結晶多形関連発明のサポート要件、実施可能要件、進歩性等が争われた事例: 知財高裁平成26年(行ケ)10202
【背景】
被告(田岡化学工業)が保有する「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第4140975号)に対する無効審判請求(無効2013-800029号)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は、サポート要件違反、実施可能要件違反、進歩性、新規性の判断。
請求項1(本件発明1):
ヘテロポリ酸の存在下,フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後,得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得,次いで,純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒,ケトン溶媒およびエステル溶媒からなる群から選ばれる少なくとも1つの溶媒に溶解させた後に50℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。
請求項7(本件発明7):
示差走査熱分析による融解吸熱最大が160~166℃である9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。
請求項8(本件発明8):
Cu-Kα線による粉末X線回折パターンにおける回折角2θが12.3°,13.5°,16.1°,17.9°,18.4°,20.4°,21.0°,23.4°及び24.1°にピークを有する9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。
請求項9(本件発明9):
回折角2θの最大ピークが18.4°である請求項8に記載の結晶多形体。
【要旨】
主文
1 特許庁が無効2013-800029号事件について平成26年7月25日にした審決を取り消す。(他略)
裁判所の判断
1 取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について
裁判所は、下記の通り、サポート要件に適合するか否かの判断についての一般原則を示したうえで、本件への当てはめを行い、本件発明1~6及び10はサポート要件に適合しないと判断した。
「特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。そして,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合することは,当該特許の特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。」
「~本件明細書の~記載によれば,BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として,トルエン,キシレンなどの「芳香族炭化水素溶媒」以外に,アセトンなどの「ケトン溶媒」,及び酢酸エチルなどの「エステル溶媒」が記載され,また析出開始温度として65℃や70℃ではなく,「50℃以上」が記載されている。
しかし,BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒は,実施例5では「トルエン」であり,実施例6では「キシレン」である。また,多形体Bの析出開始温度は,実施例5では「65℃」であり,実施例6では「70℃」である。そして,本件明細書には,アセトンなどの「ケトン溶媒」や酢酸エチルなどの「エステル溶媒」を溶媒として用いて多形体Bを析出させたことや,65℃未満で多形体Bを析出させたことは記載されていない。
他方,~化合物の分子構造から結晶構造を含めた結晶多形体を予測することは困難であり,所望の結晶多形体の析出条件は,できるだけ多くの条件で網羅的に結晶化を試みることにより見い出すものである。しかも,結晶多形体の析出は,溶媒の種類や結晶開始温度(晶析温度)の影響を受け,とりわけ,溶媒の種類の影響は大きく,溶媒の種類を変えることにより「新たな結晶多形体」が見い出される場合もあることが,本件出願時の技術常識であったことを考慮すると,特定の溶媒や特定の析出開始温度で多形体Bを選択的に製造できたとしても,当該溶媒とは化学構造や性質が異なる溶媒を用いた場合や,当該析出開始温度とは異なる温度で析出を開始した場合に,多形体Bを選択的に製造できるか否かを,実験等により実際に確認することなく予測することは困難であったといえる。
したがって,当業者は,BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として,トルエン,キシレンなどの「芳香族炭化水素溶媒」に代えて,それとは化学構造も性質も異なる,アセトンなどの「ケトン溶媒」又は酢酸エチルなどの「エステル溶媒」を用いても,多形体Bを選択的に製造できるとは認識できないし,また,析出開始温度を65℃ではなく,50℃以上65℃未満としても,多形体Bを選択的に製造できるとは認識できないというべきである。
よって,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識からみて,多形体Bを選択的に得る製造方法について,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるのは,BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として,トルエン,キシレンなどの「芳香族炭化水素溶媒」を用い,析出開始温度として65℃以上とした場合である。
~したがって,本件発明1~本件発明6及び本件発明10は,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に照らして,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており,サポート要件に適合しない。」
一方、本件発明7~9については、裁判所は下記の通りサポート要件に適合すると判断した。
「本件発明7~本件発明9に係るBPEFの結晶多形体は,多形体Bであると認められる。そして,~本件明細書には特定の溶媒を用いて特定の析出開始温度より多形体Bを選択的に得る製造方法が記載されているから,多形体Bを提供するという本件発明の課題は解決できると当業者は認識することができるといえる。したがって,本件発明7~本件発明9は,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであり,サポート要件に適合するものである。」
2 取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り)について
本件発明7~9について、裁判所は、実施可能要件に適合するものであるから,審決の判断に誤りはないと判断した。
3 取消事由3(進歩性判断の誤り)について
本件発明7~9について、裁判所は、以下の通り、本件発明1が容易想到ではないことのみを理由とする、容易想到性に関する判断は適切に行われたものとはいえないから、この点に係る審決の判断を取り消すものとした。
「~本件発明7及び8は独立形式で記載された物に係る発明であり,本件発明9は本件発明8の従属形式で記載された発明であって,いずれもその物の製造方法に係る本件発明1を引用するものではない。そうすると,進歩性の検討において,引用されていない物の製造方法の発明である本件発明1を当業者が容易に想到し得たとはいえないことのみを理由として,直ちに,本件発明7~本件発明9も当業者が容易に想到し得たとはいえないと判断することは許されない。また,上記のとおり,本件発明1はそもそもサポート要件に適合しないものであるから,その容易想到性に関する判断は適切に行われていない。」
4 取消事由4(公然実施及び公知)について
裁判所は、審決は証拠の採否及び証拠評価を誤った結果、認定を誤ったものであり、さらに、原告は独自に多形体Bの製造方法を開発、製造するに至ったものであるから被告に対する秘密保持義務の対象となるものではないとして、本件発明7は各取引によって公然実施されたものであると判断した。
【コメント】
医薬関連ではない発明に関する事件だが、結晶多形発明及びその製造方法の発明におけるサポート要件、実施可能要件、進歩性等に関する観点として、医薬における結晶多形関連発明にも参考になる事例。
特に、結晶多形の製造方法発明のサポート要件の判断においては、当然のことながら実施例の記載の有無が重視されている。実施例に記載はない溶媒や温度条件が発明の構成要件に含まれる場合には、それら条件により当該結晶多形体を選択的に製造できるか否かを実験等により実際に確認することなく出願当時の技術常識から予測することができたか否かにより判断される。
参考:
- 2012.07.18 「田岡化学工業 v. 大阪ガスケミカル」 知財高裁平成24年(ネ)10016
同特許を保有する田岡化学工業が、大阪ガスケミカルの行為を特許侵害として差止・損害賠償を求めた事件。知財高裁は特許発明2に係る本件特許権について先使用権を認めた。 - 2012.04.26 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成23年(行ケ)10225
同特許の無効審判請求(無効2010-800194号事件)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は特許法29条1項3号。知財高裁は請求棄却。
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