差戻審知財高裁判決が発明効果の顕著性を認め原告の請求棄却: 知財高裁令和元年(行ケ)10118
1.背景
本件は、協和キリン及びアルコンリサーチが保有する「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」に関する特許第3068858号の無効審判請求(無効2011-800018号事件)に対する不成立審決の取消訴訟である。本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるのかどうか、発明の効果の顕著性はどのように検討されるべきものなのか、その発明の効果の顕著性は進歩性を肯定する必要条件であっても十分条件なのかなど、最高裁の差戻を受けて知財高裁がどのように判断するか注目されていた。
請求項1(本件発明1):
ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。
経緯:
- 知財高裁は、その発明の構成に至る動機付けがあると判断し、審判請求を不成立とする審決(「第2次審決」)を取り消した(2014.07.30 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成25年(行ケ)10058(2016年1月12日確定)、以下、「前訴判決訴訟」という)。
- 特許庁は、審理を再開、本件訂正を認めるとともに、審判請求を不成立とする審決(以下、「本件審決」という)。
- 知財高裁は、その発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定し、「本件審決」を取り消した(2017.11.21 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成29年(行ケ)10003、以下、「差戻前判決」という)。
- 最高裁(上告審)は、前記「差戻前判決」が本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消した点に、法令の解釈適用を誤った違法があるとして、「差戻前判決」を破棄し、知財高裁に差し戻した(2019.08.27 「アルコン・協和キリン v. X」 最高裁平成30年(行ヒ)69)。
上告審の判断より抜粋:
原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
2.判決の要旨
知財高裁は、「本件発明1の効果は、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであると認められるから、当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない」などと判断し、原告の請求を棄却した。
裁判所の判断(抜粋):
前訴判決は,本件各発明について,その発明の構成に至る動機付けがあると判断しているところ,発明の構成に至る動機付けがある場合であっても,優先日当時,当該発明の効果が,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には,当該発明は,当業者が容易に発明をすることができたとは認められないから,前訴判決は,このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく,この点には,前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)は及ばないものと解される。そこで,本件各発明がこのような予測できない顕著な効果を有するかどうかについて判断する。
(ア) まず,本件優先日当時,本件化合物について,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率が30~2000μMまでの濃度範囲において濃度依存的に上昇し,最大で92.6%となり,この濃度の間では,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じないことが明らかであったことを認めることができる証拠はない。
(イ) 次に,ケトチフェンの効果から,本件化合物の効果を予測することができたかどうかについて判断する。
・・・甲1において,Ketotifen(ケトチフェン)及び本件化合物と同様に,モルモットの結膜におけるヒスタミンの遊離抑制効果を有しないとされているChlorpheniramine(クロルフェニラミン)については,本件優先日当時,ヒト結膜肥満細胞の安定化効果を備えることが当業者に知られていたと認めることができる証拠はない。
また,本件化合物やケトチフェンと同様に三環式骨格を有する抗アレルギー剤には,アンレキサクノス(甲1のAmelexanox),ネドクロミルナトリウムが存在するところ,アンレキサクノスは有意なモルモットの結膜からのヒスタミン遊離抑制効果を有している(甲1)が,本件化合物は有意な効果を示さないこと(甲1),ネドクロミルナトリウムは,ヒト結膜肥満細胞を培養した細胞集団に対する実験においてヒトの結膜肥満細胞をほとんど安定化しない(本件明細書の表1)が,本件化合物は同実験においてヒトの結膜肥満細胞に対して有意の安定化作用を有することからすると,三環式化合物という程度の共通性では,ヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果につき,当業者が同種同程度の薬効を期待する根拠とはならない。
さらに,ケトチフェンは各種実験において本件化合物(又はその上位概念の化合物)との比較に用いられており,甲1では,ケトチフェンは本件化合物と並べて記載されているが,ケトチフェンと本件化合物の環構造や置換基は異なるから,上記のとおり比較に用いられていたり,並べて記載されているからといって,当業者が,ケトチフェンのヒスタミン遊離抑制効果に基づいて,本件化合物がそれと同種同程度のヒスタミン遊離抑制効果を有するであろうことを期待するとはいえない。
・・・したがって,甲1の記載に接した当業者が,ケトチフェンの効果から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する効果について,前記アのような効果を有することを予測することができたということはできない。
(ウ) さらに,本件優先日当時,甲20,34及び37の文献があったことから,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果をこれらの文献から予測できたかについて判断する。 ・・・しかし,本件化合物と,塩酸プロカテロ-ル(甲20),クロモグリク酸二ナトリウム(甲34),ペミロラストカリウム(甲37)は,化学構造を顕著に異にするものであり,前記(イ)bのとおり,三環式骨格を同じくするアンレキサクノスと本件化合物のモルモットの結膜からのヒスタミンの遊離抑制効果が異なり,ネドクロミルナトリウムと本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果が異なることからすると,ヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果も,その化学構造に応じて相違することは,当業者が知り得たことであるから,前記aの実験結果に基づいて,当業者が,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果を,前記a記載の化合物と同様の程度であると予測し得たということはできない。
また,前記aの各記載から,塩酸プロカテロ-ル(甲20),クロモグリク酸二ナトリウム(甲34),ペミロラストカリウム(甲37)がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率について30μM~2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであると認めることはできず,他に,これらの薬剤がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率について30μM~2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであると認めることができる証拠はない。
したがって,前記aの各記載から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害について前記アのような効果を有することを予測することができたということはできない。
以上によると,本件発明1の効果は,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであると認められるから,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
3.本判決と発明の効果の顕著性について
発明の構成を容易に想到することができたことを前提として発明の効果の顕著性を認め進歩性を肯定した本判決は、発明の効果の顕著性が進歩性を肯定する必要条件であるだけでなく十分条件でもあるという立場をとったといえる(いわゆる「独立要件説」)。
本判決(差戻審)では、本件発明の効果の顕著性を判断するにあたって、上告審が求めたとおり、「当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否か」という観点から前記他の各化合物が記載された引用文献等を検討し直し、結論として、本件発明の効果を当業者が予測することができたということはできないし、他の各化合物と同種同程度の効果を期待できる根拠もないとして、本件発明の効果の顕著性を認め進歩性を肯定した。
上告審の判示事項
本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討すること
から、発明の効果の顕著性を認める場合には、以下の2通りが少なくともありそうである。
- 当該発明の構成が奏するものとして当業者が効果の程度を予測すること自体ができなかった場合
- 当該発明の構成が奏するものとして当業者が効果の程度を予測することができたとしても、その範囲の効果を超えるものであった場合
本判決(差戻審)は、本件を前者の場合(予測すること自体ができなかった場合)に該当するとして判断したように思われる。
今後、実務的には、引用発明と比較して本願発明の効果の顕著性を否定する拒絶理由を発する審査官(特許庁)または特許無効を主張する請求人は、引用発明と効果の程度を比較して同程度であるからという理由だけを単に主張するだけでは足りず、引用文献及び出願当時の技術常識から当業者が本願発明の効果を予測できたか、予測することができた範囲の効果を越えるか、をより一層丁寧に主張立証することが求められることになるだろう。
上告審・差戻審で示された最も重要なことは、発明の効果の顕著性判断は丁寧に検討されなければならないということであり、構成を容易に想到できる発明に効果の顕著性が安易に認められ低レベルの発明が特許として乱立するようなことがあってはならない。
4.本件特許が保護する製品
本件特許(第3068858号)は、パタノール点眼液0.1%(有効成分: オロパタジン塩酸塩(Olopatadine hydrochloride))を保護する特許として特許権の存続期間延長登録(特願2006-700064)により5年の延長が認められ、存続期間満了日が2021年5月3日となった。
オロパタジン塩酸塩は、協和発酵工業(株)(現 協和キリン(株))が創製した抗アレルギー剤。日本においては、2000年12月に経口剤(販売名:アレロック錠2.5・5)が「アレルギー性鼻炎、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う 痒(湿疹・皮膚炎、痒疹、皮膚 痒症、尋常性乾癬、多形滲出性紅斑)」に対する効能・効果で承認された。抗アレルギー点眼剤としては、米国アルコン社が協和発酵工業(株)よりライセンス供与を受け開発、日本では、2006年7月に、アレルギー性結膜炎を効能・効果としてパタノール®点眼液0.1%が承認された(現在、ノバルティス社が製造販売、協和キリンが販売提携)。日本では、パタノール点眼液のジェネリックは承認されていないが、米国では、PATANOL® (OLOPATADINE HYDROCHLORIDE)EQ 0.1% BASEについてすでに後発品が参入している。
5.その他
無効審判請求人がそもそも請求人適格(利害関係人であること)を満たす適法な審判請求だったのかのかどうかということも気にはなる。
コメント
無効2011-という番号からみて、何人でも請求できた(請求人の利害関係が要求されていなかった)時代の事件です。
5.に関してですが、2011年(平成23年)に請求された無効審判であり、平成26年改正前の特許法が適用されます。このため、無効審判は、「何人も」請求可能であり、適格性の争点はないのではないでしょうか。
5.その他の無効審判請求人がそもそも請求人適格(利害関係人であること)を満たす適法な審判請求だったのかのかどうかの点ですが、無効審判請求された時期は、2004.1~2015.03.31まで運用されていた異議申立制度が廃止された「新無効審判制度」の時期に当たります。その制度では、無効審判請求できるものは”何人でもよい”ことになっており、ダミーを使っての請求が可能だったと記憶しています。よって、適格性については、その当時、問題にならなかったのではないでしょうか?
皆さま、コメントありがとうございます。5.について、何人でも請求できた時代でした。