1.背景
本件(知財高裁令和3年(行コ)10002)は、国際特許出願(PCT/US2016/065653)をしたザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア(控訴人)が、特許法184条の4第1項が定める優先日から2年6月の国内書面提出期間内(2018年6月11日まで)に同項に規定する明細書等の翻訳文を提出することができなかったことについて、同条4項の正当な理由があるにもかかわらず、特許庁長官(処分行政庁)が原告に対して国内書面に係る手続を却下する処分(以下「本件処分」という。)をするとともに、特許庁長官が原告に対してした本件処分の取消しを求める審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をしたことが違法であるとして、その各取消しを求めた事案である。
原審(東京地裁令和2年(行ウ)423)は、控訴人の請求をいずれも棄却したことから、原判決を不服として、控訴人が控訴を提起した。
2.知財高裁の判断
知財高裁も、本件期間徒過について特許法184条の4第4項にいう「正当な理由」があるとは認められず、控訴人の請求にはいずれも理由がないと判断し、控訴を棄却する判決をした。
以下に、本件処分の取消事由の有無(争点1)に関して、控訴人が補充主張した主な点についての判断を紹介する。
(1)「正当な理由」について
控訴人は、本件期間徒過に「正当な理由」があることについて種々主張したが、裁判所は以下のとおり判断した。
ア 本件技術担当補助者の人為的ミスである旨の主張について
「控訴人は,要するに,・・・そのような対応をしなかった本件技術担当補助者に本件期間徒過のほぼ全面的な責任があるとの捉え方を前提として,担当弁理士には正当な理由があったことを主張するものとみられるが,本件技術担当補助者に対するそのような要求ないし期待は,「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れにおける技術担当補助者の責任の範囲すらも一定程度超えるものとみ得るものであり,ましてや,担当弁理士が通常の業務の流れから逸脱した形で指示を行った本件において,担当弁理士が相当な注意を尽くしていたことを基礎付ける事情とは到底なり得ないものである。」
イ 適応障害の主張について
「控訴人が主張する当時の担当弁理士の多忙な状態や適応障害の特質等を最大限に考慮しても,本件期間徒過に至った当時,担当弁理士において,適応障害を発症し得るような多忙な状況にあったということを超えて,適応障害を現に発症していたということや,担当弁理士において期限管理システムを用いた確認をしなかった原因が適応障害によるものであったことを認めるに足りる証拠はないというほかない。」
(2)特許法条約違反との主張について
控訴人は、
「憲法98条2項の条約遵守義務より条約は法律に優位し,また,法律が条約の規定を担保しているとしても,法律の運用が条約の趣旨に違反しているならば適用において条約違反があるというべきところ,・・・少なくとも本件処分は,特許法条約に違反しており,特許法条約,ひいては憲法98条2項に違反するものとして取り消される必要がある。」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「控訴人は,本件処分が特許法条約に反するものであると主張するが,・・・本件期間徒過については,特許法条約12条の「相応の注意(Due Care)」の趣旨からしても,権利の回復が認められるべきものとは解されないところである。
・・・控訴人の主張は,正当な理由がないとの本件処分における判断が特許法条約12条の「相応の注意(Due Care)」の趣旨に照らして厳格にすぎることを前提とするものであるというべきところ,既に認定説示したところからして,本件処分が国際的な基準よりも厳格な基準に依拠したことを原因として本件期間徒過について正当な理由がないとの判断がされたということはできず,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものである。」
と判断した。
3.コメント
本件特許出願人の利益は受任した代理人の手続き期間徒過により失われることとなりそうだ。「正当な理由」を主張するために種々の責任転嫁が試みられており、主張内容を読んでいて苦しくなる。
控訴人の主張によると、担当弁理士の事務所では、依頼された外国国際特許出願の日本国への移行手続は、別紙(判決pdf page 28)の「業務の進め方」に記載した手順に従って実施していたが、手順⑤「担当技術者は、補助者(事務担当)に対して、国内書面の作成を指示する。」において本来なら担当技術者から指示すべきであった国内書面作成の指示を担当弁理士が自ら行った点で「業務の進め方」と相違した結果、国内書面の提出期限を徒過してしまった・・・とのことである。
コメント