Summary
効能・効果を「神経障害性疼痛・線維筋痛症に伴う疼痛」とする先発医薬品リリカ®の医薬用途特許を保有する原告(ワーナー-ランバート)とその後発医薬品を販売等する被告ら(第一三共エスファ及び第一三共)との間で争われていた、延長登録された特許権の侵害差止請求事件。
東京地裁(民事第40部)は、
- 全ての「痛み」に関する訂正前発明1及び2に係る特許は、実施可能要件及びサポート要件の各違反により無効である
- 訂正前発明1及び2を「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」やその原因を「神経障害又は線維筋痛症による」痛みに特定することは新規事項の追加に当たるから訂正要件を具備せず、また、同訂正によっても上記各無効理由は解消されない
- 「炎症性疼痛又は術後疼痛」に関する本件発明3及び4について、被告医薬品はその特許発明の技術的範囲に属しない(文言侵害も均等侵害も成立しない)
から、延長登録された本件特許権の効力が被告医薬品の販売等に及ぶか等、その他の争点について判断するまでもなく、原告の請求を棄却した。
1.事件の背景
本件(東京地裁令和2年(ワ)22283)は、発明の名称を「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」とする特許第3693258号を保有する原告(ワーナー-ランバート)が、被告ら(第一三共エスファ及び第一三共)が承認を受けた後発医薬品「プレガバリンOD錠25mg「DSEP」」等(被告医薬品)が本件特許発明の技術的範囲に属し、被告らによる被告医薬品の販売等が本件特許発明の実施に当たると主張して、被告医薬品の販売等の差止め及び廃棄を求めた事案である。
先発医薬品はリリカ®(カプセル・OD錠)。プレガバリンを有効成分とし、「神経障害性疼痛・線維筋痛症に伴う疼痛」を効能・効果とする。本件特許権に係る専用実施権者であるファイザーが販売し、2019年度には国内売上が1000億円を超える大型製品となっていた(2021年9月にファイザーからヴィアトリス製薬へ製造販売移管)。
後発医薬品メーカーは、リリカ®の再審査期間終了(2018年4月15日)後にリリカ®の後発医薬品の薬事承認申請をすることができるが、リリカ®を保護する本件特許(効能・効果を保護する医薬用途特許)の問題を回避できなければ、その後発医薬品の承認を取得し販売することはできない。
本件特許は、実は20年の存続期間満了日が2017年7月16日であったところ、特許存続期間の延長が登録され、最長満了日は2022年7月16日となっており、その延長された特許権がリリカ®の後発医薬品参入に対抗する最後の砦となっていた。
このように後発医薬品の参入障壁となっていた本件特許に対して、2017年1月16日、後発医薬品メーカーである沢井製薬は、とうとう特許無効審判を請求した(無効2017-800003号事件)。
参考記事:
審判には、他の後発医薬品メーカーも次々と沢井製薬側への参加を表明。後発医薬品メーカーは以下の15社に上った。
日新製薬株式会社、サンド株式会社、日本ケミファ株式会社、テバ・ホールディングス株式会社、大原薬品工業株式会社、ダイト株式会社、日医工株式会社、ニプロ株式会社、共和薬品工業株式会社、小林化工株式会社、日本ジェネリック株式会社、東和薬品株式会社、Me ファルマ株式会社、辰巳化学株式会社、株式会社フェルゼンファーマ
そして、2020年7月14日、特許庁が下した審決の内容は、「請求項1及び2に係る本件訂正を認めず、請求項1及び2に係る発明についての本件特許を無効とし、他方、請求項3及び4に係る本件訂正を認め、請求項3及び4に係る発明についての審判の請求は成り立たない」というものであった(以下「本件審決」という。)。
参考記事:
この審決に対して、特許権者(原告)は、本件審決のうち請求項1及び2に係る部分(無効)の取消しを求める審決取消訴訟(知財高裁令和2年(行ケ)第10135号)を提起した(2022年3月7日判決言渡: 2022.03.07 「ワーナー-ランバート v. 沢井製薬」知財高裁令和2年(行ケ)10135)。なお、本件審決のうち請求項3及び4に係る部分(無効請求不成立)は確定したので、本件特許の請求項3及び4は以下の表1のとおりに訂正された。
請求項 | 訂正前 | 訂正後 | 審決での訂正可否判断 |
---|---|---|---|
1 | (訂正前発明1) 式I(省略)(式中,R1は炭素原子1〜6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する痛みの処置における鎮痛剤。 | (訂正後の本件発明1) 式I(省略)(式中,R1は炭素原子1〜6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。 | 否 |
2 | (訂正前発明2) 化合物が,式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である請求項1記載の鎮痛剤。 | (訂正後の本件発明2) 式I (省略)(式中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体を含有する,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。 | 否 |
3 | (訂正前発明3) 化合物が,(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である請求項1記載の鎮痛剤。 | (訂正後の本件発明3) (S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸を含有する,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤。 | 可 (確定) |
4 | (訂正前発明4) 痛みが炎症性疼痛,神経障害による痛み,癌による痛み,術後疼痛,幻想肢痛,火傷痛,痛風の痛み,骨関節炎の痛み,三叉神経痛の痛み,急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み,カウザルギーの痛み,特発性の痛み,または線維筋痛症である請求項1記載の鎮痛剤。 | (訂正後の本件発明4) 式I(省略)(式中,R1は炭素原子1〜6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。 | 可 (確定) |
表1を見てほしい。本事件のポイントは、
- 全ての「痛み」に関する訂正前発明1及び2に係る特許が、実施可能要件及びサポート要件を満たすか否か
- 被告医薬品の効能・効果である「神経障害性疼痛・線維筋痛症に伴う疼痛」を充足させるために原告が主張した、訂正前発明1及び2を「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」やその原因を「神経障害又は線維筋痛症による」痛みに特定する訂正の再抗弁が認められるか否か
- 被告医薬品の効能・効果である「神経障害性疼痛・線維筋痛症に伴う疼痛」が、本件発明3及び4の「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」という構成要件を充足するか否か
である。
上述のとおり本件特許の無効審決は取消訴訟が提起され、訂正前発明1及び2の無効が確定していたわけではなく、訂正により有効と判断された本件発明3及び4の属否判断がされたわけでもなかったが、厚生労働省は、この特許庁での一部無効審決を以って、パテントリンケージを働かせることなく、2020年8月17日、リリカ®の後発医薬品(被告医薬品含む22社80品目!)を初承認し、同年12月11日には各後発医薬品メーカーが一斉に後発医薬品を販売するに至った。
厚生労働省がジェネリックを承認した同日、ファイザーは、
「特許庁が2020年7月14日に審決したリリカ用途特許の特許無効審判にて訂正を認めた特許請求項が、リリカが製造販売承認を取得している神経障害性疼痛および線維筋痛症に伴う疼痛の適応症を対象としているため、特許満了前のジェネリック医薬品の承認とそれに続く販売は特許権の侵害にあたると考えています。」
との声明とともに、複数の後発医薬品メーカーを相手取り、東京地裁に特許権侵害訴訟を提起するとともに仮処分命令の申し立てを行ったと発表した(2020.08.17 ファイザー press release: 「リリカ®」に関する特許権侵害訴訟および仮処分命令の申し立てについて)。
この記事で紹介する判決は、その複数の後発医薬品メーカーに対して提起された特許権侵害訴訟のうちのひとつ、第一三共エスファ及び第一三共を被告とするものである(東京地裁令和2年(ワ)22283)。
2.争点
(1) 訂正前発明1及び2
ア 訂正前発明1及び2に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか(争点1)
(ア) 無効理由1(実施可能要件違反の有無)(争点1-1)
(イ) 無効理由2(サポート要件違反の有無)(争点1-2)
イ 本件発明1及び2に係る訂正の再抗弁の成否(争点2)
(ア) 無効理由の解消の有無(争点2-1)
a 無効理由1の解消の有無(争点2-1-1)
b 無効理由2の解消の有無(争点2-1-2)
(イ) 訂正要件の具備の有無(争点2-2)
a 本件発明1の訂正要件の具備の有無(争点2-2-1)
b 本件発明2の訂正要件の具備の有無(争点2-2-2)
(2) 本件発明3及び4
ア 被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(争点3)
(ア) 構成要件3B及び3C並びに4B及び4Cの充足性(争点3-1)
(イ) 均等侵害の成否(争点3-2)
イ 本件発明3及び4に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきも
のであるか(争点4)
(ア) 無効理由1(実施可能要件違反の有無)(争点4-1)
(イ) 無効理由2(サポート要件違反の有無)(争点4-2)
(3) 延長登録の無効理由の有無(争点5)
3.裁判所の判断
裁判所(東京地裁・民事第40部)は、
- 全ての「痛み」に関する訂正前発明1及び2に係る特許は実施可能要件及びサポート要件の各違反を理由に特許無効審判により無効にされるべきものである
- 訂正前発明1及び2を「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」やその原因を「神経障害又は線維筋痛症による」痛みに特定することは新規事項の追加に当たるから訂正要件を具備せず、また、同訂正によっても上記各無効理由が解消されない
- 「炎症性疼痛又は術後疼痛」に関する本件発明3及び4について、被告医薬品はその特許発明の技術的範囲に属しない(文言侵害も均等侵害も成立しない)
から、延長登録された本件特許権の効力が被告医薬品の製造等に及ぶか等、その他の争点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本件各発明に基づく被告医薬品の販売等の差止請求並びに被告医薬品の廃棄請求はいずれも理由がないとして、これを棄却する判決をした。
以下に、裁判所(東京地裁・民事第40部)の判断を一部抜粋する。
(1)無効理由1(実施可能要件違反の有無))について
(1) 判断基準
特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)は,発明の詳細な説明の記載が,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載が,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならないと解される。
そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。
(2) 本件明細書等の記載内容
訂正前発明1の構成要件1B´及び1Cは,「痛みの処置における鎮痛剤」であり,訂正前発明2は訂正前発明1に係る請求項を引用するものであるところ,これらの発明に係る請求項には,構成要件1B´の「痛み」の種類や原因を限定する記載はない。
そして,本件明細書等・・・の記載によれば,構成要件1B´の「痛み」には,本件明細書等に記載された上記の様々な痛みが全て包含されるものと解される。
証拠・・・によれば,痛みには,様々なものがあり,その発生原因に応じ,①侵害受容性疼痛(・・・炎症性疼痛や術後疼痛等がこれに該当する。),②神経障害性疼痛(・・・三叉神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,帯状疱疹後神経痛等がこれに該当する。),③心因性疼痛(・・・線維筋痛症等がこれに該当する。)に区分されるものと認められる。
・・・本件明細書等に記載された三つの薬理試験は,いずれも,本件化合物が侵害受容性疼痛に対して鎮痛効果を有することを確認したものであり,当業者もそのように認識するものと考えられる。
他方,神経障害性疼痛については,本件明細書等に「Bennett G.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(Pain, 1988; 33: 87-107)。Kim S.H.らのアッセイは,ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain, 1990;50: 355-363)。」(6頁33~36行目)との記載が存在するにとどまり,本件化合物が神経障害性疼痛又は心因性疼痛による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効であることを示す薬理試験結果は,動物実験の結果も含め,何ら開示されていない。
医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明にその医薬の有用性を当業者が理解できるような薬理試験結果を記載する必要があるが,前記判示のとおり,本件明細書等には,本件化合物が神経障害性疼痛又は心因性疼痛による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効であると当業者が理解し得るような薬理試験結果の記載は存在しない。
(3) 本件特許出願当時の技術常識
本件特許出願前に公表された・・・各文献は,本件の技術分野に属する専門家により執筆されたものであり,その当時の技術常識を反映した書籍であるというべきところ,上記に摘示した各記載によれば,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛及び心因性疼痛は,その発症原因,痛みの態様・程度及び治療方法がそれぞれ異なるというのが本件特許出願当時の技術常識であり,痛みの種類を問わず,痛覚過敏又は接触異痛などの痛みの発症原因や機序は同一であり,いずれかの種類の痛みに対して有効な医薬品であれば,他の種類の痛みに対しても有効であるとの技術常識が存在したということはできない。
以上によれば,本件化合物が神経障害又は心因性による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効であることを示す薬理試験結果の記載もなく,本件明細書等の記載に接した当業者が,本件化合物がこれらの痛みの治療に有効であると認識し得たとは考えられない。
・・・
(6) 以上によれば,本件明細書等の記載は訂正前発明1及び2を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではなく,同各発明に係る特許は特許法36条4項の規定に違反してされたものであるので,特許法123条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
(2)無効理由2(サポート要件違反の有無)について
(1) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日判決・判タ1192号164頁参照)。
(2) これを本件についてみると,前記・・・で判示したとおり,訂正前発明1及び2が解決しようとする課題は,本件明細書等記載の神経障害性疼痛や心因性疼痛を含む様々な痛みの処置に有効な鎮痛剤を提供することにあるところ,本件明細書等には,本件化合物が侵害受容性疼痛に対して効果を有することは記載されているものの,本件特許出願当時の技術常識を斟酌しても,それ以外の疼痛に対して効果を有すると当業者が認識することはできない。
そうすると,本件明細書等の記載に接した当業者が訂正前発明1及び2により,上記の課題を解決できると認識できるということはできない。
(3) したがって,訂正前発明1及び2に係る特許は,サポート要件に違反する。
(3)無効理由の解消の有無及び訂正要件の具備の有無について
(1) 願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,その記載した事項の範囲内においてしなければならない(特許法134条の2第9項,126条5項)。ここでいう「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることをいう。
(2) これを本件についてみると,本件訂正は,本件訂正請求前の請求項1及び2に記載された鎮痛剤の処置対象を,それぞれ,「痛み」から「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に(構成要件1B),「…である請求項1記載の鎮痛剤」から「…を含有する,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異
痛の痛みの処置における鎮痛剤」(構成要件2A~2C)に訂正しようとするものである。
・・・本件明細書等には,本件化合物が侵害受容性疼痛に対して効果を有することは記載されているものの,本件特許出願当時の技術常識を斟酌しても,それ以外の疼痛に対して効果を有すると当業者が認識することはできない。
このように,本件明細書等には,神経障害又は線維筋痛症を含む侵害受容性疼痛以外の疼痛により生じた痛覚過敏や接触異痛について本件化合物が効果を有すると認識し得るだけの記載はないところ,請求項1を「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に訂正することは,本件明細書等からはその効果を認識し得ない,侵害受容性疼痛以外の疼痛により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置を請求項1に導入するものであり,また,請求項2に「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置」を加えることも,同様に,本件明細書等からはその効果を認識し得ない,侵害受容性疼痛以外の疼痛である神経障害や線維筋痛症により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置を請求項2に特定して導入するものであるということができる。
(3) そうすると,請求項1及び2に係る上記訂正は,いずれも,本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるというべきであり,訂正要件を具備しない。
(4) 仮に,請求項1及び2に係る本件訂正が訂正要件を具備するとしても,前記・・・判示したとおり,本件明細書等には,神経障害又は線維筋痛症を含む侵害受容性疼痛以外の疼痛により生じた痛覚過敏や接触異痛について本件化合物が効果を有すると認識し得るだけの記載はないので,同明細書等は,当業者が本件発明1及び2を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められず,また,当業者がその記載により同各発明の課題を解決できると認識し得たとも認められない。
したがって,訂正前発明1及び2に係る特許の無効理由は本件訂正により解消されるものではなく,本件発明1及び2に係る特許は実施可能要件及びサポート要件に反し,特許無効審判により無効にされるべきものである。
(4)「炎症を原因とする痛み」・「手術を原因とする痛み」及び「炎症性疼痛」・「術後疼痛」の充足性について
構成要件3Bの「炎症を原因とする痛み」,「手術を原因とする痛み」及び構成要件4Bの「炎症性疼痛」,「術後疼痛」は,いずれも,侵害受容性疼痛に分類される炎症性疼痛や術後疼痛を意味し,神経障害性疼痛や線維筋痛症は含まれないものと解するのが相当である。
・・・被告医薬品は「効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とする」ものであり,「炎症を原因とする痛み」,「手術を原因とする痛み」,「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」を処置対象とするものではないから,構成要件3B及び4Bを充足しない。
・・・原告は,慢性疼痛は,原因にかかわらず,神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずることが知られていたことや,痛みを原因で区別することはできず,炎症性疼痛や術後疼痛と,神経障害性疼痛や線維筋痛症とは,相互に重複することが理解されていたことなどを根拠として,構成要件3B及び4Bの充足性を否定するが,原告のかかる主張が採用し得ないことは前記・・・判示したとおりである。
・・・さらに,原告は,痛みは患者の主観的心理状態であるから,混合性疼痛において,侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛とは,同一の患者において生ずる一つの痛みであり,両者を区別できないなどと主張するが,実際の臨床の場において患者の訴える痛みがいかなる種類の疼痛に当たるかの判断が困難な場合があるとしても,それは診断の問題であり,構成要件充足性を左右するものではない。
したがって,被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するということはできない。
(5)均等侵害の成否について
本件発明3及び4と被告医薬品との相違部分は,その用途にあるところ,同各発明は,既知の薬物である本件化合物が,侵害受容性疼痛の治療に有効であることを新たに見出したことにあるので,その用途が同各発明の本質的部分を構成することは明らかである。
したがって,被告医薬品は,第1要件を充足しないので,均等侵害は成立しない。
4.コメント
(1)医薬用途発明の実施可能要件を満たすためには明細書に「効果を有することの裏付け」の記載が必要
裁判所(東京地裁・民事第40部)は、「医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。」との判断基準を示し、本事案については、本件明細書等には、本件化合物が神経障害性疼痛又は心因性疼痛による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効であると当業者が理解し得るような薬理試験結果の記載はなく、技術常識を踏まえても本件明細書等の記載に接した当業者が本件化合物がこれらの痛みの治療に有効であると認識し得たとは考えられないことから、訂正前発明1及び2について実施可能要件を満たさないと判断した。
(2)明細書記載事項を訂正事項とする訂正可否に実施可能要件
本事案では、本件明細書に具体的に記載されている「神経障害」の痛みと「線維筋痛症」を訂正事項とする訂正(の再抗弁)の成否が争点のひとつとなった。
原告は、「本件化合物が痛覚過敏や接触異痛に有用であり,或いは効果を奏することが本件明細書等から理解できるかどうかは,実施可能要件又はサポート要件の問題である」と主張した。
しかし、裁判所(東京地裁・民事第40部)は、「その効果を認識し得ない事項を請求項に導入するものである訂正は、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるというべきであり、訂正要件を具備しない。」と判断した。
また、仮に、本件訂正が訂正要件を具備するとしても、訂正後の本件発明1及び2を実施可能要件及びサポート要件の各違反であるとした。
裁判所の判断の結論に異論はないが、本事案のように、明細書に具体的に記載されている事項を訂正事項とする場合において、その訂正事項に係る技術的事項に実施可能要件と同様なハードル(効果を認識し得ること)を設けて訂正の成否を判断した論理については疑問が残る(記事「2021.11.30 「ワーナー-ランバート v. 日新製薬・Meiji Seika ファルマ」 東京地裁令和2年(ワ)19918/22291・・・疼痛治療剤リリカ®(プレガバリン)のジェネリック、医薬用途に係る特許権は非侵害と判断」参照)。
(3)他のジェネリックメーカーに対する本件特許権に基づく侵害差止請求事件
リリカ®の後発医薬品を販売したジェネリックメーカーに対して原告が提起した本件特許権に基づく侵害差止請求事件として、以下の東京地裁判決(民事第29部、第47部、第40部)が言い渡されている。
結論は、全て、原告の請求を棄却するものであり、実施可能要件違反又はさらにサポート要件違反、訂正の再抗弁は認めず、被告医薬品は発明の技術的範囲に属しない(文言侵害も均等侵害も成立しない)、という判断であった。
<東京地裁・民事第29部>
記事でのコメント:
(1)医薬用途発明について記載要件を満たすために必要とされる明細書への記載の程度とは
(2)特許権侵害訴訟の行方
記事でのコメント:
(1)判決の内容は、小林化工を被告とした侵害訴訟判決と同じ
(2)延長特許権の効力について、武田薬品工業はだんまり
- 2022.02.02 「ワーナー-ランバート v. ダイト・科研製薬」 東京地裁令和2年(ワ)19923/22292
- 2022.02.16 「ワーナー-ランバート v. 辰巳化学・陽進堂・三笠製薬」 東京地裁令和2年(ワ)19931/22285/22289
- 2022.02.28 「ワーナー-ランバート v. サンド」 東京地裁令和2年(ワ)19919
<東京地裁・民事第47部>
記事でのコメント:
(1)医薬用途発明の実施可能要件を満たすためには明細書に「効果を有することの裏付け」の記載が必要
(2)明細書記載事項を訂正事項とする訂正可否に実施可能要件?
(3)痛みは原因で区別できず相互に重複するとの議論
(4)延長登録された特許権の効力についての議論
ア 延長された医薬用途特許権の効力は剤形違いの後発医薬品に及ぶか否か
イ 特許発明を実施することができなかった期間の始期は実施権設定登録を要するか
(5)パテントリンケージの運用が抱える問題が顕在化する可能性があった
(6)本件特許第3693258号に関連する判決
- 2021.11.30 「ワーナー-ランバート v. 共和薬品工業」 東京地裁令和2年(ワ)19926
<東京地裁・民事第40部>
- 【本事案】2021.12.10 「ワーナー-ランバート v. 第一三共エスファ・第一三共」 東京地裁令和2年(ワ)22283・・・疼痛治療剤リリカ®(プレガバリン)のジェネリック、医薬用途に係る特許権は非侵害と判断
以下の事件の判決内容は本事案と同じである。裁判所によって判断されなかったが、延長された特許権の効力が被告医薬品に及ぶか否かについての争点において、原告又は被告から興味深い主張がされていると思われるため、別途取り上げる(被告が第一三共である本事案では、延長された特許権の効力の解釈に触れた主張はなされなかった。)。
- 2021.11.24 「ワーナー-ランバート v. 日本ジェネリック」 東京地裁令和2年(ワ)19928
- 2021.12.24 「ワーナー-ランバート v. 日医工」 東京地裁令和2年(ワ)19924
- 2022.01.19 「ワーナー-ランバート v. フェルゼンファーマ」 東京地裁令和2年(ワ)19932
- 2022.01.19 「ワーナー-ランバート v. 日本ケミファ・日本薬品工業」 東京地裁令和2年(ワ)19920/22284
- 等
(4)特許一部無効審決取消訴訟の行方
沢井製薬が請求した特許無効審判事件(無効2017-800003号事件)において特許庁がした審決のうち請求項1及び2に係る部分(無効)の取消しを求めて、原告が提起した審決取消訴訟(知財高裁令和2年(行ケ)第10135号)において、知財高裁は、2022年3月7日、原告の請求を棄却する判決をした。別途取り上げる。
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