塩酸タムスロシン関連発明の職務発明対価請求事件: 知財高裁平成24年(ネ)10052
(原審: 2012.04.27 「A1 v. アステラス」 東京地裁平成21年(ワ)34203)
【背景】
アステラス(第1審被告)の元従業員である第1審原告(X)が、第1審被告に対し、ハルナールの有効成分である塩酸タムスロシンに関する物質発明(日本物質特許1443699号)及び塩酸タムスロシンの製法に関する発明(日本製法特許1553822号)の上記職務発明に係る特許を受ける権利を第1審被告に承継させたことによる相当の対価の一部請求として10億円等の支払いを求めた事案。
原判決は、第1審原告の上記請求について、相当対価額1億6538万円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却したことから、第1審原告及び第1審被告は、それぞれ原判決を不服として控訴した。
【要旨】
主 文
1 第1審被告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 第1審被告は,第1審原告に対し,4478万1600円及び内金2566万1600円に対する平成21年4月1日から,内金1912万円に対する平成23年4月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 第1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 第1審原告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審を通じてこれを20分し,その1を第1審被告の負担とし,その余を第1審原告の負担とする。
4 この判決の主文1項 は,仮に執行することができる。
裁判所は、争点5(消滅時効)の時効利益の放棄について下記のとおり判断した。
ア 時効利益の放棄の対象となる特許について
このように,第1審被告は,本件支払に当たり,上記相当対価請求権の時効の完成を知っていたものであるが,本件支払の対象となった各特許(米国物質特許,欧州物質特許及び日本製法特許)については,これに基づく支払額について当事者間に争いがあったにもかかわらず,被告現行規程に基づき,実施による利益の有無等の検討を行った上で,実施時補償としての本件支払を行ったことが認められるから,本件支払により,当該各特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権について時効利益を放棄したものと認めるのが相当である。
他方,本件支払の対象となったのは,上記のとおり,米国物質特許,欧州物質特許及び日本製法特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権に限られるから,第1審被告による時効利益の放棄の対象も,当該相当対価請求権に限られ,その余の相当対価請求権は,いずれも時効利益が放棄されていないから,第1審被告による本件援用により,確定的に消滅したものと認められる。
イ 日本製法特許について
(ア)前記のとおり,本件支払により時効利益の放棄の対象となった相当対価請求権は,米国物質特許,欧州物質特許及び日本製法特許を受ける権利の承継に基づくものであるが,証拠(乙125,151~166)によれば,日本製法特許が我が国におけるハルナールの製造には使用されていなかったものと認められるから,日本製法特許については,それによる超過売上高等を観念することができない。
したがって,日本製法特許に関する相当対価請求権の額は,零である。
(イ)この点について,第1審原告は,日本製法特許の不使用に関する第1審被告の主張は,第1審被告の従前の行動及び訴訟活動と矛盾し,禁反言の原則に反するばかりか,第1審被告による上記主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たると主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,日本製法特許は,ハルナールの製造には使用されていなかったから,その旨の主張がされたのが控訴審においてであったからといって,その一事により禁反言の原則に反するということはできない。また,前掲証拠によれば,日本製法特許が我が国におけるハルナールの製造には使用されていなかったことは明らかであって,第1審被告の上記主張により訴訟の完結を遅延させることとなるものであるとは認められないから,当該主張を時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下することは相当でない。
( ウ)第1審原告は,日本製法特許には防衛特許としての価値が認められると主張する。
しかしながら,日本製法特許が防衛特許として価値を有していたか否かに関する第1審原告の上記主張は,抽象的な可能性を主張するにとどまり,日本製法特許の 相当対価の額を明らかにするものとはいえないし,前記認定の大量合成法の確立に係る経緯に照らすと,日本製法特許がいわゆる防衛特許としてみるべき価値を有していたとは認め難い。
よって,第1審原告の上記主張は,採用できない。ウ 時効利益の放棄の対象となる時期等について
以上のとおり,日本製法特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権の額は,零であるから,以下においては,本件支払により時効利益の放棄の対象となった相当対価請求権のうち,米国物質特許及び欧州物質特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権について検討する。
ところで,第1審被告は,前記認定のとおり,本件支払に当たって,被告現行規程について説明を加えた上で,実施時補償として支払の対象となる利益の時期を平成17年4月1日以降に限定するとともに,それより前の利益に基づく実施時補償が山之内製薬の旧規程によっては支払対象とならないこと,すなわち当該実施時補償のうち同日以降の利益に基づく部分については支払義務を認める一方,それより前の部分については第1審被告に支払義務がないとの意思をいずれも第1審原告に対して明確に伝えているから,第1審被告による上記時効利益の放棄という意思表示は,米国物質特許及び欧州物質特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権のうち当該各特許による同日以降の利益に基づく部分のみを対象としてされたものと解するのが相当であって,第1審被告は,本件支払により,当該相当対価請求権の同年3月31日以前の利益に基づく部分についてまで時効利益を放棄したものとはいえない。
したがって,第1審被告は,米国物質特許及び欧州物質特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権の平成17年4月1日以降の利益に基づく部分については,本件支払により時効利益を放棄しているから,当該部分について後に本件援用をしたからといって,その支払を拒むことはできない一方,同年3月31日以前の利益に基づく部分について,本件支払後に時効を援用することについて何ら妨げがなく, 当該部分は,いずれも本件援用により確定的に消滅したものというべきである。
カ 小括
以上によれば,第1審被告は,本件支払により,米国物質特許及び欧州物質特許等を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権のうち当該各特許による平成17年4月1日以降の利益に基づく部分について時効利益を放棄した一方,本件発明に係るその余の特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権については,消滅時効の完成後に本件援用を行っており,これについて信義則に反するとみるべき余地もないから,いずれも本件援用により確定的に消滅したものというべきである。
したがって,第1審原告の相当対価請求権は,米国物質特許及び欧州物質特許を受ける権利の承継に基づく相当対価請求権のうち当該各特許による平成17年4月1日以降の利益に基づく部分についてのみ消滅時効の効力が及ばないものというべ きであり,以下においては,専ら当該部分の算定について検討することとする。
裁判所の結論は下記のとおり。
以上の次第であって,第1審原告の請求は,未払相当対価額4478万1600円及び内金2566万1600円に対する平成21年4月1日から,内金1912万円に対する平成23年4月2日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却すべきところ,これと異なり,上記限度を超えて第1審原告の請求を認容した原判決は,失当であって,第1審被告の控訴には一部理由があるから原判決を上記のとおり変更するとともに,第1審原告の控訴には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
【コメント】
・日本製法特許は実はハルナールの製造には使用されていなかったことが判明し、日本製法特許に関する相当対価請求権の額はゼロと判断され、また、当該相当対価請求権の平成17年3月31日以前の利益に基づく部分についてまで時効利益を放棄したものとはいえないと判断されたことによって、相当対価額は第1審に比べ大幅に減額された。
・米国における小児適用による特許の6か月の延長期間も算入すべきとの原告主張は、知財高裁でも認められなかった。
・発明者側の貢献度は、原審と同じく1%と認定された(争点3)。
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