1.事件の背景・中間判決の概要
東レが保有する「止痒剤」に関する特許権(特許第3531170号)の3件の存続期間の延長登録を無効とした各審決に対して、東レ(原告)が、無効審判請求人である沢井製薬及び特許法148条1項に基づいて各審判に参加したニプロを被告として、取消しを求めた延長登録無効審決取消訴訟で、2020年12月2日、知財高裁は、「被告ニプロの被告適格に関する本案前の抗弁は理由がない。」との中間判決を言い渡した(知財高裁令和2年(行ケ)10096, 令和2年(行ケ)10097, 令和2年(行ケ)10098(中間判決))。今後、無効審決に対する取消事由についての審理が継続され、終局判決へ進むと考えられる。
延長登録出願 | 処分の対象となった医薬品 | 処分の対象となった医薬品について特定された用途 | 無効審判 | 審決取消請求事件 |
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特願2015-700061号 | ノピコールカプセル2.5μg | 慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る) | 無効2020-800002号 | 令和2年(行ケ)10096 |
特願2017-700309号 | レミッチカプセル2.5μg | 次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る) 透析患者(血液透析患者を除く)、慢性肝疾患患者 | 無効2020-800003号 | 令和2年(行ケ)10097 |
特願2017-700310号 | レミッチOD錠2.5μg | 次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る) 透析患者、慢性肝疾患患者 | 無効2020-800004号 | 令和2年(行ケ)10098 |
2.特許法148条1項参加人は、特許法179条1項の「請求人」として、被告適格を有する
被告ニプロは、当事者適格の有無について、以下の主張をした。
本件審判の参加人であるにすぎず,特許法179条ただし書の審判の請求人又は被請求人のいずれにも当たらないから,被告適格を有しない。したがって,被告ニプロに対する訴えは却下されるべきである
しかし、裁判所は、以下のとおり、被告ニプロは、被告適格を有するものと認められ、被告適格が欠けることを理由とする被告ニプロの本案前の抗弁は理由がない、と判断した。
特許法148条1項は,「第132条第1項の規定により審判を請求することができる者は,審理の終結に至るまでは,請求人としてその審判に参加することができる。」として,1項参加人が,特許無効審判又は延長登録無効審判(以下,併せて単に「無効審判」という。)に「請求人」として参加することを明記している。したがって,1項参加人は,特許法179条1項の「請求人」として,被告適格を有するものと解される。
また,1項参加をすることができるのは無効審判を請求できる者に限られ,かつ,1項参加人は,特許法148条4項のような規定がなくても,当然に一切の審判手続をすることができるとされている上,被参加人が請求を取り下げても審判手続を続行できるとされている(同条2項)。これらのことは,1項参加人が,正に「請求人」としての地位を有することを示しており,そのことからしても,1項参加人は被告適格を有するものと解することができる。
3.終局判決次第では係属中の同特許権侵害訴訟にも影響
3件の延長登録を特許庁が無効と判断した内容の共通部分を以下に一部抜粋した。今後、下記無効審決に対する取消事由についての審理が継続され、終局判決へ進むと考えられる。
ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品は、本件特許発明1の発明特定事項を備えて・・・いないから、本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められない。
・・・このとおりの審査経過に照らすと、ナルフラフィン塩酸塩などの「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする止痒剤は、出願当初は特許請求の範囲に含まれていたものの、手続補正により特許請求の範囲から除外されたものと解するよりほかない。仮に、手続補正をした者の意図がそうでなかったとしても、外形的にこう解されることが否定されるわけではない。したがって、本件特許の審査経緯に照らしても、本件特許発明1~36は、ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないといえる。一方、本件医薬品の有効成分はナルフラフィン塩酸塩なのだから、本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認めることができない。
・・・医薬品の場合、その「有効成分」とは、医薬品という混合物を構成する各物質のうち、薬効を示す物質をいうことが技術常識である(例えば、甲15~17、乙1、「広辞苑 第二版増訂版」(昭和57年10月15日岩波書店発行)第1230頁「成分」の項、「廣川薬科学大辞典」(平成25年3月4日廣川書店発行)第855頁「成分」の項、第1584頁「有効成分」の項を参照のこと。)。よって、本件特許発明1における「止痒剤」の「有効成分」とは、医薬品という混合物である「止痒剤」に含有され、「止痒剤」を構成する物質であって、一般式(I)で表される、塩の付加していない化合物(フリー体)を意味すると解するべきである。したがって、本件特許発明1は、塩酸塩を有効成分とする本件医薬品とは異なり、「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」(フリー体)を「有効成分」とする「止痒剤」であると解するべきである。このことは、被請求人が主張する本件特許発明の意義、本件特許明細書の記載及び技術常識により左右されるものではない。
本件で争われている3件の延長登録(いずれも5年延長、存続期間満了日は2022年11月21日)の他に、同特許権についての延長登録出願(特願2017-700154号)が1件あり、その延長された(とみなされた)特許権に基づいて、東レは沢井製薬と扶桑薬品工業に対して特許権侵害訴訟を提起している(参考記事: 東レがレミッチ®OD錠後発品を販売する沢井・扶桑を特許侵害で提訴)。
3件の延長登録無効審決取消訴訟についての知財高裁の終局判決によっては、上記特許権侵害訴訟における判断にも大きく影響してくる可能性がある。
関連記事(2019.10.20): レミッチ®用途特許に対するジェネリックメーカーの動き
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