最高裁が知財高裁大合議判決を破棄、差戻し審理へ(プロダクト・バイ・プロセス・クレームの特許発明の技術的範囲は物同一説で判断、明確性要件に一定のハードル): 最高裁平成24年(受)1204
【背景】
「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」に関する特許(特許第3737801号)についての特許権侵害差止請求事件において、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における特許発明の技術的範囲の確定の在り方が争われた。
いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームプについて、原審(知財高裁大合議)は次のとおり判断して上告人(特許権者テバ)の請求を棄却すべきものとしたため、上告人は最高裁に上告した(参考: 2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043)。
(1) 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における当該発明の技術的範囲は,当該物をその構造又は特性により直接特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときでない限り,特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物に限定して確定されるべきである。
(2) 本件発明には上記(1)の事情が存在するとはいえないから,本件発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定して確定されるべきである。そして,被上告人製品の製造方法は,少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではないから,被上告人製品は,本件発明の技術的範囲に属しない。
【要旨】
主 文
原判決を破棄する。
本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。
裁判所は、原審の示した上記(1)の基準は是認することができず、そうすると、それを前提とした上記(2)の判断も是認することができない。その理由は次のとおりであるとした。
4(1) 願書に添付した特許請求の範囲の記載は,これに基づいて,特許発明の技術的範囲が定められ(特許法70条1項),かつ,同法29条等所定の特許の要件について審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和62年(行ツ)第3号)という役割を有しているものである。そして,特許は,物の発明,方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。
したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。4(2) ところで,特許法36条6項2号によれば,特許請求の範囲の記載は,「発明が明確であること」という要件に適合するものでなければならない。特許制度は,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照),同法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求しているのは,この目的を踏まえたものであると解することができる。この観点からみると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題がある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。
他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。そうすると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく,上記のような事情がある場合には,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても,第三者の利益を不当に害することがないというべきである。
以上によれば,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。5 以上と異なり,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,そのような特許請求の範囲の記載を一般的に許容しつつ,その特許発明の技術的範囲は,原則として,特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して確定されるべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本判決の示すところに従い,本件発明の技術的範囲を確定し,更に本件特許請求の範囲の記載が上記4(2)の事情が存在するものとして「発明が明確であること」という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
【コメント】
最高裁は、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合においては、下記のとおり解すると判示した。
- 特許発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定される。
- 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる。
この最高裁判断による大きな意義は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の確定のあり方を、いわゆる物同一説の立場を取って決着させた点である。同日付の最高裁判決(2015.06.05 「テバ v. 東理」 最高裁平成24年(受)2658)とあわせて発明の要旨認定の場面と特許発明の技術的範囲に属するか否かを審理する場面とで共通の統一した判断枠組みを採用したことになり、この点で米国の特許制度の運用とは異なることになった。これはこれで、今後の判断はそうなると腹をくくるしかない。プロダクト・バイ・プロセス・クレームを追求する場合には、念のため製法クレームも確保しておくのが現実的なやりかたではないだろうか。
大きな問題は、特許法36条6項2号の要件を満たすためには、出願人が一定の事情が存在すること(直接特定が不可能・非実際的であること)を主張立証しなければならないとした点であり、その判断基準は現時点で非常にあいまいであるという点である(2名の裁判官の補足意見参照)。この点は、今後の無効審判の理由として争われるケースが増えるのではないだろうか。判決の蓄積を待つことになるだろうが、特許庁でも、審査基準のなかで、より具体的な説明が盛り込まれることを期待したい。
同日最高裁判決:
- 2015.06.05 「テバ v. 東理」 最高裁平成24年(受)2658では発明の要旨の認定についても物同一説の立場を取るとの判決内容(原審: 2012.08.09 「テバ v. 東理」 知財高裁平成23年(ネ)10057)。
同特許過去判決:
- 2012.08.09 「テバ v. 東理」 知財高裁平成23年(ネ)10057
- 2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043
- 2012.01.27 「協和発酵キリン v. テバ」 知財高裁平成21年(行ケ)10284
プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する過去記事はこちら。
コメント
確かに、最高裁が示した「直接特定が不可能・非実際的であること」という明確性要件の判断基準は、曖昧で主張立証も困難という問題がありそうですね。
審査段階は今回の最高裁判決の射程外のようなので、審査基準が改訂される可能性は低いかもしれません。
ただ、現行の36条の審査基準でも、プロダクト・バイ・プロセス・クレームが不明確となる類型として、
(ii) 明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、生産物の特徴(構造や性質等)を理解できない結果、発明が不明確となる場合
を挙げていて、対応する「事例19(無洗米)」の説明をみても、請求項に記載された製造方法によって製造された物の特徴を理解できない場合には、明確性要件違反になるとされています。
そうすると、審査基準が改訂されなくても、現行の審査基準がきちんと運用されれば、不適切なプロダクト・バイ・プロセス・クレームの多くは排除されるのではないでしょうか。
コメントありがとうございました。
審査基準では、36条6項2号違反となる典型的な例についての説明のなかで、「請求項が製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む場合」を取り上げ(2.2.2.4(2))、①留意が必要な点として、その物の製造方法によって物自体を特定することができるのは、下記の場合としているだけで、下記の場合に該当するかどうかについて、これ以上の具体的な説明はありません。
“発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるとき”
審査官から、物として特定することは「不可能でない」、とか、「困難でない」とか、「何らかの意味で?不適切ではない」から、プロダクト・バイ・プロセス・クレームは認めないとの拒絶理由を受けてしまった場合、どのようなレベルで反論すればよいのでしょうか。主張立証責任は出願人に課されるとなると、これは実務的には非常に大きな負担になると思われます。この最高裁判決でクローズアップされたことによって、この点の審査がより厳格化され、プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして本来保護されるべき発明が拒絶されてしまうようなことだけはないように適正な審査が行われていくことを願っています。
ところで、ご指摘の「事例19」は、製造方法との関係で得られる物がどのような影響を受けているのか関係性が理解できないものについての判断事例であって、「直接特定が不可能・非実際的であること」についての基準を与える判断事例ではないと理解しています(このような類型は当然に排除されるものだと思いますが)。
コメントありがとうございました。
ご指摘のとおり、現行の審査基準には、「発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切」であるときは、プロダクト・バイ・プロセス・クレームとすることができる旨の記述がありますね。
しかし、そのような事情がないにもかかわらず、プロダクト・バイ・プロセス・クレームとした場合に、明確性要件を含めて、どのような記載要件の違反となるのかについては、特に説明は示されていません。
したがって、審査基準が改訂されない限り、物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、「不可能でない」とか、「困難でない」とか、「何らかの意味で不適切ではない」といった理由だけで、記載要件違反の拒絶理由を受けることは、通常はあり得ないのではないかと思います。
ただし、そのようなプロダクト・バイ・プロセス・クレームについても、「事例20(W細胞)」のようなケースとは異なり、請求項に記載された製造方法によって製造された物の特徴を理解できない場合(一見、対象物が明確なようでも、製造方法の限定によって、物自体の構造や性質について、さらに何が限定されているのか不明確な場合)には、「事例19(無洗米)」のようなケースと同様に、明確性要件違反が適切に指摘されるようになれば、大合議判決にいう「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」のようなクレームは排除できるのではないでしょうか。
もちろん、そのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの対象物が、公知物そのものやそれから容易に想到できるものである蓋然性が高い推定できれば、新規性・進歩性の拒絶理由も併せて指摘されることになると思います。
いつも拝見させていただいております!
【コメント】でおっしゃられているとおり、また、上のコメントでも
あるとおり、今回の判例の判断基準は非常にあいまいですね。
千葉補足意見は「必ずしも一義的でないため,実際上どのような場合がこれに当たるかは,結局,今後の裁判例の集積により方向性が明確にされていくことになろう。」と、なんだか他人ごとのように書かれています・・・
ただ、審査に関しては、同じく千葉補足意見は
「審査においても,出願人がこれを積極的かつ厳密に立証することは事柄の性質上限界があるので,これを厳格に要求することはできず,合理的な疑問がない限り,これを認める運用となる可能性が大きく,その意味では,さほど大きな懸念を抱かなくても済む可能性が大きい。」
と言っています。出願人が「不可能又はおよそ実際的でない」ことを証明するのは悪魔の証明になってしまうので、とりあえず主張すればOKってことになるんでしょうかね??
そうすると、【コメント】では「判決の蓄積を待つことになるだろうが、特許庁でも、審査基準のなかで、より具体的な説明が盛り込まれることを期待したい。」
とありますが、審査基準には、なんとも書きようがないかもしれませんね。
判断基準の裁判例の蓄積の主戦場?は、侵害訴訟の無効の抗弁or無効審判でということになっていくかもしれませんね。
コメントありがとうございました。とりあえず、特許庁での審査・審判における取り扱いの検討結果を待ちですね。