リサーチツール特許に関する争い: 東京地裁平成21年(ワ)31535
【背景】
「ヒト疾患に対するモデル動物」に関する特許権(第2664261号)を有していた原告(アンティキャンサー)が、被告(大鵬薬品)に対し、①浜松医大勤務医師らが被告の委託を受けて新規抗がん剤(TSU68)の評価実験に使用した実験用モデル動物(本訴マウス)が、原告の特許発明の技術的範囲に属するものである、②被告が上記医師らに委託して上記動物評価実験を行わせたことが、同医師らを手足として用いた被告による特許権侵害行為又は同医師らの特許権侵害行為を幇助する共同不法行為に当たる旨主張して、特許権侵害の不法行為又は共同不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。
原告は、別件訴訟(前訴)において、平成11年に、被告、武田薬品及び日本新薬の委託を受けて国が浜松医大において行った実験で使用した「メタマウス(前訴マウス)」は、本件発明の技術的範囲に属するものであるから、国及び被告に対し、前訴マウスの使用の差止め等を求める訴訟を提起した。しかし、控訴審(東京高裁平成14年(ネ)675)で、前訴マウスは構成要件Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」を充足しないと判断され、原告控訴は棄却され、上告棄却(不受理)、判決は確定していた。
主な争点:
(1) 本件訴えの提起が、前訴の蒸し返しであって、訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するか、その結果、本件訴えは、不適法といえるか(争点1)。
(2) 本訴マウスが本件発明の技術的範囲に属するか(争点2)。
(3) 原告による本件発明に係る本件特許権の行使が特許法104条の3第1項により制限されるか(争点3)。
請求項1(本件発明を構成要件に分説すると以下のとおり):
A ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって,
B 前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,
C 前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有する
D モデル動物。
【要旨】
主文
1 原告の請求を棄却する。(他略)
裁判所は、下記のとおり、本訴マウスが本件発明の技術範囲に属するとの原告の主張は理由がないと判断した。
「前訴と本訴は,訴訟物を異にし,差止め又は損害賠償の対象とされた被告の侵害行為等が異なり,しかも,本訴は前訴と異なる争点をも含むものであるから,原告による本訴の提起が,前訴の蒸し返しであって,訴権の濫用に当たり,違法であるとまで認めることはできない。
しかし,本訴において,前訴における争点と同一の争点である構成要件Bの解釈について前訴と同様の主張をすること及び前訴で主張することができた均等侵害の主張をする点においては,前訴の蒸し返しであり,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。
~以上によれば,本件発明の構成要件Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」については,前訴の各判決が認定判断したとおり,ヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものをいい,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊を含まないと解すべきである。
しかるところ,本訴マウスが有する腫瘍組織塊は,ヌードマウスでの皮下継代を経たものであって,ヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものではないから,本訴マウスは,構成要件Bを充足しない。
また,原告の均等侵害の主張は,訴訟上の信義則に反し,審理の対象とすべきでないことは,上記のとおりである。」
裁判所は、念のため、原告が主張する均等侵害の成否について判断したが、均等論の第4要件を満たさないとして原告の均等侵害の主張を認めなかった。
さらに裁判所は、念のため、争点3についても判断しており、仮に原告が主張するように本訴マウスが本件発明の技術範囲に属するとした場合であっても、本件特許には被告主張の無効理由(サポート要件違反及び進歩性欠如)があり、特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから、特104条の3第1項の規定により、本件発明に係る本件特許権を行使することはできないと言及した。
【コメント】
大鵬薬品から委託を受けて浜松医大勤務医師らが試験していたのは新規抗がん剤TSU68(Orantinib)。
2012年6月末時点での「大塚グループ 開発品目一覧表」によれば、PIIIの開発段階にある。
リーサーチツール特許についての問題に関しての参考:
- 2007.03.01 総合科学技術会議 ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針
- 2006.01.16 製薬協 リサーチツール特許のライセンスに関するガイドライン(提言)
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