炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性。背景にある後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省はどう判断したのか気になった事例: 知財高裁平成29年(行ケ)10171
【背景】
シャイア(被告)が保有する「選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」に関する特許(第3224544号)に対して、無効理由1(サポート要件違反)、無効理由2(実施可能要件違反)及び無効理由3(進歩性の欠如)を主張して特許無効審判を請求した沢井製薬(原告)が、原告主張の無効理由はいずれも理由がないとして特許庁がした審判請求不成立審決(無効2016-800111号)の取消しを求めて訴訟を提起した事案。
請求項1:
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点:
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1)
本件発明1ではxが3~6の値を持つことが特定されているのに対し、甲1発明ではxが1である点。
(相違点2)
本件発明1では炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し、甲1発明では希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。
【要旨】
裁判所は、
相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められ、本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有するものとも認められないので、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由(本件発明1の進歩性の判断の誤り)は理由があるとして、審決を取消した。以下、裁判所の判断の抜粋。
相違点1の容易想到性の有無について
「甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として・・・が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。」
本件発明1の顕著な効果の存否について
「本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたことを前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。
・・・まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが・・・甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。」
【コメント】
1.炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性
審決では、「甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。」と判断されたが、裁判所は、逆に、「本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと、甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。」と判断した。本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術をどう考慮したかで判断が分かれた。水和物の進歩性について争われた過去判決として下記事件がある。
2.日本のパテントリンケージにおいて行政判断の一貫性は担保されているのか
本件シャイア社が保有する炭酸ランタン水和物に関する特許(第3224544号)は、高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)、分子式: La2(CO3)3・xH2O(x=主として4))を保護する特許である。ホスレノール®は、日本では1998年にシャイア社により第Ⅰ相臨床試験が実施され、その後、2003年にバイエルが国内における開発及び製造販売権を取得、2008年10月16日に「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠として最初の製造販売承認を取得した。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)であり、当該特許も2016年3月19日で20年の存続期間満了を迎えた。
ところで、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。いわゆるパテントリンケージは厚生労働省・PMDAの判断に任されている。
従って、ホスレノール®の再審査期間が満了した後にその後発品を承認するか否かは、少なくとも下記に示した各製剤や効能・効果としての適応拡大の承認毎に取得してきた当該特許(第3224544号)の存続期間延長登録の存在を踏まえた上で厚生労働省・PMDAが判断したはずである。
- 2008年10月16日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠250mg及び500mgとして最初の承認取得。延長登録出願2009-700005及び2009-700006が登録され、いずれも5年の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日まで延長)。
- 2012年1月25日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mgとして承認取得。延長登録出願2012-700074が登録され、2年1月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月まで延長)。
- 2012年2月1日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包500mgとして承認取得。延長登録出願2012-700075が登録され、2年1月16日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年5月まで延長)。
- 2013年8月20日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果として適応拡大承認取得。チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、各々延長登録出願2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230が登録され、いずれも3年5月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月まで延長)。
- 2017年2月6日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果でOD錠として承認取得。当該特許(第3224544号)は2016年3月19日で20年の満了を迎えたため、存続期間延長出願はされていない。
ここで、特に注目したいのは、当該特許の無効審判請求人である沢井製薬が既に販売している後発品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」。以下「サワイ」品と略す。)は、「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとして2018年2月15日に承認(同年6月15日薬価基準収載)が出されたという点である。
上記通知のとおり、厚生労働省・PMDAの後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしているわけであるが、実際「サワイ」品の承認日である2018年2月15日時点では、上記の通り、延長出願番号2009-700005、2009-700006、2012-700074、2012-700075、2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230と多数の当該特許の延長登録が存在していた。それぞれの延長された特許権の効力が及ぶ範囲は不透明な部分が多く残されているが、これまでの知財高裁等の判決から考えれば下記(1)(2)(3)のような解釈となるのではないだろうか。
(1) 延長出願番号2009-700005、2009-700006の延長された特許権の効力について
「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果(チュアブル錠250mg及び500mg)としてホスレノール®の初めての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。
近時の知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)によれば、延長された特許権の効力が及ぶ範囲は以下のように解釈される。
延長された特許権の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。
医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。
そして、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合(類型①)には、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。
大合議判決では、医薬用途発明の場合についてどのように考えるかは明確に示していないが、その原審(民事第29部)(2016.03.30 「デビオファーム v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)12414)における判決では、
「当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。」
と言及されているように、医薬品の有効成分を特定の医薬用途に用いることに関する発明(医薬用途発明)の延長された効力範囲の判断も、上記知財高裁大合議判決が掲げた医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明の場合(類型①)と同様にその適否を扱うのが自然であろう。
ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg(2008年10月16日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。
- ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)(2008年10月16日承認時)
分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
効能又は効果:透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善
用法及び用量:通常,成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし,1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
組成:1錠中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1錠中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。 - 「サワイ」品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」)
分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
用法及び用量:通常、成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし、1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
組成:1包(0.7g)中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。1包(1.4g)中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。
「成分」としての香料の有無は、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎず、周知・慣用技術に基づき付加された成分にすぎないと推察される。また、チュアブル錠か顆粒剤かという剤型分類上の差異はあるものの、剤型分類上の差異は知財高裁大合議判決で示された実質同一の判断事項「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」として挙げられておらず、また、同判決でも引用されているとおり医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項、9項)と規定されているのであって、あくまでも上記事項の観点で医薬品の審査がされるのであって、剤型分類上の形式的な差異自体が審査の対象となるわけではないと考えられる。
以上、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)の承認(2008年10月16日)に基づいて延長された当該医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2009-700005、2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。いずれの延長出願も5年の延長期間を取得したため、満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日までとなり、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。
(2) 延長出願番号2012-700074、2012-700075の延長された特許権の効力について
「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとしての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg(2012年1月25日、2月1日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。
- ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)(2012年1月25日、2月1日承認時)
組成:1包中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1包中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
上記考察(1)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)の承認(2012年1月25日、2月1日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2012-700074、2012-700075)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月及び5月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。
ここで、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権(2012-700074及び2012-700075)の満了日(2018年4月及び5月)が、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の満了日(2021年3月19日)よりも先になってしまったという関係から、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権の満了後において製造・販売される「サワイ」品やホスレノール顆粒分包と同一の後発品に対して、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権の効力が及ぶかどうかという論点がでてくる。
上記(1)では、当該特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の最初の承認(チュアブル錠250mg及び500mg、2008年10月16日承認)に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられると考察した。一方で、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権は2018年4月又は5月に満了したわけだから、その点だけを考えれば、ホスレノール®の最初の承認に基づいて延長された特許権の効力範囲の内、顆粒剤についての部分に「穴」が開き、「サワイ」品のような顆粒分包の後発品に対して権利行使できないようにも思われる。しかし、仮に、このような「穴」開き説を認めたとすると、先発メーカーが適応症の追加や様々な製剤等の改良を通じて承認取得を重ねるたびに、特許期間延長の効力が穴だらけになっていくことになりかねず、このように解することは、「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とする」特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨と相反する結果となる。複数の延長された特許権が存在した場合において、それらの効力は重複して存在すると考えるのが妥当であろう。
(3) 延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230の延長された特許権の効力について
チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。上記考察(1)(2)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」についての適応拡大承認(2013年8月20日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。
繰り返しになるが、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。上記(1)(2)(3)のとおり、本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけである。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけであるから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむ。
「サワイ」品の承認判断については上記厚労省通知にて示された方針に反するもののように思われる。もし、厚生労働省・PMDAによる行政手続きの一貫性が損なわれているとしたら、製薬産業において先発メーカーにとっても後発メーカーにとっても大きな影響を与えかねない問題である。
3.有効成分の水和物違いで生じた後発品の競争力
「サワイ」品の他にも多くの後発品が既に2018年2月に承認され、同年6月の薬価基準収載に至っている。先発薬であるホスレノール®の有効成分である炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)の分子式は、La2(CO3)3・xH2Oであり、x=主として4となっている。以下のとおり、「サワイ」品以外、薬価収載に至った後発品の炭酸ランタン水和物は8水和物であり、本件特許請求の範囲には文言上含まれないものとなっているため、本件特許の侵害という問題もなく、再審査期間が終了後に申請・承認となったと推測される(有効成分の水和物違いは薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」のとおり)。一方、「サワイ」品の炭酸ランタンは主として4水和物であり、本件特許請求の範囲に文言上含まれることになるわけである。東和薬品は、粒度を特定の範囲とする炭酸ランタンの7~9水和物に関する日本特許(第6225270号)を保有しているため、粒度によっては後発メーカー間での攻防もありそうである(参照: 炭酸ランタン水和物に関する特許権について)。
- 炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」
分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日
発売年月日:2018年6月15日 - 炭酸ランタン顆粒分包250mg「トーワ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「トーワ」
分子式:La2(CO3)3・xH2O (x=主として8)
効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日
発売年月日:2018年6月15日 - 炭酸ランタン顆粒分包250mg「フソー」/ 炭酸ランタン顆粒分包500mg「フソー」
分子式:La2(CO3) 3・xH2O(x=主として8)
効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日
発売年月日:2018年6月15日 - 炭酸ランタン顆粒分包250mg「ケミファ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「ケミファ」
分子式:La2(CO3)3・8H2O
効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日
発売年月日 2018年9月14日 - 炭酸ランタンOD錠250mg「ケミファ」/ 炭酸ランタンOD錠500mg「ケミファ」
分子式:La2(CO3)3・8H2O
効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日 - 炭酸ランタン顆粒分包250mg「YD」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「YD」
分子式:La2(CO3)3・8H2O
効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日
発売年月日 2018年6月25日 - 炭酸ランタンOD錠250mg「イセイ」/炭酸ランタンOD錠500mg「イセイ」
分子式:La2(CO3)3・8H2O
効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
製造販売承認年月日 2018年2月15日
薬価基準収載年月日 2018年6月15日
発売年月日 2018年9月3日
関連記事:
参考:
- 薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」では、異なる結晶形等を有する医薬品の承認申請(審査)上の取扱いについての基本的考え方が示されている。
「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないことから、一般的名称が異なる場合にあっても、承認申請(審査)にあたっては、原則として、次のとおり取扱うものとする。
既承認医薬品の原薬と結晶形等が異なる原薬から成る製剤を新規に承認申請する場合には、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」 - 2009.06.05 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」
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