Summary
骨粗鬆症治療剤エディロール®カプセルの有効成分エルデカルシトールの前腕部骨折抑制剤に関する医薬用途発明(特許第5969161号)に係る特許権を保有する中外製薬が、沢井製薬及び日医工がその後発医薬品を製造・販売する行為は侵害に当たると主張して、その差止・廃棄を求めた事件。
原審は、本件発明はいずれも乙1文献に記載された発明に基づき新規性が欠如し、本件訂正によってもその無効理由は解消されないと判断し、中外製薬の請求を棄却した。
これを不服として中外製薬は本件控訴を提起した。
裁判所(知財高裁・第3部)は、
- 「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」から本件発明と乙1発明との各相違点は実質的な相違点ではないとして、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、本件特許は無効とされるべきものである
- 本件訂正によっても、上記無効理由は解消されないから、訂正の再抗弁は認められない
- したがって、その余の点について判断するまでもなく、中外製薬の請求を棄却した原判決は相当である
として、本件控訴を棄却した。
中外製薬は、判決の内容を踏まえた上で今後の対応を検討していくとのコメントを出している。
1.背景
本件(知財高裁令和4年(ネ)10065)は、発明の名称を「エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤」とする特許第5969161号の医薬用途発明に係る特許権を有する中外製薬が、沢井製薬及び日医工がそれぞれ製造販売承認を得た医薬品が、いずれも上記発明の技術的範囲に属するとして、沢井製薬及び日医工に対して、特許法100条1項、2項に基づき、同医薬品の生産、輸入、譲渡、譲渡の申出及び廃棄を請求した特許権侵害差止等請求控訴事件である。
原審は、本件発明はいずれも乙1文献に記載された発明に基づき新規性が欠如し、本件訂正によってもその無効理由は解消されないと判断し、中外製薬の請求を棄却した。
原審(東京地裁令和2年(ワ)13326; 13331)については以下の記事参照:
これを不服として中外製薬は本件控訴を提起した。
乙1発明は「原発性骨粗鬆症患者を対象として0.75μg/日の用量で経口投与される、以下の化学構造を有するED-71を含んでなる、骨粗鬆症治療薬。」であり、本件発明と本件訂正発明は以下の表のとおり。乙1発明との相違点1~3を赤字で示した。
本件発明 | 本件訂正発明 |
---|---|
本件発明1 1A エルデカルシトールを含んでなる 1B 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための 1C 医薬組成物。 | – |
本件発明2 2A 投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である、 2B 請求項1に記載の組成物。 | – |
本件発明4 4A エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、 4B 請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。 | 本件訂正発明4 4C エルデカルシトールを含んでなる 4D 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、 4E 投与される対象が I 型骨粗鬆症患者であり、 4F エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、 4G 上記組成物 本件訂正発明5 5A エルデカルシトールを含んでなる 5B 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、 5C 投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者であり、 5D エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、 5E 上記組成物 |
2.裁判所の判断
裁判所(知財高裁・第3部)は、
- 「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」から本件発明と乙1発明との各相違点は実質的な相違点ではないとして、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、本件特許は無効とされるべきものである
- 本件訂正によっても、上記無効理由は解消されないから、訂正の再抗弁は認められない
- したがって、その余の点について判断するまでもなく、中外製薬の請求を棄却した原判決は相当である
として、本件控訴を棄却した。
以下に、各相違点についての裁判所の判断を抜粋する。
(1)争点2(本件発明1、2、4は、乙1発明に基づき新規性を欠如するか)について
「(ア) 前記⑵のとおり、本件発明と乙1発明との相違点は、「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」にある(相違点1)ところ、控訴人は、本件発明につき、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者群において予測されていなかった顕著な効果を奏するものであり、エルデカルシトールの新たな属性を発見し、それに基づく新たな用途への使用に適することを見出した医薬用途発明であるから、相違点1に係る本件発明の用途(「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」)は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途とは区別される旨主張する。
(イ) そこで検討するに、公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。
そして、前記1⑵のとおり、本件発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。
(ウ) しかしながら、前記⑶イの技術常識によれば、当業者は、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記⑶ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記⑶イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。
以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。
・・・
(オ) 以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。
そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
(カ) したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。
・・・
以上によれば、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、特許無効審判により無効とされるべきものであると認められる。」
(2)争点4(本件訂正4、5によって、本件発明4に係る新規性欠如、進歩性欠如の無効理由が解消されるか)について
ア 本件訂正発明4の新規性の有無
「本件明細書の記載及び技術常識を踏まえると、当業者は、Ⅰ型骨粗鬆症患者について、特に前腕部の骨折リスクが高い患者群であると直ちに認識するものではないというべきである。
そうすると、相違点3に係る本件訂正発明4の投与対象者の特定は、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者であることを超える技術的意義を有するものではないというべきである。
(ウ) 他方で、乙1発明の「原発性骨粗鬆症患者」にⅠ型骨粗鬆症患者が含まれることは明らかである。
(エ) 上記(イ)及び(ウ)によれば、当業者は、本件訂正発明4及び乙1発明の投与対象者について、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者としてⅠ型骨粗鬆症患者を含むという点において一致するものと認識するといえる。
(オ) 加えて、前記2⑷で検討したとおり、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書には、投与対象者がⅠ型骨粗鬆症患者である場合に、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記2⑶ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。
そうすると、当業者は、投与対象がⅠ型骨粗鬆症患者である場合に、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。
(カ) 以上によれば、当業者は、本件訂正発明4において特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、乙1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されると認識するものではないというべきである。
(キ) したがって、相違点3は実質的な相違点ではない。
・・・
以上によれば、相違点3は実質的な相違点ではなく、また、・・・相違点1も実質的な相違点ではないから、本件訂正発明4は、乙1発明に対する新規性を欠くものと認められる。」
イ 本件訂正発明5の新規性の有無
「本件訂正発明5においては、医薬組成物の投与対象者が「非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる」者と特定されているところ、本件訂正発明5は、相違点1に係る用途である「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」に投与される医薬組成物であるから、当然に、非外傷性である前腕部骨折を抑制する必要がある患者に対して投与されるものである。そうすると、本件訂正発明5における上記の特定は、相違点1に係る用途に対応する者という以上に投与対象者を特定するものではないというべきである。
(イ) そして、相違点1に係る用途が乙1発明の用途と区別されるものではないことは、前記2⑷で検討したとおりである。
(ウ) したがって、相違点4は実質的な相違点ではない。
・・・
以上によれば、相違点4は実質的な相違点ではなく、また、・・・相違点1も実質的な相違点ではないから、本件訂正発明5は、乙1発明に対する新規性を欠くものと認められる。」
3.コメント
本件の控訴審判決の言い渡し日と同日に、同特許第5969161号に対する無効審決の取消しを求めて中外製薬が提起した訴訟(令和3年(行ケ)10066)の判決も言い渡されている。
この審決取消請求事件でも、本件発明と乙1文献に記載された発明との相違点の有無が争点となり、知財高裁(第3部)は、「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」から各相違点は実質的な相違点ではないとして、新規性を否定した審決の判断に誤りはないと判断し、中外製薬の請求を棄却した。
本件(特許権侵害差止等請求事件)の控訴審判決の新規性の判断の内容は、上記審決取消請求事件における知財高裁判決とほとんど同じであるので、その新規性の判断の内容については以下の審決取消請求事件判決の記事も参照してほしい。コメントには(1)東京地裁の新規性判断のおさらいと(2)知財高裁の新規性判断について述べている。
- 2022.12.19記事: 2022.12.13 「中外製薬 v. 沢井製薬・日医工」 知財高裁令和3年(行ケ)10066・・・「技術常識によれば当業者は認識するものといえる」エルデカルシトール前腕部骨折抑制医薬用途発明の新規性を否定
なお、本件の控訴審判決を受けて、2022.12.14記事「エディロール®カプセルの医薬用途発明に係る特許権侵害訴訟 中外製薬の控訴棄却 沢井製薬と日医工が勝訴」にて紹介したとおり、各社はプレスリリースを発出している。
エディロール®カプセルは、2011年1月21日に国内承認され、中外製薬による2019年度売上高は367億円、中外製薬との販売提携をしている大正製薬による2019年度売上高は270億円に達した。
しかし、2020年度は後発医薬品の市場参入の影響により278億円(中外)及び162億円(大正)、そして、2021年度は223億円(中外)に減少し、大正製薬は販売提携終了に伴い2021年4月10日をもって販売を終了した。
2022年度売上高は108億円(中外)と予想されている。
参考:
2021年12月、中外製薬は、東和薬品にオーソライズド・ジェネリックの製造販売を許諾し、東和薬品が承認を取得、中外製薬が製剤化まで実施し、東和薬品へ供給していくと発表(2021.12.03 中外製薬 press release: 骨粗鬆症治療剤「エディロール」、東和薬品によるオーソライズド・ジェネリック品の承認取得について; 2021.12.03 東和薬品 press release: エルデカルシトールカプセル0.5μg/0.75μg「トーワ」オーソライズド・ジェネリックの製造販売に関するお知らせ)。現在、東和薬品は、エディロール®カプセルのオーソライズド・ジェネリックを販売している。
また、中外製薬は、2022年8月15日に「エディロール®錠0.5μg/0.75μg」について製造販売承認を取得し、2022年12月9日に薬価基準収載、東和薬品より販売を開始した(2022.12.09 中外製薬 press release: 骨粗鬆症治療剤「エディロール錠」発売のお知らせ)。
エディロール®(エルデカルシトール)カプセルは真ん丸の形状であるため、転がりやすく扱いづらいらしいが、先発品で錠剤が販売されたことで後発医薬品のカプセルと先発品の錠剤のどちらがより取り扱われることになるのだろうか。
中外製薬と東和薬品によるオーソライズド・ジェネリックの投入や、錠剤の投入が今後のエディロール®の価値最大化にとって功を奏すのかどうか見守りたい。
コメント