2020年の医薬系”特許的”な出来事を振り返りました。
COVID-19に対するイノベーションのレジリエンス、パテントリンケージシステムの不透明感、進歩性の顕著な効果、抗PD-1/PD-L1抗体発明の帰属をめぐる争い、プラルエント®販売停止発表・・・振り返るといろいろあったよね・・・
1.COVID-19パンデミック危機に対するイノベーションのレジリエンス
今年初めから世界的に蔓延した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。多くの製薬企業、大学・研究機関等のアカデミア、政府等が、世界中の患者さんを救うためにその治療法、診断法、ワクチンの研究・開発に投資・推進してきました。今年12月には開発されたワクチンが海外で承認、接種が始まり、パンデミックの抑止にとうとう光が見えてきたようです。
世界的パンデミックという危機に対して、このようなイノベーションによる復興力(レジリエンス)というものは、本当に凄いなと感じました。そのイノベーションの原動力の大きな一つが知的財産を生み出す挑戦への積極的な投資だよね。
COVID-19に対する治療薬やワクチンがしっかり世界中の人々のもとまで届くのかという医薬品アクセス問題について、開発途上国にとってaffordableでない医薬品価格となるのではとの懸念、その原因が特許権等の知的財産権の存在にあるとの懸念、の声があります(2020.10.02 Council for Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights – IP/C/W/669: WAIVER FROM CERTAIN PROVISIONS OF THE TRIPS AGREEMENT FOR THE PREVENTION, CONTAINMENT AND TREATMENT OF COVID-19 – COMMUNICATION FROM INDIA AND SOUTH AFRICA)。
しかし、医薬品アクセスの障害には様々な要因があり、その問題を、「人命と特許どちらが大切?」といった短絡的な二者択一の構図で捉え、医薬品アクセスの問題の原因のすべてを特許権等の知的財産権に求めることは妥当ではありません。
イノベーションの原動力である知的財産権制度を無力化することは、今なお病気に苦しむ患者さんや医療現場に希望を与えるための挑戦への投資をすることができなくなることに繋がりかねないのです。
産業界・政府・国際機関等が患者さんに広く行きわたるよう医薬品の供給に向けて取り組んでいます。イノベーションの原動力である知的財産権の尊重、すなわちアンメット・メディカル・ニーズを満たす医薬品の開発への投資を促進する政策と同時に、再び起きかねない世界的な新たなパンデミックを想定した医薬品アクセス問題の解決に向けて、ぜひ政治家の方たちには国内政策や多国間での枠組み議論を産業界とのコンセンサスを形成しながら推し進めてほしいと思います。
・・・2020.12.03記事: 知的財産権とCOVID-19についての製薬団体のステートメント
また、新薬やワクチンの研究開発と並行して、とにかくCOVID-19に有効性を示すものが既存薬の中にないのかについての研究も進められました。
それら研究の成果として、ギリアド社のレムデシビル(remdesivir)がSARS-CoV-2による感染症の治療薬「ベクルリー®(Veklury®)」として日本を含め一定の国において承認に至り、これまで治療薬がなかったCOVID-19に罹患した患者さんの命を救うための新たな手段を与えてくれました(WHOの見解は議論となってはいますが)。
レムデシビルの特許出願に関する記事:
・・・2020.03.22記事: レムデシビル(Remdesivir)に関連する特許出願について
・・・2020.11.21記事: 武漢ウイルス研究所と中国人民解放軍軍事科学院との共同研究成果・・・新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症に対するレムデシビルの使用に関する特許出願について
富士フイルム富山化学のファビピラビル(favipiravir)もSARS-CoV-2 による感染症の治療薬として承認申請されました。しかし、12月21日、厚労省の専門部会は承認の判断を見送り、継続審議とすることを決めたようです。
ファビピラビルの物質特許についての2020.03.18記事・・・: アビガン®錠(ファビピラビル(favipiravir))の物質特許)
また、うがい薬についても一部自治体において新型コロナウイルスの予防対策として話題になりました。
・・・2020.08.11記事: うがい薬といえば・・・
2021年は新型コロナウイルス感染症を克服して明るい年となりますように!
2.「日本にパテントリンケージ・システムは存在する」と言えるのか?
日本は TPP11協定(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の加盟国であり、パテントリンケージに関する制度が同協定第18.53条(医薬品の販売に関する措置)に規定されています。日本には国内法上明文の規定はないものの、「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、(1) 先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合には後発医薬品を承認しないこと、(2) 先発医薬品の特許が存在する効能・効果、用法・用量(効能・効果等)については承認しない方針であること、そして(3) 特許の存否は承認予定日で判断するものであること、を定めており、これら課長通知をもっていわゆる「パテントリンケージ制度」が運用されています。
2年前の「2018年、医薬系”特許的”な判決を振り返る」でも取り上げましたが、物質(有効成分)特許や用途特許に係る発明の技術的範囲の解釈の争いが単純でない場合に、特許の専門家ではない厚労省/PMDAが特許無効審決結果を見て特許発明の技術的範囲を解釈し属否判断していることへの不満も含めて、ジェネリック承認可否判断への予測可能性が損なわれている現状があることを感じた一年でした。
以下の事件は、厚労省/PMDAに提出された医薬品特許情報報告票のなかに争いとなった特許情報を提出していたかどうかは明らかではありませんし、さらに事案を見てもパテントリンケージによりジェネリックは承認されるべきではなかったとは言いきれませんが、厚労省/PMDAが申請されたジェネリックについて、物質(有効成分)や用途の特許発明や無効審判で生き残ったクレームの技術的範囲をどのように解釈した上でジェネリックが属するか否かを判断したのか、不透明さが残りました。
- 用途特許とパテントリンケージ・・・2020.05.29記事: 中外 エディロール用途特許侵害で沢井・日医工を提訴・・・本件用途特許、いわゆるパテント・リンケージは働かなかったのでしょうか・・・第Ⅲ相試験では前腕骨骨折を有意に抑制したわけなので、当然ジェネリックもそういった用途(骨粗鬆症)に使われるのは明らかな気がしますが・・・。
- 物質特許とパテントリンケージ・・・記事: 2020.07.02 「アメリカ合衆国 v. 高田製薬」 知財高裁平成30年(行ケ)10158 (A事件); 10113 (B事件)・・・ベルケイド®(凍結乾燥粉末形態のボルテゾミブ(Bortezomib)のマンニトールエステル)に関する特許
- 用途特許とパテントリンケージ・・・2020.08.17記事: リリカ®用途特許を巡るジェネリックメーカーの動き(2)・・・この後、ファイザーは東京地裁に特許権侵害訴訟提起と仮処分命令申立。「特許無効審判にて訂正を認めた特許請求項が、リリカが製造販売承認を取得している神経障害性疼痛および線維筋痛症に伴う疼痛の適応症を対象としている」と考えているとのことです。
参考文献:
- 石埜 正穂 パテント Vol 72 No.12 (別冊No.22) p163-178, 2019 「医薬品の開発インセンティブの担保と特許制度・薬事制度の在り方」
3.進歩性における発明効果の顕著性判断の位置づけ
化合物を当該用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、発明の効果、とりわけその程度が、予測できない顕著なものであるのかどうか、発明の効果の顕著性はどのように検討されるべきものなのか、その発明の効果の顕著性はそれだけで進歩性を肯定し得るのか(独立要件説)など、最高裁の差戻を受けて知財高裁がどのように判断するか注目されました。
進歩性判断における効果の顕著性が独立要件説に親和的だとしたら、進歩性が認められ得る道が広がった?
実務的にはうれしいような、うっとうしいような・・・
4.抗PD-1/PD-L1抗体発明の帰属をめぐる争い
この争いは、他人事とは思えないし、製薬企業とアカデミアとの関係に壁ができてしまってコラボでのイノベーションが阻害されるのではないか心配(ドキドキ)
一方で、どのように決着するのかが楽しみ・・・(ドキドキ)
- 2020.06.19記事: 抗PD-1抗体に関する本庶特許の発明者を巡る米国での裁判、そして日本・・・
- 2020.07.06記事: 小野薬品 本庶氏によるPD-1特許に関する対第三者訴訟関連分配金請求訴訟について争う方針
- 2020.07.15記事: 抗PD-1抗体に関する本庶特許の発明者を巡る米国での裁判、そして日本・・・(2)
- 2020.08.21記事: 2020.08.21 「X v. 小野薬品・Y」 東京地裁平成29年(ワ)27378
5.サノフィのプラルエント®の販売停止発表
製薬業界においては、たった一つの特許権が事業にとてつもなく甚大な影響を与えること、そして特許制度における差止請求権のおそろしさを改めて知らしめた事件でした。特許紛争の帰趨によって患者さんの不利益にならないことを願います。
- 2020.05.08記事: サノフィがプラルエント®の販売停止発表 アムジェンとの特許侵害訴訟で最高裁上告棄却決定受け
6.過去の「医薬系”特許的”な判決を振り返る。」
過去の「医薬系”特許的”な判決を振り返る。」
- 「2019年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2018年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2017年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2016年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2015年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2014年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2013年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2012年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2011年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2010年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2009年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2008年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
コメント