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2012.01.16 「ソルヴェイ v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10053

不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームなのでは?: 知財高裁平成23年(行ケ)10053

【背景】

「極性末端基が存在しないフルオロエラストマーとその製法」に関する出願(特願平8-101527号; 特開平08-301940)の拒絶審決(不服2007-21772号)取消訴訟。

争点は新規性の有無。

本願発明(請求項1):

「フッ化ビニリデン(VDF)および/またはテトラフルオロエチレン(TFE)と少なくとも他のエチレン性不飽和フッ化モノマーからなる,
末端基が-CH3と-CF2Hを含み,
かつカルボキシレート-COO-基(~略~)から選択される極性末端基の量が0であるかまたは,末端基の全量に対して3モル%より少ない,
(~略~)
対応する原料モノマー類を水性エマルション中,紫外-可視線(UV-VIS)照射と(~略~)有機過酸化物との存在下で(~略~)共重合させることにより得られる,
フルオロエラストマー。」

審決理由の要点:

本願発明は,本件優先日以前に頒布された下記刊行物1(特開平2-124910号公報)に記載された発明と実質的に同一であるから、新規性(特許法29条1項3号)を欠く。

  • 一致点:
    フッ化ビニリデン及び/又はテトラフルオロエチレンと少なくとも他のエチレン性不飽和フッ化モノマーを有し、それらの組成割合においても重複するフルオロエラストマーである点
  • 相違点1:
    本願発明においては、フルオロエラストマーの末端基について
    「末端基が-CH3と-CF2Hを含み,かつカルボキシレート-COO-基(~略~)から選択される極性末端基の量が0であるかまたは,末端基の全量に対して3モル%より少ない」と特定しているのに対し、
    刊行物1発明においてはそのような規定がない点
  • 相違点2
    本願発明においては、フルオロエラストマーは
    「対応する原料モノマー類を水性エマルション中,紫外-可視線(UV-VIS)照射と,(~略~)有機過酸化物との存在下で,(~略~)共重合させることにより得られる」ものであるのに対し、
    刊行物1発明においては、ジアルキルパーオキシジカーボネートを用いてフルオロエラストマーを製造することは規定されているが、その際に紫外-可視線照射することは特に規定されていない点

【要旨】

1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について

「原告は,本願発明のフルオロエラストマーは刊行物1発明におけるような従来の懸濁重合法とは異なる特定の方法で初めて得られるものであって,重合方法の相違も本願発明と刊行物1発明の相違点となるべきである等と主張する。
確かに,本願発明の特許請求の範囲には,水性エマルション(エマルジョン)中で重合する旨が記載されているが,~VDF系フッ素樹脂をラジカル重合の方法で製造する場合においては,~乳化重合法~も,~懸濁重合法~も,ともに当業者が採用する周知の方法であるということができ~,~重合開始剤の分解に基づいて目的となるラジカル重合反応を生じさせる点には変わりがなく,ポリマーの生成過程も同一の過程が想定され,乳化重合方法と懸濁重合法のいずれを採用するかによって異なる化学構造のポリマーが生成することは想定されていない。一般的には,両重合方法は得ようとするポリマーの分子量,反応のさせやすさ,反応時の安全性や生成するポリマーの純度等を勘案して適宜選択されるものにすぎないものである。そして,後記2のとおり,~刊行物1発明のフルオロエラストマーと本願発明のフルオロエラストマーとでその化学構造に違いがあるとはいえないから,両者の重合方法の相違が本願発明と刊行物1発明の相違点になるものではない。したがって,本願発明と刊行物1発明の相違点の認定に誤りはない。」

2 取消事由2(新規性判断の誤り)について

「刊行物1発明のフルオロエラストマーは,アルキルカーボネート基(ROCOO-)を極性のある末端基とするものが想定されており,少なくとも刊行物1ではカルボキシレート基(-COO-),~のいずれをもその極性のある末端基に含まないフルオロエラストマーの構成が開示されているということができる。
したがって,相違点1は実質的なものではなく,この旨をいう審決の判断に誤りはない。~審決が説示するとおり,本願発明における紫外-可視線(UV-VIS)照射は,ラジカルを発生させ,反応速度をコントロールするためになされるもので,生成するフルオロエラストマーの化学構造に差異を生じさせるものではない。したがって,前記(1),(2)の判断にも照らし,また,前記1の判断のとおり,重合方法の相違すなわち乳化重合か(本願発明),懸濁重合か(刊行物1発明)は当業者において適宜選択される程度の差異にすぎず,この差異によってフルオロエラストマーの化学構造に差異が生じるものではなく,また相違点2も実質的なものではないから,この旨をいう審決の判断に誤りはない。~結局,相違点1,2は実質的なものではなく,本願発明の少なくとも一部の構成は刊行物1発明と実質的に同一である。したがって,本願発明は新規性を欠くとした審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由2は理由がない。」

請求棄却。

【コメント】

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する判断について

本判決では、引用発明と本願発明とでその物の構成(化学構造)に違いがあるとはいえないから、特許請求の範囲に記載された製造方法に関する限定を引用発明との相違点になるものではないと判断した。

すなわち、本願発明を、特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して認定することなく、引用発明との「物」の同一性のみで新規性を判断した。

しかしながら、本判決の11日後に出されたプロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する知財高裁大合議判決(2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043; 大合議裁判官の一人が本判決の裁判長裁判官である)によれば、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定は下記のように扱うことが判示された。

「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されているプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については、特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により、①発明の対象となる物の構成を、製造方法によることなく、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは、その発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、②上記①のような事情が存在するといえないときは、その発明の要旨は、記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記②の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。

上記の観点から本件を検討すると、本件発明には、判決文を見る限り、上記①にいう不可能又は困難であるとの事情の存在は認められないようであるから、発明の要旨の認定は、特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)として、その手続を進めるべきものと解される。

大合議判決が示した手順に従うならば、本件発明を、特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として認定し、判決文中にあるように、

「VDF系フッ素樹脂をラジカル重合の方法で製造する場合においては,~乳化重合法~も,~懸濁重合法~も,ともに当業者が採用する周知の方法であるということができ~,~重合開始剤の分解に基づいて目的となるラジカル重合反応を生じさせる点には変わりがなく,ポリマーの生成過程も同一の過程が想定され,乳化重合方法と懸濁重合法のいずれを採用するかによって異なる化学構造のポリマーが生成することは想定されていない。一般的には,両重合方法は得ようとするポリマーの分子量,反応のさせやすさ,反応時の安全性や生成するポリマーの純度等を勘案して適宜選択されるものにすぎないものである。」

との理由から、引用発明に基づいて、本件発明に記載されている製造方法に関する構成に至ることは、当業者が容易になし得たといえ、進歩性を欠く、という結論へと導く方が適切だったのではないだろうか。

欧米では、本件で引用例とされた刊行物1(特開平2-124910号公報)は審査で引用されなかったようであり、製造方法の限定を持たない「物」のクレームのまま成立している。

  • US5,852,149
  • EP0739911B1

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