前回記事「抗PD-1抗体に関する本庶特許の発明者を巡る米国での裁判、そして日本・・・(4)」
本庶氏及び小野薬品が特許権者である抗PD-1抗体等に関する特許(いわゆる「本庶特許」)の共同発明者を巡る米国での争いが、日本にも飛び火するのでは・・・と心配していましたが(2020.06.19 記事(1))、その予感が当たってしまいました。こうなることは自明の理といえるかもしれません。
本記事では、背景となる米国での争いを簡単に振り返り、その結果として、日本での本庶特許に対して請求された無効審判の状況を眺めます。
1.米国での争い(振り返り)
本庶特許について、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、共同発明者としてClive WoodとDana-Farber Cancer Institute(以下、ダナ・ファーバー癌研究所)のGordon Freeman(以下、「ゴードン・フリーマン氏」という。)の2名が追加されるべきであるとした米国マサチューセッツ州連邦地裁判決(2019.05.28 記事)を支持しました(2020.07.15 記事(2))。
この判決に法的問題があると主張した小野薬品らの上告(2021.04.11 記事(3))は最高裁で却下され、判決は確定しています(2021.05.26 記事(4)、小野薬品2021年3月期 有価証券報告書)。
並行して、ゴードン・フリーマン氏から本発明に関する権利および利益を譲り受けたダナ・ファーバー癌研究所(例えば米国特許7,595,048のassignment参照)は、小野薬品およびBMSが本庶特許の独占的所有者として競合他社から受けているライセンス収入(2017.01.24 記事)の一部利益を受ける権利を有していると主張し、米国マサチューセッツ州連邦地裁に提訴していました(filed 2019.06.21; Case 19-cv-11380、2020.06.19 記事(1)、小野薬品2021年3月期 有価証券報告書)。
この審理も本格的に動き出しそうです(2021.08.13 Defendants’ Motion to Dismiss the Amended and Supplemental Complaint is DENIED. 参照: https://news.bloomberglaw.com/ip-law/dana-farber-competition-suit-against-bristol-myers-ono-proceeds)。
また、小野薬品の2021年3月期第3四半期報告書(2021年02月12日掲載)によると、発明者の追加を求める同様の訴訟が欧州でも提起されているとのことです。
2.そして、日本・・・
ゴードン・フリーマン氏が共同発明者であるとなれば、その発明に関する権利及び利益を譲り受けたとされるダナ・ファーバー癌研究所は、その発明から生み出された利益の一部を受ける権利を少なからず有している可能性があるわけで、ダナ・ファーバー癌研究所が日本での利益も有していることを主張するために、日本における本庶特許に対しても何らかのアクションがあるのではないかと想像していました。
ゴードン・フリーマン氏は、日本の「本庶特許」に対して無効審判を請求しています。現在、特許庁で審理され下記の5つの審判事件について、それらの審理を併合することとなりました。
そして、2022年1月12日に行われる口頭審理における審理事項通知書(2021年9月27日付)が発せられています。
審理事項通知書に記載された照会事項として、特許庁は、ゴードン・フリーマン氏に対して、以下のとおり、「本件各発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)の着想及びその具体化における請求人の貢献を整理して具体的に述べ」るよう求めていることから、やはり、主張された無効理由は、ゴードン・フリーマン氏が本件各発明に係る発明者(共同発明者)であり、本件特許は冒認又は共同出願違反であるとの主張と思われます。
「本件各発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)の着想及びその具体化における請求人の貢献を整理して具体的に述べてください。また、その根拠となる証拠を示してください。」
また、同審理事項通知書には、本件各発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)に関して、
従来、PD-1による抑制シグナルを誘導する分子の1つであるPD-L1リガンド刺激は、PD-1を発現しているTリンパ球細胞の活性化(細胞増殖、各種サイトカイン産生誘導)を抑制することが示されており、また、PD-1に代表される共役抑制分子からの抑制シグナルは、抗原レセプター(TCR)及び共役刺激分子によるポジティブなシグナルを適性に制御するメカニズムによって、リンパ球発生又は成熟過程での免疫寛容や自己抗原に対する異常な免疫反応を制御していると考えられていたところ、当該発明は、PD-1、PD-L1による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供すること
を共通の課題と認め、この課題を解決するための手段として、それぞれ下表記載の点を見出した点であると認められる、との現時点における合議体の暫定的な見解が示され、意見があれば述べるようゴードン・フリーマン氏及び被請求人に求めています。
特許 | 事件番号 | 分割関係 | 課題を解決するための手段(合議体の暫定的な見解) |
---|---|---|---|
4409430 | 無効2020-800088 | 国際出願PCT/JP2003/008420 国際公開WO2004/004771 | 抗PD-1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、インビボにおいてメラノーマの増殖または転移を抑制することを見出した点 |
5159730 | 無効2020-800089 | 分割(第1世代) | 抗PD-1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制することを見出した点 |
5701266 | 請求無し | 分割(第2世代) | |
5885764 | 無効2020-800090 | 分割(第3世代) | 抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、癌を治療できることを見出した点 |
6035372 | 無効2020-800091 | 分割(第4世代) | キメラ、ヒト化または完全ヒト型抗PD-1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、肺癌を治療できることを見出した点 |
6258428 | 無効2020-800092 | 分割(第5世代) | 抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、癌を治療できる静脈投与用注射剤となることを見出した点 |
6559207 | 請求無し | 分割(第6世代) |
2022年1月12日に行われる口頭審理では、請求人と被請求人の間でどのような意見の対立となるのか(おそらく米国での訴訟で主張された内容と同様と思われます)、また、審判合議体はそれぞれの主張等を踏まえ、どのような判断を下すのか、見守りたいと思います。
平成23年法律改正(平成23年法律第63号)により特許権の移転請求制度(特許法第74条)が新設され、2012年4月1日に施行されました。しかし、これらの改正規定は、施行日以後にする出願について適用するものであり、本件には適用されません。
コメント
【訂正のお知らせ】
特許法第74条の新設改正に伴う経過措置によると、本件出願はこの法律の施行の日前にした特許出願であるから、なお従前の例による。従って、記事訂正前本文の記載「当該特許権の移転を請求することができる」は誤りであり、以下のとおり修正しました。
(訂正前)
「また、もし、ゴードン・フリーマン氏が本件特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者であるならば、特許権者に対して当該特許権の移転を請求することができることになります(特許法第74条第1項)。もしかすると、この無効審判請求と並行して、当該特許権の移転登録を請求しているのかもしれせん。」
(訂正後)
「平成23年法律改正(平成23年法律第63号)により特許権の移転請求制度(特許法第74条)が新設され、2012年4月1日に施行されました。しかし、これらの改正規定は、施行日以後にする出願について適用するものであり、本件には適用されません。」
—
以下参考:
平成23年法律改正(平成23年法律第63号) 施行期日及び経過措置
◆附則第2条第8項、第9項
(特許法の一部改正に伴う経過措置)
第二条 (略)
2 ~ 7 (略)
8 新特許法第三十九条の規定は、この法律の施行の日以後にする特許出願又は実用新案登録出願について適用し、この法律の施行の日前にした特許出願又は実用新案登録出願については、なお従前の例による。
9 新特許法第四十九条、第七十四条、第百四条の三第三項並びに第百二十三条第一項第六号及び第二項の規定は、この法律の施行の日以後にする特許出願について適用し、この法律の施行の日前にした特許出願については、なお従前の例による。
「冒認出願に先願の地位を認めることや、移転請求権の行使により特許権が初めから真の権利者に帰属していたものとみなすこと等、移転請求制度の導入に係る改正を、施行日前の出願にまで適用することとすると、現行制度を前提にして出願等を行っていた者に不測の損害を与えるおそれがあることから、これらの改正規定は、施行日以後にする出願について適用することとした。」
参考: 平成23年法律改正(平成23年法律第63号)解説書 第2章 冒認出願等に係る救済措置の整備
5つの無効審判事件は併合されていましたが、それらに審理を分離することとなりました(2022.04.20 併合分離通知書)