過度の試行錯誤が必要とされた例: 知財高裁平成27年(行ケ)10188
【背景】
「環状受容体関連蛋白ペプチド」に関する特許出願(特願2010-501126号)に対する拒絶審決(不服2013-25515号)取消訴訟。争点は実施可能要件違反についての判断の当否。
請求項1(本願発明):
「配列番号97に少なくとも70%同一である50個の連続するアミノ酸を含み,そして1x10-8M以下の結合親和性KdでCR含有蛋白に結合する,85アミノ酸長以下である環状RAPペプチドであって,該CR含有蛋白は,…(略。34個の選択肢。)…よりなる群から選択される,環状RAPペプチド。」
【要旨】
「①RAPペプチドの受容体結合に関与ないし影響を与えるアミノ酸残基がどこかということが本件出願日当時の技術常識であり,その結合する領域のアミノ酸残基を変異させれば,受容体との結合親和性が変化することが本件出願日の技術常識であったとしても,そのアミノ酸残基を変異させた場合に,結合親和性を向上させる手法は明らかでなく,また,②本願発明で特定されるアミノ酸配列は,50個の連続するアミノ酸のうち最大15個のアミノ酸の変異(挿入,欠失又は置換)を許容するものであって極めて多数に及ぶ一方,③本願明細書に記載された本願発明の実施例はわずか3個であって,その内容も,環化のためのシステインの導入を含めた4,5個のアミノ酸置換を行った,「67~75アミノ酸長の環状」のぺプチドで,「配列番号97に100%または98%(1個の変異)同一である50個の連続するアミノ酸」を含む,配列番号97と非常に同一性の高いアミノ酸配列を有しているものにすぎないから,本件出願日当時の当業者は,本願発明の環状RAPペプチドを製造するために,膨大な数の環状RAPペプチドを製造して34個のCR含有蛋白との結合親和性を調べるという,期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものと認められる。したがって,本願発明は実施可能要件を欠くものであり,原告の取消事由には,理由がない。」
請求棄却。
【コメント】
原告は、
- 技術常識である「RAPペプチドの受容体結合に関与ないし影響を与えるアミノ酸残基」を変異させれば,容易に結合親和性の高いペプチドが得られるから,そのようなペプチドを製造し,その機能性の確認を行うためには過度な試行錯誤を要しない
- 本願明細書に記載されたファージディスプレイ技術及びPCRによるランダム変異誘発を用いるランダム変異誘発スクリーニングを用いた本願発明に係るペプチドの製造は,開発業務受託機関を利用することもできるから,当業者にとって負担となるものではない
などと主張したが、裁判所は認めず、判決の通りである。
特許法36条4項1号においては、出願時の技術常識のレベル及び当業者のレベルに従って過度の試行錯誤が必要とされるか判断されるわけだから、時代と共に、過度の試行錯誤のレベル感も変わるはず。「AIを用いれば試行錯誤を要しないから実施可能である」なんて主張が認められる日がいつか来るかもしれない?その前にAIが明細書を書いて、AIが審査するかも?
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