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2018.01.15 「日産化学 v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10278

ピタバスタチン結晶多形の請求項記載をめぐる補正要件・分割要件判断: 知財高裁平成28年(行ケ)10278

【背景】

日産化学が保有する「ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態」に関する特許(第5702494号)の異議申立てについて一部請求項に係る特許取消決定(異議2015-700094)の取消訴訟。本件特許(第5702494号)は、分割出願によるものであり、本件出願時の請求項1で特定される結晶多形Aから、いわゆる親出願(第1出願)で成立した特許(特許第5192147号)発明(構成要件Eで特定される結晶多形A)を除く補正を経て成立していた。

本件取消決定の理由は、

  • 当該構成要件Eを追加した補正が新規事項の追加であること
  • サポート要件・実施可能要件を満たさないこと
  • 直近の親出願(第3出願)当初明細書等にはX線粉末回析において26個偏差内相対強度図形を示す結晶多形Aしか記載されていなかったから、6個のピーク及び1個のピークの不存在で結晶多形Aを特定する本件発明1は、第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲を拡大するもの(分割出願要件違反)であり、結果、原出願日が認められないことにより新規性・進歩性違反であること

であった。

請求項1(下線は構成要件Eを示す):

2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が9~15%である(但し,10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く),(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩の結晶多形A。
但し,2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),9.1±0.2°(s),10.0±0.2°(w),10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),13.3±0.2°(vw),13.7±0.2°(s),14.0±0.2°(w),14.7±0.2°(w),15.9±0.2°(vw),16.9±0.2°(w),17.1±0.2°(vw),18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),20.8±0.2°(vs),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),22.9±0.2°
(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),25.2±0.2°(w),27.1±0.2°(m),29.6±0.2°(vw),30.2±0.2°(w),34.0±0.2°(w)[ここで,(vs)は,非常に強い強度を意味し,(s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるものを除く。

本件特許までの分割経緯:

  • 【第1出願】PCT/EP2004/050066(2004.02.02出願)/WO2004/072040(2004.08.26公開)/特願2006-501997号/特表2006-518354(2006.08.10公開)⇒特許第5192147号(2013.02.08登録)
  • ⇒分割【第2出願】:特願2011-127696号(2011.06.07出願)/特開2011-201915(2011.10.13公開)⇒出願取下
  • ⇒分割【第3出願】:特願2013-264348号(2013.12.20出願)/特開2014-055185(2014.03.27公開)⇒出願取下
  • ⇒分割【本件出願】:特願2014-155001号(2014.07.30出願)(本件出願)/特開2014-198743(2014.10.23公開)⇒特許第5702494号(2015.02.27登録)(本件特許)

【要旨】

主 文

1 特許庁が異議2015-700094号事件について平成28年11月18日にした決定のうち,特許第5702494号の請求項2,4,6及び9に係る部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。

裁判所の判断

裁判所は、取消事由1(本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)並びに取消事由2及び3(サポート要件の判断の誤り及び実施可能要件の判断の誤り)はいずれも理由があるとして特許庁によるこれら部分の取消決定を否定したが、取消事由5(引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り)は理由がないとして特許庁による取消決定を支持。結果、本件決定のうち、請求項1、3、5、7及び10ないし13に係る本件特許を取り消した部分に誤りはなく、請求項2、4、6及び9に係る本件特許を取り消した部分は誤りであると判断した。

以下、請求項1についての取消事由1における新規事項の追加の該当性及び取消事由5における分割要件充足性と進歩性判断に関する部分についての判断を抜粋。

1.取消事由1(本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)について

「明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項),補正が,当業者によって,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものということができる。・・・本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも,導くことができるから,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものを,本件出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導くことができるというべきである。したがって,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。」

2.取消事由5(引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り)について

「分割出願が適法であるための実体的要件としては,①もとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,②新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載された発明の一部であること,③新たな出願に係る発明は,もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。なお,本件出願が第1出願の出願時にしたものとみなされるためには,本件出願,第3出願及び第2出願が,それぞれ,もとの出願との関係で,上記分割の要件①ないし③を満たさなければならない。」

「・・・本件発明1は,2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図形を示すこと等により特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形であるところ,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,このような結晶多形は記載されておらず,結晶多形Aと名付けられた結晶多形以外の結晶多形としても,このような結晶多形が記載されているということはできない。したがって,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあるということはできず,前記分割の要件③は満たさない。・・・26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個においてピークを確認できる結晶多形が,第3出願当初明細書等に開示された結晶多形Aであると同定できたとしても,第3出願当初明細書等において開示された結晶多形Aは,26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個においてピークを確認できる結晶多形ではない。・・・したがって,本件発明1に係る本件出願は,第3出願の一部を新たに特許出願とするものではないから,その出願日は平成26年7月30日となる。したがって,引用例2は,本件出願の出願日前に頒布された刊行物である。」

「・・・引用発明2は,引用例2【0136】に記載された白色結晶性粉末であるところ,当該段落には,当該白色結晶性粉末の製造方法が記載されているから,当業者であれば,引用例2【0136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行うことは容易に想到し得るものである。そして,同記載の条件を基に夏苅英昭博士が行った実験(以下「本件実験」という。)により得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件A,D及びEに含まれるものであったと認められる(甲36,37)。・・・引用発明2に接した当業者であれば,引用例2【0136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を,技術常識を参酌することにより適宜設定可能な範囲で実験条件を加えて行うことは,容易に想到し得るものであり,その結果得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件A,D及びEに含まれる。・・・以上によれば,引用発明2に接した当業者であれば,引用例2【0136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法において,乾燥条件を適宜設定することにより,引用発明2の含水量を,構成要件Bの範囲内の含水量とすることは容易に想到し得る。・・・以上によれば,本件発明1は,引用発明2及び技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。」

【コメント】

1.本件特許出願の親特許(第5192147号)について

本件特許出願の親出願(第1出願)は特許第5192147号として成立しており(2013.02.08登録)、「2013.08.28 謹告 ピタバスタチンカルシウムに関する特許権について」においても言及されていた。沢井製薬からの無効審判請求を受けたが、請求不成立との審決に至っていた(無効2013-800212)ため、特許権者である日産化学がジェネリック会社に対して権利行使を試みたのかどうかは明らかでないが、現状としてはジェネリックが多数参入しており、ジェネリック参入阻止には有効でなかったと思われる。

特許第5192147号の請求項1:

2θで表して、5.0(s)、6.8(s)、9.1(s)、10.0(w)、10.5(m)、11.0(m)、13.3(vw)、13.7(s)、14.0(w)、14.7(w)、15.9(vw)、16.9(w)、17.1(vw)、18.4(m)、19.1(w)、20.8(vs)、21.1(m)、21.6(m)、22.9(m)、23.7(m)、24.2(s)、25.2(w)、27.1(m)、29.6(vw)、30.2(w)、34.0(w)[ここで、(vs)は、非常に強い強度を意味し、(s)は、強い強度を意味し、(m)は、中間の強度を意味し、(w)は、弱い強度を意味し、(vw)は、非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し、FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~12%である、(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩の結晶多形A。

2.本件特許の請求項1がその記載となった背景

その後、分割出願を重ねて本件出願は、上記親出願特許発明との重複(構成要件Eで特定される結晶多形A)を除く補正を経て成立したわけであるが、日産化学は上記親特許の請求項1の記載に比べて若干の工夫を試みたようである。ひとつは、特徴的なピークを6つのみとすることで結晶形の粉末X線回折ピークの本数を減らしたこと(この点が本件事件で分割要件違反として問題となった・・・)、もうひとつは、回折角の数値にそれぞれ±0.2°の誤差を許容させたことである。これらの記載の工夫は、下記特許侵害訴訟事件からの教訓によるものと想像される。下記事件は同じくピタバスタチンカルシウム塩の結晶多形特許発明についてその技術的範囲の属否判断が争われた事件であり、裁判所は、請求項の記載に基づいて、発明の構成要件を充足するためには15本のピークの全ての回折角の数値が小数点第2位まで一致することを要し、その全部又は一部が一致しない被告ピタバスタチンカルシウム塩の結晶はその技術的範囲に属するということができないものと解するのが相当である、と判断した。すなわち、問題点は、請求項に係る結晶形の粉末X線回折ピークの本数が多すぎたこととそれらの回折角の数値を特定しすぎていたことだったわけである。日産化学としては、これら判決の教訓から、本件親特許の請求項1が26本のピークとそれぞれ誤差範囲のない回折角による特定が特許発明の技術的範囲を狭めすぎてしまっていたことに懸念を抱いたのだろう。その後の分割出願(本件特許)にて特許発明の技術的範囲を広げようと6本のピークとそれぞれ誤差範囲を許容する回折角により特定した請求項での成立を目指した、そして特許査定を得ることに一旦は成功したわけである。

3.補正が新規事項の追加に該当するかどうかの判断について

一見、本件出願時の請求項1で特定される結晶多形A(6本ピーク特定)から構成要件Eで特定される結晶多形A(26本ピーク特定)を除いた後に残る発明としての結晶は何なのか、実体のない「結晶多形A」が残ってしまうのではとも思ってしまう。しかし、そもそも親出願特許請求の範囲を6本ピークで特定できるように成立させていればよかったわけで、26本ピークで特定するという狭すぎた親出願特許請求の範囲を本件特許で広い範囲まで取り直そうとした、というだけのことであり、形式的には、本件出願当初明細書には、本件出願時の請求項1で特定される結晶多形A(6本ピーク特定)も、構成要件Eで特定される結晶多形A(26本ピーク特定)も記載されていたため、本件出願時の請求項1で特定される結晶多形A(6本ピーク特定)から構成要件Eで特定される結晶多形A(26本ピーク特定)を除くものを導くことが出来るとした裁判所の判断は正しいように思える。

4.分割要件の充足の有無の判断について

本件出願明細書の記載において、第3出願明細書には記載されていなかった6本ピークで特定できるような結晶多形Aを書き加えて請求項としたことが仇となった。補正(または分割)の可能性を考え、出願当初明細書の記載をどれだけ充実させておくかということは極めて重要である。分割要件を充足しないことにより本件特許の出願日が2014年7月30日となるのであれば、本件特許出願の親出願である第1出願、第2出願、第3出願のそれぞれの出願公開に記載された発明自体が引用発明ともなるだろう。

参考: ピタバスタチン結晶の特許性について補正要件違反及び分割要件違反が問題となった過去事件:

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