事例として、例えば、以下の判決がある。そのうちいくつかは、「用途の有用性を厳密に証明しなくても当業者が合理的に推論できる範囲の記載さえあれば引用発明を認定するのに十分」とした判決である(前田健 用途発明の意義―用途特許の効力と新規性の判断― パテント Vol.72 (12) 別冊No.22 (2019))。
- 2007.03.01 「ブリストルマイヤーズスクイブ v. 日本ケミカルリサーチ」 知財高裁平成17年(行ケ)10818(臨床試験プロトコルの記載により新規性を否定)
- 2007.07.12 「エンシステックス v. バイエルクロップサイエンス」 知財高裁平成18年(行ケ)10482(引用文献に具体的な生物試験の結果が示されていなかった、適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないとして進歩性を否定)
- 2008.07.30 「ファルマシア・アンド・アップジョン v. 特許庁長官」 知財高裁平成19年(行ケ)10377(著者が根拠のない単なる希望や空想ではなく専門家として見解を記載していると考えるのが自然であり、試験結果の記載があるかどうかにより左右されるものではないとして進歩性を否定)
- 2008.11.26 「バイエル v. 大洋薬品」 東京地裁平成19年(ワ)26761(文献には製造方法が記載されていないが刊行物に記載された発明であると認定され新規性を否定)
- 2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10148(引用例の図には本件発明の構成が記載されており、その作用効果又は作用効果に関わる構成も記載されているに等しいというべきであって、刊行物に記載された発明であるというほかないと判断)
- 2013.10.16 「沢井製薬 v. 第一三共」 知財高裁平成24年(行ケ)10419(医薬発明が開示されているといえるためには薬理試験が医薬用途を合理的に推論できる試験であれば足りる)
- 2014.08.07 「セルジーン v. 特許庁長官」 知財高裁平成25年(行ケ)10170(一行記載の疾患にも合理的に有効であると理解できると判断)
- 2015.08.20 「サントリー v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)10182(用途の一行記載(一例記載)を認定せず、実施例で示された疾患の治療を認定)
- 2016.03.08 「キュアバック v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10043(技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり、かつ、それで足りる)
- 2017.02.28 「ザ・ヘンリー・エム・ジャクソン・ファンデイション v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10107(臨床効果が記載されていないから引用発明の認定を否定)
- 2021.03.25 「沢井製薬 v. 東レ」 知財高裁令和2年(行ケ)10041(技術的な裏付けの乏しい一つの仮説にすぎないとして動機付けを否定)
- 2021.06.29 「EAファーマ v. 沢井製薬・大原薬品工業」 知財高裁令和2年(行ケ)10094(臨床試験計画(プロトコル)の記載と技術常識から進歩性を否定)
そして、以下の文献は、新規性・進歩性要件において争点とされる、引用文献に求められる開示の程度(適格性)について網羅的に取り上げており大変参考になる。
- 宮崎 賢司 「引用文献の適格性にみられる「聖域」とは何か 〜特許法29条2項が同条1項にいう「発明」のみを引用すると何が起きるのか〜」 特許庁技術懇話会 特技懇 300号 2021.01.29 http://www.tokugikon.jp/gikonshi/300/300kiko2.pdf
イ 発明者自ら発した言葉への責任
本件で引用文献として問題となった甲A1(Experimental Neurology Vol.162, p321-327 (2000))は、本件特許第4376630号に係る特許権者である協和キリン(当時は協和発酵工業)所属の発明者ら自身が共著者として公表したものである。
しかし、本件判決文にはその点の指摘は見当たらない。
本件訴訟において、甲A1の記載の中でも問題となった「本件記載」についての原告らの主張に対して、協和キリンは以下のように反論した。
本件記載は、①ジスキネジア現象が延長されず、かつ、②ウェアリング・オフ現象のオン時間が増加し、かつ、③オン・オフ変動のオン時間が増加するとの記載ではあるが、上記①ないし③は、いずれも甲A1の試験結果とは無関係の記載であり、単に患者が自由に動ける時間が長くなるという意味にすぎないのであって、本件記載は、いわば究極の治療目標を記した単なる願望的な記載にすぎない。
– 判決文中、被告(協和キリン)の主張より –
出願人又は発明者ら自らが「可能性」として記載した学術論文の内容(本件記載)については、出願人又は発明者らにその発言の責任があるはずだが、これを「(論文の)試験結果とは無関係」、「単なる願望的な記載にすぎない」と今になって主張することは、個人的には、あまり褒められたことではないように思うところ、このように発明者ら自らが発した記載(本件記載)は、たとえその記載が「実証的ではない」又は「単なる願望にすぎない」ということであったとしても、引用文献に現に記載はされているということは事実なのだから、何らかの意味を持って、引用発明の適格性又は容易想到性の判断において考慮されてしかるべきではないだろうか(特許性を確保するためには致し方ない主張とも思うところであるが)。
エストッペルの観点からすれば、発明者ら自らが論文に発表した場合と第三者が同じ意見を論文に発表した場合とで、その記述が特許性に与える影響に異なる場合があるかどうかは、国によって異なるかもしれない。
日本では、発明者自身の発言が、引用発明適格又は動機付けにおいて特許性に不利に働くといったエストッペルの法理はあるのでしょうか。
また、その引用文献(甲A1)中の本件記載が「実証的」なものではないとしても、「可能性がある」と記載したその「発明」を、実際には、後に出願人が本件特許出願において単に実証したにすぎない、という考え方があるかもしれない。
ウ 協和キリンの論文公表タイミングへの違和感
協和キリンは、将来製品となったらその効能・効果を保護する事業上極めて重要な特許権となることを期待して本件特許出願をしたはずである。
しかし、本件特許出願の優先日前にその発明の特許性を揺るがしかねない(現に本事件では無効理由として問題となった)論文(甲A1)を協和発酵工業(現・協和キリン)自らその発明について出願する前に発表してしまったこと(または発明者らに発表を許したこと)には、極めて違和感がある。
しかも、物質特許出願から10年近くが経とうとしていた当時、開発状況からその物質特許権の残存期間も承認までには残り少なくなるだろうことは明らかであったことから、本件医薬用途発明の特許への期待とその重要性は極めて高いものであったはずである。
驚くべきことに、2000年公表の甲A1(Experimental Neurology 2000 Apr; 162 (2): 321-327. Combined Use of the Adenosine A2A Antagonist KW-6002 with
-DOPA or with Selective D1 or D2 Dopamine Agonists Increases Antiparkinsonian Activity but Not Dyskinesia in MPTP-Treated Monkeys)だけでなく、本件特許出願日(優先日:2002年1月28日)よりも前に協和発酵工業所属の社員又は本件特許の発明者が著者として公表したイストラデフィリン(開発番号:KW-6002)の薬理作用等に関する論文公表は、少なくとも以下の表に挙げるもの(約10件も!)が見つかった。
製品価値を最大化するための知財戦略として、どのような公表戦略に基づいて、協和キリン(当時は協和発酵工業)から本件特許出願日(優先日)前に多くの薬理関連の論文投稿が連発されたのか・・・と不思議に思うところであるが、今から約20年前のことであり、現在は協和キリンもこのような無謀なタイミングで論文公表をするようなことは決して無いだろうと願うところである。
その他参考:
- ノウリアスト米国承認への道 – 協和キリンメディカルサイト: https://medical.kyowakirin.co.jp/neuro/info/nrt/001/index.html
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