前回記事「抗PD-1抗体に関する本庶特許の発明者を巡る米国での裁判、そして日本・・・(2)」
小野薬品、本庶氏、BMSは、CAFC判決には明らかな法的問題があると主張して、米国最高裁判所に請願書を提出した。
1.はじめに
2021年3月8日、小野薬品、本庶氏、BMS(以下、まとめて「小野薬品ら」)は、抗PD-1抗体等に関する6つの米国特許(いわゆる「本庶特許」)の共同発明者としてWood氏とDana-Farber Cancer InstituteのFreeman氏の2名が追加されるべきであるとした米国マサチューセッツ州連邦地裁判決を支持した米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)判決には明らかな法的問題があると主張して、米国最高裁判所に上訴を取り上げるよう請願書(petition for a writ of certiorari)を提出しました(Ono Pharmaceutical Co., Ltd., et al., Petitioners v. Dana-Farber Cancer Institute, Inc. No. 20-1258 (U.S. Supreme Court))。
この記事では、「本庶特許」と本件の経過をおさらいをした上で、小野薬品らが米国最高裁に提出した請願書の概要を紹介します。
2.本庶特許
(1)本件で争われている抗PD-1抗体等に関する6つの米国特許
本件で争われている抗PD-1抗体等に関する6つの米国特許は表1のとおりです。特許権者はいずれも本庶氏と小野薬品であり、小野薬品/BMSが販売するヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体医薬品オプジーボ(Opdivo)®(一般名: ニボルマブ、nivolumab)を保護する特許権を含みます。
Patent Number | Claim 1 |
7,595,048 | A method for treatment of cancer, wherein a pharmaceutically effective amount of completely human anti-PD-1 antibody is parenterally administered to a subject with cancer in which PD-L1 or PD-L2 is over-expressed, postoperatively. |
8,168,179 | A method of treating a PD-L1-expressing tumor, comprising administering a pharmaceutically effective amount of an anti-PD-L1 antibody to a patient in need thereof, in combination with a pharmaceutically effective amount of one or more chemotherapy drugs, wherein said one or more chemotherapy drugs are selected from the group consisting of an alkylating agent, a nitrosourea agent, an antimetabolite, an antitumor antibiotic, an alkaloid derived from a plant, a topoisomerase inhibitor, a hormone therapy medicine, a hormone antagonist, an aromatase inhibitor, a P-glycoprotein inhibitor and a platinum complex derivative. |
8,728,474 | A method for treatment of a tumor in a patient, comprising administering to the patient a pharmaceutically effective amount of an anti-PD-1 monoclonal antibody. |
9,067,999 | A method of treating a lung cancer comprising administering a composition comprising a human or humanized anti-PD-1 monoclonal antibody to a human with the lung cancer, wherein the administration of the composition treats the lung cancer in the human. |
9,073,994 | A method of treating a metastatic melanoma comprising intravenously administering an effective amount of a composition comprising a human or humanized anti-PD-1 monoclonal antibody and a solubilizer in a solution to a human with the metastatic melanoma, wherein the administration of the composition treats the metastatic melanoma in the human. |
9,402,899 | A method of treating a tumor in a human patient in need thereof comprising administering to the human an effective amount of an anti-PD-L1 monoclonal antibody that inhibits an interaction between PD-1 and PD-L1, wherein the anti-PD-L1 monoclonal antibody treats the tumor in the patient. |
「本庶特許」(または少なくともその一部の特許権)を巡って、本件以外にも、少なくとも以下(2)(3)(4)の事件が起きています。
(2)キイトルーダ(Keytruda)®を巡る特許係争と和解
「本庶特許」は、オプジーボ®と同じヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体医薬品であってその競合品であるキイトルーダ(Keytruda)®(一般名: ペンブロリズマブ、pembrolizumab)の販売を許諾するライセンス契約の対象となる特許権を含んでいます(以下、記事参照)。
(3)元大学院生による特許権持分一部移転登録手続等請求事件
「本庶特許」には、当時の大学院生が共同発明者であると主張して特許権の持分の一部移転登録手続等を請求した事件において争われた抗PD-L1抗体に関する特許権(日本特許第5885764号)のファミリー特許が含まれています(以下、記事参照)。
(4)本庶氏による対第三者訴訟関連分配金請求事件
「本庶特許」には、2020年6月に本庶氏が対第三者訴訟関連分配金を小野薬品に対して請求している事件の対象特許を含んでいます(以下、記事参照)。
3.事件のおさらい
2019年5月17日、米国マサチューセッツ州連邦地裁は、抗PD-1抗体等に関する6つの米国特許(「本庶特許」)の共同発明者としてWood氏とDana-Farber Cancer InstituteのFreeman氏の2名が追加されるべきであるとの判決を下しました(以下、記事参照)。
小野薬品らは地裁判決を不服としてCAFCに控訴しました(以下、記事参照)。
しかし、CAFCは、2020年7月14日、地裁判決を支持する判決を下しました(以下、記事参照)。
小野薬品らは、CAFCに対し再審理を申し立てましたが却下されました。
2021年3月、小野薬品らは、「本庶特許」の共同発明者としてWood氏とDana-Farber Cancer InstituteのFreeman氏の2名が追加されるべきであるとした米国マサチューセッツ州連邦地裁判決を支持したCAFC判決には明らかな法的問題があると主張して、米国最高裁判所に上訴を取り上げるよう請願書を提出しました。
4.米国最高裁への請願の概要
小野薬品らが米国最高裁に提出した請願書の内容の概要は以下のとおりとなります。
提起された問題:
CAFCは、既に先行技術となっていた主張された貢献を越えた発明の新規性および非自明性は、それら主張された貢献が着想に重要であったかどうかを判断する際の「証拠とはならない」、というbright-line ruleを採用したことに誤りがあったかどうか
以下のとおり、CAFC判決には明らかな法的問題があるから、米国最高裁は請願書(petition for a writ of certiorari)を受理すべきである。
- 連邦地裁が認めたFreeman氏とWood氏の貢献は、本庶氏が特許を取得した癌の治療方法を着想する前に、既に先行技術として開示されていたものである。
- CAFCは、既に先行技術として開示されていたFreeman氏およびWood氏の貢献を越えるものとして特許が認められた本庶氏の発明の新規性および非自明性は、Freeman氏およびWood氏の貢献が着想に重要であったかどうかを判断する際の「証拠とはならない」、というbright-line ruleを採用し、連邦地裁の判断を支持した。
- 言い換えれば、CAFCは、ある者が発明者であるかどうかを判断する際に、その者が発明を発明たらしめるもの(すなわち特許可能なもの)とするために貢献したかしていないかは関係がない、と判断した。
- このCAFCのbright-line ruleは、特許法の背景にある原則と矛盾し、先例に反している。
- 推定の共同発明者が発明に重要な貢献をしたかどうかを検討する際に、裁判所は、その者が着想を特許可能なものとすることに現実に貢献したかどうかを考慮しなければならない。
参考:
- Ono Pharmaceutical Co., Ltd., et al., Petitioners v. Dana-Farber Cancer Institute, Inc. No. 20-1258 (U.S. Supreme Court)
- 米国最高裁判所に提出された請願書(petition for a writ of certiorari)
QUESTION PRESENTED
Section 116 of title 35 provides that “when an invention is made by two or more persons jointly, they shall apply for a patent jointly.” A person who claims to have been improperly omitted from the list of inventors on a patent may bring a cause of action for correction of inventorship under 35 U.S.C. § 256.
The Federal Circuit has held that “to be a joint inventor, an individual must make a contribution to the conception of the claimed invention that is not insignificant in quality, when that contribution is measured against the dimension of the full invention.” Fina Oil & Chem. Co. v. Ewen, 123 F.3d 1466, 1473 (Fed. Cir. 1997).
In this case, in conflict with this Court’s guidance and the Fourth Circuit, the Federal Circuit adopted a bright-line rule that the novelty and non-obviousness of an invention over alleged contributions that were already in the prior art are not probative of whether those alleged contributions were significant to conception. App. 13a.
The question presented is:
Whether the Federal Circuit erred in adopting a bright-line rule that the novelty and non-obviousness of an invention over alleged contributions that were already in the prior art are “not probative” of whether those alleged contributions were significant to conception.
5.おわりに
本件と並行して、Freeman氏から本発明に関する権利および利益を譲り受けたDana-Farber Cancer Instituteは、小野薬品およびBMSが本庶特許の独占的所有者として競合他社から受けているライセンス収入の一部利益を受ける権利を有していると主張し、米国マサチューセッツ州連邦地裁に提訴しています(小野薬品の2021年3月期第3四半期報告書(2021年02月12日掲載)より)。
本件において発明者の追加が決定的となれば、米国ではDana-Farber Cancer Instituteが本庶特許の共有権利者として加わることになり、上記マサチューセッツ州連邦地裁で争われている事件の判断に影響することになります。
小野薬品の2021年3月期第3四半期報告書(2021年02月12日掲載)によると、発明者の追加を求める同様の訴訟が欧州でも提起されているとのことで、その他の国(日本)にも飛び火する可能性が大いにでてきました。
米国最高裁が小野薬品らの上訴を取り上げるのかどうか注目されます。
次回記事「抗PD-1抗体に関する本庶特許の発明者を巡る米国での裁判、そして日本・・・(4)」
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