発明が未完成かどうか: 知財高裁平成24年(行ケ)10037
【背景】
原告が保有する「ペット寄生虫の治療・予防用組成物」に関する特許(第3765891号)を無効とした審決の取消訴訟。争点は、訂正後の請求項1ないし34に係る発明の特許法29条1項柱書該当性の有無及び実施可能要件違反の有無。
請求項1(訂正発明1):
(下線を付した部分は本件の争点となる構成要件の部分であり「構成要件1F(2)」と称する。)
下記の(a)~(d)から成り,
式(I)の化合物は1~20%(w/v)の割合で存在し,
結晶化阻害剤は1~20%(w/v)の割合で存在し且つ(c)で定義した溶媒中に式(I)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数が10個以下あり,
有機溶媒(c)は組成物全体を100%にする比率で加えられ,
有機共溶媒(d)は(d)/(c)の重量比(w/w)が1/15~1/2となる割合で存在し,有機共溶媒(d)は水および/または溶媒 c)と混和性がある,
動物の身体の一部へ局所塗布することによって動物の全身へ拡散する,直ちに使用可能な溶液の形をした,寄生虫からペットを治療または予防するための組成物:
(以下(a)、(b)、(c)及び(d)は省略)
【要旨】
主 文
特許庁が無効2010-800061号事件について平成23年9月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
裁判所の判断(抜粋)
1 取消事由1(特許法29条1項柱書該当性の判断の誤り)について
訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲に記載がなくても,当業者は構成要件1F(2)の結晶化阻害試験の目的,技術的性格に従って,①ガラススライドの大きさ,②温度・湿度の調節及びこれに伴う空気の流れの制御方法,③相対湿度を適宜選択することができ,試験条件いかんで試験結果が一定しないわけではないから,訂正発明1ないし34が未完成の発明であるとはいえない。したがって,甲第5,第6号証の試験結果を根拠に,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験の試験結果が一定しないなどとして,訂正発明1ないし34が未完成の発明であり,特許法29条1項柱書の「産業上利用することができる発明」に当たらないとした審決の認定・判断には誤りがあり,原告主張の取消事由1は理由がある。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
前記1で認定したとおり,当業者は,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載や特許請求の範囲の記載及び技術常識に基づいて,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験を実施し,殺虫活性物質(a),結晶化阻害剤(b),有機溶媒(c)から成る溶液Aのうちから上記構成要件を充足するものを選別することができるから,訂正発明1ないし34に係る訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が発明を実施可能な程度に明確かつ十分なものである。したがって,これに反する審決の認定・判断には誤りがあり,原告主張の取消事由2は理由がある。
【コメント】
特許庁審決では、構成要件1F(2)に記載された試験方法では、異なる結果が得られる場合があるから、訂正発明1はその技術内容がその目的とする技術的効果を得ることができないものであり、発明としては未完成のものであると判断した。
しかし、裁判所は、結局、当業者が、明細書の記載や技術常識に基づいて、構成要件1F(2)に記載された試験の目的や技術的性格に従って試験条件を適宜選択すれば、一定の試験結果が得られないとはいえない、と判断した。
発明が完成しているかどうか、実施可能要件を満たすかどうかの判断において、特許庁のロジックは、異なる結果が得られる場合があるかどうかという観点のみであるのに対して、裁判所のロジックは、適宜選択すれば一定の結果が得られるかどうかという観点も加味しており、このロジックの違いが結論に大きく影響した。
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