医薬用途発明の記載要件: 知財高裁平成27年(行ケ)10052
【背景】
「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」に関する特許出願(特願2007-531272; 特表2008-512462)拒絶審決(不服2012-20646号)取消訴訟。争点は記載要件。
請求項1:
B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染,器官の損傷が肝臓の損傷,肺の損傷,及び腎臓の損傷であるところの器官の損傷,並びに,クローン病,潰瘍性大腸炎,及び肺繊維症からなる群より選択された,スーパーオキサイドアニオンラジカル,TNF-α,又はiNOS,の過剰生産と関連させられた疾患より選択された健康状態を予防する又は治療するための医薬において,それは,式R-A-Xの化合物の治療的な量をそれを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備すると共に,Rは・・・(略)・・・である,医薬。
【要旨】
主 文
原告の請求を棄却する。(他略)
裁判所の判断
1.特許法36条6項1号(サポート要件)について
裁判所は、
「本願発明は,「B型肝炎により選択された,ウィルス性の感染」を「予防又は治療するための医薬」において,「ナルメフェンを含む6-メチレンモルヒナン類(式R-A-Xの化合物)の治療的な量を,それを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備する医薬」を発明として含むものであり,同発明は,ナルメフェンを含む6-メチレンモルヒナン類(式R-A-Xの化合物)の新しい医学的な用途として,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」という用途を提供することを課題とするものである。
上記課題が解決できることを当業者において認識するためには,「式R-A-Xの化合物」が,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」としての有用性を有すること,すなわちヒト又は動物の生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖抑制作用を有することを理解できる必要がある。
しかし,本願明細書において,B型肝炎ウィルスの感染に関する記載がされているのは,【0034】,【0035】,【0054】及び【0072】のみであり,前記(1)のとおり,これらの記載はいずれも,本願発明が,予防又は治療すべき状態の一つとしてウィルス感染を挙げているものにすぎず,実際にB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に関して有用性があることを客観的に記載しているものではない。そして,本願明細書には,他に,「式R-A-Xの化合物」が,生体内におけるB型肝炎ウィルスに対して増殖抑制作用等の医薬的に有用な作用効果を有することを技術的に裏付ける薬理試験の結果や実施例等の客観的な事実の記載は一切ない。また,本願出願時,「式R-A-Xの化合物」がそのような作用効果を有することについての技術常識が存在したことを証する証拠はなく,そのような作用効果が,当業者が出願時の技術常識に照らして認識できる範囲のものであるとも認められない。
一般に本願発明のような医薬用途発明においては,一定の予防又は治療すべき状態に対して,特定の医薬を投与するという用途を記載するのみで,その作用効果について何ら客観的な裏付けとなる記載を伴わず,そのような技術常識もない場合には,当業者において,実際に有用性を有するか,すなわち,課題を解決できるかどうかを予測することは困難である。
そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物が,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」という医薬用途において使用できること,すなわちヒト又は動物の生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖抑制作用を有することを当業者が理解できるように記載されているとはいえない。
したがって,本願発明は,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず,特許法36条6項1号の規定を満たさない。」
と判断した。
2.特許法36条4項1号(実施可能要件)について
裁判所は、
「本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」として使用できることが,当業者が理解できるように記載されているとはいえない。したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。」
と判断した。
原告は、
「審決が,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果について,これらの各試験結果の記載が,本願の出願当初の明細書等の開示範囲を超えたものであるか,又は本願発明の効果の範囲内での補充にすぎないものであるかの判断を行うべきであり,当該判断を怠って,実施可能要件及びサポート要件に規定する要件を満たさないと判断した審決には,判断手法に誤りがある」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために,出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,前記(3)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を,B型肝炎ウィルスの感染を予防又は治療するために用いるという用途が記載されているのみで,当該用途における化合物の有用性について客観的な裏付けとなる記載が全くないのであり,このような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果や基礎出願の試験結果を考慮することは,前記(3)アで述べた特許制度の趣旨から許されないというべきである。
そうすると,原告が,審判手続において,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべき旨を主張していたことからすれば(甲11,13),審決において,同主張を明示的に排斥することが相当であったとはいえるとしても,出願後に提出された薬理試験結果である審判請求書添付の試験結果や,基礎出願の試験結果は,本願明細書に記載された本願発明の効果の範囲内で試験結果を補充するものということはできないから(その上,後記イのとおり,これらの試験結果を考慮したとしても,式R-A-Xの化合物のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。),これらの資料を考慮しないで,サポート要件及び実施可能要件を満たさないとの判断をした審決の判断手法が違法であるということはできない。また,その点が審決の判断を左右するものとは認められないから,審決の取消事由には当たらない。」
として原告の主張を退けた。
【コメント】
医薬用途発明について記載要件を満たすためには、医薬的に有用な作用効果を有することを技術的に裏付ける薬理試験の結果や実施例等の客観的な事実が記載されていることが必要であり、その記載が一切ないにもかかわらず出願後に薬理試験結果等を提出することは許されない。
参考:
- 記載要件/引例適格/データは必要か: 特許すべき発明の成立性/記載要件/明細書に根拠データは必要か?: 医薬用途発明の場合
- 大塚製薬 press release: 2013.10.31 「大塚製薬とルンドベック社 減酒薬「nalmefene」(ナルメフェン)の日本における共同開発・商業化を合意~『お酒と上手に付き合う』新しい治療コンセプトの提案」~
コメント