リサーチツール特許に関する争い: 知財高裁平成24年(ネ)10054
【背景】
「ヒト疾患に対するモデル動物」に関する特許権(第2664261号)を有していた原告(アンティキャンサー)が、被告(大鵬薬品)に対し、
①浜松医大勤務医師らが被告の委託を受けて新規抗がん剤(TSU68)の評価実験に使用した実験用モデル動物(本訴マウス)が、原告の特許発明の技術的範囲に属するものである
②被告が上記医師らに委託して上記動物評価実験を行わせたことが、同医師らを手足として用いた被告による特許権侵害行為又は同医師らの特許権侵害行為を幇助する共同不法行為に当たる
旨主張して、特許権侵害の不法行為又は共同不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。
請求項1(本件発明を構成要件に分説すると以下のとおり):
A ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって,
B 前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,
C 前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有する
D モデル動物。
【要旨】
主 文
本件控訴を棄却する。(他略)
裁判所の判断
裁判所は、控訴人による本訴の提起が前訴の蒸し返しであること、また、控訴人が本訴マウスについて均等侵害を主張することは訴訟上の信義則に反して違法である、とまで認めることはできないと判断した上で、下記のとおり、本訴マウスの構成要件充足性及び均等侵害の成否を判断した。
1.本訴マウスが構成要件Bを充足するかについて
構成要件Bは,「前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,」と規定されているところ,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」を直接定義する内容の記載は,特許請求の範囲はもとより本件明細書全体をみても存在しない。
そこで,裁判所は,「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」の意義を,本件明細書の個別の記載を総合的に考慮して解釈し,本訴マウスが有する腫瘍組織塊は,ヒトの器官から採取した腫瘍組織をヌードマウスの皮下で継代したものであって,ヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものではないから,本訴マウスは,構成要件Bを充足しないと判断した。
2.本訴マウスは本件発明と均等なものであるかについて
本訴マウスは,被告が製造販売認可申請試験中の新規抗がん剤TSU68の大腸癌転移に及ぼす阻害効果等の動物評価実験目的で作成された非ヒトモデル動物。
①乙14発明と乙27発明は,肝癌患者の肝臓から採取した肝腫瘍組織片をヌードマウスの皮下で継代移植して得られた腫瘍組織塊をヌードマウスに同所移植することによってモデル動物を作成するという同一の技術分野に属するものであり,その技術分野において,本件出願の優先権主張日当時,転移過程を再現できるヒトモデル動物を作製することは共通の技術課題とされていたこと,②その技術課題に直接関するヌードマウスに肺転移が認められたとする部分について,乙14は乙27を参照文献として引用していることに照らすならば,乙14及び乙27に接した当業者であれば,乙14発明に乙27に記載された知見を適用して本訴マウスの構成とすることは,容易であるものと認められる。
以上のとおりであるから,裁判所は,本訴マウスが本件出願の優先権主張日当時における公知技術から容易に推考できたものであり,均等の第4要件を満たさず,本訴マウスについて均等侵害は成立しない,と判断した。
【コメント】
大鵬薬品は、本件特許無効審判を請求した(無効2012-800093)が、特許庁は請求不成立の審決を下したため、審決取消訴訟を2013年11月12日に提起していた(平25行ケ10311)。
しかし、非侵害の知財高裁の判決が出されたため、大鵬薬品にとっては一件落着といえるだろう。
参考:
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