特許権の存続期間の延長登録出願の登録要件についての最高裁判決(アバスチン事件): 平成26年(行ヒ)356
【背景】
被上告人(ジェネンテック)は、アバスチン®(一般名: ベバシズマブ(遺伝子組換え))についての用法及び用量に関する事項を追加することを主な変更内容とする製造販売承認事項一部変更承認(本件処分)に基づき、本件医薬品を保護する「血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト」に関する特許権(第3398382号)について存続期間延長登録出願をしたが、特許庁は、同じ有効成分及び同じ効能又は効果である先行処分がされていたことを理由に本件延長登録出願を拒絶とする審決をしたため、拒絶審決取消訴訟でその適否が争われ、知財高裁大合議はその審決を取消した。特許庁はこれを不服として最高裁に上告していた。
参考:
【要旨】
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由(抜粋)
3 特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。法67条の3第1項1号の文言上も,延長登録出願について,特許発明の実施に政令処分を受けることが必要であったとは認められないことがその拒絶の査定をすべき要件として明記されている。これらによれば,医薬品の製造販売につき先行処分と出願理由処分がされている場合については,先行処分と出願理由処分とを比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるというべきである。そして,このように,出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは,飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり,特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。
ところで,医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認を受けることによって可能となるのは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解される。もっとも,前記のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると,延長登録出願に係る特許の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは,当該医薬品についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して,特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず,相当とはいえない。そうすると,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かは,先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について,両処分を比較して判断すべきである。
以上によれば,出願理由処分と先行処分がされている場合において,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。4 これを本件についてみると,本件特許権の特許発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものであって,医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ,医薬品の成分を対象とする物の発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。そして,本件処分に先行して,本件先行処分がされているところ,本件先行処分と本件処分とを比較すると,本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものであるのに対し,本件医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。そして,本件先行処分によっては,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったが,本件処分によって初めてこれが可能となったものである。
以上の事情からすれば,本件においては,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない。5 以上によれば,本件特許権についての延長登録出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとする本件審決を違法であるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
【コメント】
最高裁は、医薬品の製造販売につき先行処分がされている場合についての出願理由処分(後行処分)における特許権の存続期間延長登録出願の登録要件(特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」)について以下のように判示した。
延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。
1. 出願理由処分(後行処分)が先行処分に包含されるかで判断
最高裁は、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が、出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには、延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められない、と判示した。最高裁の判決文の記載には、知財高裁で用いられた「禁止の解除」という言い回しこそないが、先行処分の医薬品の製造販売が後行処分を包含するかどうかという観点は、知財高裁で言うところの、後行処分が先行処分で禁止が解除されたかどうかで判断するという観点と同じであり、最高裁の判決は、これまでの知財高裁の判断手法を認めるものとなったといえる。
2. 包含するか否かの判断は、特許発明の種類や対象に照らし、両処分における医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項を比較して行う。
最高裁は、両処分における医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てを形式的に比較することによってではなく、延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について、両処分を比較して判断すべきである、と判示した。実質的に両処分を比較し判断されたと思われる事例として下記の知財高裁の判決があり、今後の参考事例となるだろう。
3. 特許庁の判断基準(特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断)を否定
最高裁は、出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは、飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり、特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない、と判示し、特許庁の判断を否定した。
特許庁は早速「特許・実用新案審査基準 第IX部 特許権の存続期間の延長」の改訂に取り掛かるとのアナウンスを行った(2015.11.18 特許庁 「特許権の存続期間の延長登録出願に関する審査基準及び審査の取扱いについて」)。改訂審査基準は来年春頃を目処に公表する予定であり、先行医薬品類又は先行農薬についての処分が存在する延長登録出願の審査の着手は、原則として、改訂審査基準の公表まで止めることとした。2011年末に改定された特許庁の審査基準(2011.12.28 「特許権の存続期間の延長」の審査基準改訂)は4年を待たずに否定されることになった。
4. パシーフ事件最高裁判決(平成21(行ヒ)326)との整合性
平成21(行ヒ)326(パシーフ事件)において最高裁は、特許法67条の3第1項1号の要件として一定の判断基準を示していた(2011.04.28 「特許庁長官 v. 武田薬品」 最高裁平成21(行ヒ)326)。
「先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分がされていることを根拠として、当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないというべきである。」
この判決では、先行医薬品が特許権の請求項に係る特許発明の技術的範囲に属するかどうかが判断のポイントであった。この判決での事案は「属しない」ものであったのだが、反対に「属する」ような事案では、先行処分の存在を理由に特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるのでは・・・との議論が残されていた。
今回のアバスチン事件はまさに「属する」事案であった。今回の最高裁判決ではこの「属する」観点には全く触れることなく、知財高裁がこれまで用いてきたいわゆる「禁止解除テスト」を実質的に採用した。
従って、最高裁平成21(行ヒ)326で示されていた、先行医薬品が特許発明の技術的範囲に「属しない」との条件は、特許法67条の3第1項1号における必要条件ではなくむしろ十分条件ととらえればよいのかもしれない。まず、先行医薬品が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断し、①「属しない」場合は、後行処分を受けることが必要であったと認め(パシーフ事件最高裁判決(平成21(行ヒ)326)の判断手法)、②「属する」場合には、次に、後行処分が先行処分に包含されるかで判断し(本件最高裁の判断手法)、②-1「包含される」場合は、後行処分を受けることが必要であったとは認めず、②-2「包含されない」場合は、後行処分を受けることが必要であったと認める、というステップを踏んで判断されるということに整理していくことができれば、これまでの裁判所の判断にも整合するように思われる。
5. 延長された特許権の効力については、何も言及せず
大合議判決文の傍論には、権利の効力について一部記載されていたが、最高裁は、延長された特許権の効力がどうあるべきかについて何ら言及しなかった。今回の最高裁判決により、実質的には承認毎に延長登録が認められることになる。この流れが、延長された特許権の効力の細分化を招くことにならなければよいのだが・・・
6. 本事件の背景に関する記事
コメント
今回の最高裁判決でいう、
「『先行処分の対象となった医薬品の製造販売』が『出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売』をも包含すると認められるとき」
というのは、日本語として、一体、何を意味しているのか理解不能です。
厚労省が承認する医薬品は、具体的な構成が厳格に特定された「物品」ともいえるものであるところ、そのような二つの医薬品の「製造販売」が「包含」の関係にあるというような状況は、ほとんど想定できないのですが。
2014.05.30「帝人v.特許庁長官」知財高裁平成24年(行ケ)10399
の事件については、先行処分の対象となった医薬品は、「カウンター」が付いていない具体的な構造の「ノズル」を搭載した「一体型多回噴霧器」に係る、特定された構造を有する医薬品であるところ、そのような特定の構造を持った医薬品の「製造販売」が、具体的な「カウンター付きノズル」を搭載した、全く別の構造を有する「一体型多回噴霧器」に係る医薬品の「製造販売」を、「包含」するというようなことは、全くナンセンスだと思います。
延長登録の効力に関する裁判所の(おそらく初めての)判断が、出たようですね。
平成28年3月30日判決言渡 平成27年(ワ)第12412号特許権侵害差止請求事件