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2012.09.27 「武田薬品 v. 沢井製薬」 大阪地裁平成23年(ワ)7576, 7578

組み合わせてなる医薬に関する特許権の効力: 大阪地裁平成23年(ワ)7576, 7578

【背景】

「ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる医薬」に関する特許権(特許第3148973号)及び「ピオグリタゾンとビグアナイド剤とを組み合わせてなる医薬」に関する特許権(特許第3973280号)を有する原告(武田薬品)が、被告(沢井製薬などの後発品メーカー)に対し、原告製品であるアクトスの後発品の販売差止め等を求めた事件。

アクトスの添付文書には、上記薬剤と組み合わせて使用する場合に関して【効能・効果】欄及び【用法用量】欄に記載があり、被告後発品の添付文書にも同様に記載があった。

本事件での注目すべき争点は、原告の「組み合わせてなる医薬」に関する特許権の効力が、組み合わせて処方されることが想定される被告製品(アクトスの後発品)の製造・販売にまで及ぶかどうかである。

なお、先週、東京地裁でも本判決と同様の結論に到る判決が出されている(2013.02.28 「武田薬品 v. 後発品メーカー」 東京地裁平成23年(ワ)19435, 19436)。

【要旨】

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

裁判所は、

「被告ら各製品は,本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから,被告らの行為について本件各特許権に対する法101条2号の間接侵害が成立することはない。同様の理由により,被告らの行為について本件各特許権に対する直接侵害が成立することもない。また,本件各特許発明は,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものである。」

と判断した。

間接侵害・直接侵害の成否についての判断を以下に抜粋。特許無効の判断は省略。

1.争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について

裁判所は、

「法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれない。

被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。

したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。」

と判断した。

(1) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か

原告は、

「本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。

前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。

複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。

また,法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定しているところ,医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」には当たらない。医師が薬剤を選択し,処方する行為も医療行為(医師法22条)であるから,これ自体を特許の対象とすることはできないものと解される。

法69条3項は,「二以上の医薬(人の病気の診断,治療,処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は,医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には,及ばない。」旨規定するが,これも同様の趣旨に基づく規定であると解される。

このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。

したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」

と判断した。

(2) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か

原告は、

「薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たる」

とも主張した。

しかし、裁判所は、

「薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。

すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。

そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。

これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」

と判断した。

(3) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か

原告は、

「患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されているとはいえない。

そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。

これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」

と判断した。

(4) 本件各明細書の【発明の詳細な説明】の記載について

裁判所は、

「本件各明細書~の記載によれば,本件各特許の対象である「組み合わせてなる」「医薬」の生産には,① 各有効成分を別々に又は同時に,生理学的に許容されうる担体,賦形剤,結合剤などと混合し,医薬組成物とすること(医薬組成物類型),② 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを使用時に希釈剤などを用いて混合すること(混合類型)だけでなく,③ 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを同一対象に投与するために併せまとめること(併せとりまとめ類型)も含まれるものとも解され,原告はこれを根拠に,③の類型も本件各特許発明の技術的範囲に含まれると主張する。

しかしながら,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した【特許請求の範囲】の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項),願書に添付した明細書の記載及び図面,とりわけ【発明の詳細な説明】の記載を斟酌することにより,【特許請求の範囲】に記載されていないものについて特許発明の技術的範囲に含めるような拡大解釈をすることは許されない。

前記イで検討したところによれば,本件各特許発明における【特許請求の範囲】に記載された技術的範囲に上記①及び②は含まれるものの,上記③は含まれないと考える。

したがって,上記③についても,本件各特許発明の技術的範囲に含まれるとする原告の主張は採用することができない。」

と判断した。

(5) 顕著な効果について

原告は、

「本件各特許発明について,複数の医薬を併用することにより顕著な効果を奏することを見出した点に特徴があり,このような発明についても保護を図る必要が極めて高い」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「仮に,そうした保護の必要性があることを前提としたとしても,そのことから複数の医薬を併用することについて「組み合わせてなる」「医薬」に関する発明の技術的範囲に含まれるものであるという解釈とは結びつかないのであって,上記原告の主張は失当である。」

と判断した。

2.争点2(被告らの行為について,本件各特許権に対する直接侵害が成立するか)について

原告は、

「被告らが,医師,薬剤師又は患者の行為を支配し,本件各特許発明における「物の生産」をしている」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「上記主張は,被告ら各製品が,本件各特許発明における「物の生産に用いるもの」に当たることを前提とするものであるが,前記1のとおり,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはない。

原告の主張は前提となる事実を欠いているから,採用することができない。

そもそも,製薬会社が,診療に当たる医師を道具として利用し,支配しているなどといえないことは,多言を要しない。」

と判断した。

また、原告は、

「被告らが被告ら各製品の添付文書の記載等により医師に対する積極的教唆をしている」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「そもそも,特許権に対する直接侵害が成立するのは特許発明の「実施」に限られ,教唆者が「実施」の主体であると評価される場合は別論として,教唆行為それ自体が直接侵害に当たると解する余地はない。」

と判断した。

【コメント】

特許無効の判断は、下記判決と同様のものであり、それだけの判断で決着つく内容だった。

しかし、裁判所は、さらに侵害の成否についても突っ込んで判断したため、本判決は「組み合わせてなる医薬」に関する特許権の効力がどこまで及ぶかという問題について非常に意義のあるものとなった。

裁判所は、「複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ない」、「本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。」と言及している。

医薬発明の審査基準では、「物」の発明として、いわゆる「組み合わせてなる医薬」を例示している。この審査基準が作成された経緯は、本件のような併用療法に特徴のある発明をどのように保護するかが議論され、方法的発明でありながら「物」の発明として保護するという取り扱いとすることとなった。しかし、今、この判決により、その取り扱いは再度検討される時期が来ているのではなかろうか。

参考:

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