2022年4月1日、日本製薬工業協会(製薬協; Japan Pharmaceutical Manufacturers Association (JPMA))は、2022年度「事業方針・事業計画・実施計画」を公開しました。
本記事では、2022年度実施計画に掲げられている製薬協「知的財産委員会」が取り組む重点課題を取り上げ、関連する記事を紹介します。
1.知的財産に関する国際的課題への取組みの推進
グローバルヘルス(COVID-19等のパンデミック対応、WHOパンデミック条約、医薬品アクセス、顧みられない熱帯病)及び生物多様性条約・WHO(名古屋議定書、デジタル配列情報、遺伝資源・伝統的知識、WHO BioHub)等の知的財産に関わる国際的な諸課題について、国際機関、海外政府機関および社会に対して課題解決に向けた働きかけを推進する。
そのために、IFPMA、海外製薬団体(PhRMA、EFPIAなど)、国際商業会議所及び国内関係省庁等と連携し、内外動向に関する情報収集、課題抽出、課題解決策の検討、解決に向けた行動を行う。
特に重要な課題として医薬品特許の権利化及び権利行使の制限に係る問題について、IFPMA及び海外製薬団体と連携して取り組む。
主な具体的活動は、
- COVID-19を含めたパンデミック及び医薬品アクセスに関する国際的議論への対応
- IFPMA/IIPT委員会及び国際商業会議所(ICC)への参画
- 海外製薬団体(PhRMA、EFPIAなど)及び他産業団体との協働
- 関係省庁との連携
- WTO、WHO、WIPO、CBD等における日本政府、IFPMA及び国際商業会議所の活動のサポート
- 課題解決に向けた調査・研究
である。
「COVID-19を含めたパンデミック及び医薬品アクセスに関する国際的議論」については、ドーハ宣言採択から20年を超える歳月を経てもなお、WTO等で議論し続けられています。
COVID-19に対する治療薬やワクチンの医薬品アクセス問題の原因のすべてを特許権(知的財産権)の存在(または知的財産制度)に求めることは問題の解決に繋がりません。
COVAXやMedicines Patent Poolを活用・促進することによって今まさに利用可能となったワクチンや医薬品を、いかに現地の患者の手元まで分配することができるかが議論すべき問題の本質です。
そのための体制や現地医療インフラ構築、現地国民へのワクチン接種等の重要性の啓蒙、各国の援助も含めた取り組みなど、具体的な課題に向けた議論・その支援・推進が加速されることを願います。
本ブログ記事「2021年、医薬系”特許的”な出来事を振り返る。」の項「3.公共の利益と知的財産権とのあいだで揺れた一年(1)医薬品アクセスとTRIPS waiver」をご参照下さい。
2.知的財産制度の国際調和への取組みの推進
知的財産制度の高いレベルでの国際調和に向けて、国内関係省庁及び海外製薬団体等と連携し、EPA及び特許庁間会合等の2国間及び多国間協議並びにパブコメ対応等を通じて海外政府機関への働きかけを推進する。
主な具体的活動は、
- 各国知財制度の問題点について国内関係省庁と協議を行い、2国間及び多国間協議での日本政府の活動をサポートする。
- 対応する海外製薬団体との協働及びパブコメ対応を行う。
- 各国政府による知的財産制度の運用実態や司法判断を監視し、取り組むべき問題点を特定する。
である。
「各国知財制度の問題点」としては、例えば、昨年、大幅改正を実施した中国の知財制度(特許期間延長制度、パテントリンケージ制度、データ保護制度)の問題点について運用実態や司法判断等を監視していくことが期待されます。
本ブログ記事「2021年、医薬系”特許的”な出来事を振り返る。」の項「4.中国の技術・制度・経済発展への動きが顕著だった一年。一方、日本は・・・(2)第4次改正専利法施行 -延長制度とパテントリンケージ制度が導入-」をご参照下さい。
3.知的財産推進計画等のライフサイエンスに関する課題解決推進
知的財産戦略本部の知的財産推進計画、健康・医療戦略推進本部及び経済安全保障法等の政府の知的財産に関する計画に対し、
- データ保護制度
- パテントリンケージ制度
- デジタルヘルス等の先端技術に係るあるべき知財制度
- 経済安全保障法に基づく特許の非公開化
- 産構審特許制度小委員会検討事項
等のライフサイエンスに関する諸課題を提起し、それらの解決策を実現するために、政府の活動に協力すると共に、他団体、関係省庁と積極的に協議・折衝して実現推進を行う。
具体的には、上記課題について検討を行い、可能であれば政府等に提言を行う。特に、データ保護制度については早期提言を目指す。
加えて、以下の機会等を利用して製薬協としての意見を発信する。
- 政府審議会、調査研究会等への委員派遣
- 関係省庁との協議・意見交換
- パブコメの提出
「特に、データ保護制度については早期提言を目指す。」と掲げています。
いわゆる医薬品「データ保護制度」という法制度は、イノベーティブな医薬品の開発に膨大な費用・時間・労力を費やして取得した承認申請に必要な試験データを第三者(ジェネリックメーカー)が流用(依拠)することを防止することにより、新薬等開発のインセンティブと公衆衛生の発展を促進することを制度趣旨とするもので、少なくとも、米・欧州・中国では法制度化されています。
しかし、実は、この医薬品「データ保護制度」という法制度は、日本に存在しません。
日本政府は再審査制度が医薬品データ保護制度に相当するとの立場のようですが(2016.11.02 内閣官房TPP政府対策本部「TPPに関するQ&Aの公表」。CPTPPでは医薬品データ保護条項は凍結。)、そもそも再審査制度は、新医薬品の品質、有効性及び安全性を再確認する制度(薬機法第14条の4)であって、製造販売業者に一定期間の調査等報告義務を課すものです。医薬品データ保護の必要性を趣旨とするものとは全く異なります。
日本では、趣旨が異なる「再審査制度」が、法律の裏付けもないまま公然と「医薬品データ保護制度」であるかのように運用され続けている歪な状況が放置されています。
上記のように、日本を除く主要国・地域では、自国・地域の公衆衛生の発展を促進するために、医薬品データ保護制度をしっかりと法制化しているにもかかわらず、日本にはそのような新薬開発にインセンティブを与える制度が法整備されていないことからも、ライフサイエンス産業の発展と公衆衛生の発展の両面を推進することが期待される政策において、日本は、残念ながら後進国であると言わざるを得ません。
研究開発投資を促進する適切な市場独占期間を確保することは、イノベーティブな医薬品が日本国内市場で上市されるインセンティブを新薬メーカーに与え、患者が最新の医薬品を享受できることを促し、結果として、国内の公衆衛生の発展を促進することになります。
そのために、再審査制度から独立したデータ保護制度の創設による、データ保護の恒久的な安定化に向け、現在の歪な法運用を正すことは、国民の利益につながる重要な取り組みであると思います。
産業界からの要望を待つのではなく、政府もイニシアチブをとって議論を進めてほしいと思います。
本ブログ記事「製薬協 政策提言2021を発表「『イノベーションの創出』と『イノベーションの適切な評価』を車の両輪として強力に推進することが不可欠」」及び日本製薬工業協会「製薬協 政策提言2021」(2021年3月12日公開)をご参照下さい。
上記製薬協が掲げた課題解決項目には、「パテントリンケージ制度」も挙げられています。
日本のパテントリンケージ制度の問題点については、本ブログ記事「日本のパテントリンケージの現状の課題とその解決に向けた提案」をご参照下さい。
4.知的財産に関する製薬協としての情報発信の推進
知的財産に関し幅広く情報を収集し、有識者や関係者との意見交換を実施すると共に、知的財産に係る製薬協としての諸提言を積極的且つ効果的に外部発信し、その実現を推進する。
具体策としては、ライフサイエンス知財フォーラム等を情報発信の場として活用することなどである。
前回の「2022ライフサイエンス知財フォーラム」(2022年2月18日開催)では、国産COVID-19ワクチンや治療薬の創製を加速するために、臨床試験や承認制度の在り方、事業性の担保等の有事の対策に加えて、ワクチンや感染症治療薬の創製につながるイノベーションを創出するために、基礎から応用までの平時の研究支援の在り方、ベンチャーの育成や産学連携を含めたトランスレーショナルリサーチの推進体制等どのような社会基盤を平時から実装していくべきか、について、議論されました。
次回のライフサイエンス知財フォーラムでも、ホットな知財課題を取り上げて、国内ライフサイエンス産業の発展にとって有用な議論と情報発信をしていただくことを、製薬協に期待しています。
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