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2011.12.26 「イプセン v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10367

hPTHrPアナログの発明: 知財高裁平成22年(行ケ)10367

【背景】

「副甲状腺ホルモンの類似体」に関する出願(特願平9-505897; WO97/02834; 特表平11-509201)の拒絶審決(不服2007-31134)取消訴訟。審決は下記のとおり進歩性欠如及び実施可能要件違反を理由に拒絶審決とした。

請求項1:
式:[Glu22, 25, Leu23, 28, 31, Aib29, Lys26, 30]hPTHrP(1-34)NH2のペプチド

審決の理由の要旨は下記のとおり。

引用発明:
hPTHrP(1-34)NH2の5位をIleに,19位をGluに,21位をValに置換したペプチド

一致点:
構成アミノ酸の数個を置換した,hPTHrP(1-34)NH2のペプチド

相違点:
本件発明では,22及び25位をGluに,23,28及び31位をLeuに,29位をAibに,26及び30位をLysに置換したものであるのに対し,引用発明では,5位をIleに,19位をGluに,21位をValに置換したものである点

ヒト副甲状腺ホルモン関連タンパク質(PTHrP)の改変体を製造しようとすること,その際,ヒト副甲状腺ホルモン(PTH)とPTHrPとでアミノ酸残基の異なる部位に着目することは,引用文献に接した当業者であれば,容易に想到し得たことであり,hPTHrP(1-34)NH2の改変体において,PTHとPTHrPとで共通するアミノ酸が占める部位以外の部位である,22,23,25,26,28,29,30及び31位のアミノ酸を置換しようとすることは,当業者が容易になし得た。本件明細書には,本件ペプチドのPTHレセプターへの結合及びアデニル酸シクラーゼ活性の刺激に対する効果が記載されておらず,本件発明が格別の効果を奏するとはいえない。したがって,本件発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。

本件明細書の発明の詳細な説明には,本件ペプチドが奏する効果についての具体的な記載はなく,所定の効果を示すことについて,具体的な技術的説明も記載されておらず,本件発明について当業者が実施することができるように明確かつ十分に記載されていないから,36条4項に規定する要件を満たしていない。

【要旨】

裁判所は、

「本件ペプチドは,当業者が,容易に製造,作製することができるものであって,また,本件当初明細書には,本件発明につき当業者が予測することができない効果が記載されているとは認められないことから,当業者は,引用発明を基礎として,何らの困難を伴うことなく,本件発明に至ることができる」

と判断した。まずはじめに以下のとおり言及した。

「発明が,特許法29条2項に違反しないと判断されるためには,その前提として,常に,当該発明の効果が,当初明細書の「特許請求の範囲」又は「発明の詳細な説明」に記載又は示唆されていることが求められるものではない。しかし,先願主義の下,発明を公開した代償として,発明の実施についての独占権を付与することによって,発明に対するインセンティブを高め,産業の発展を促進することを目的とする特許制度の趣旨に照らすならば,当該発明による格別の効果が,当初明細書に記載又は示唆されているか否かは,発明の容易想到性の判断を左右するに当たって,重要な判断要素になることはいうまでもない。

特に,本件のような,アミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,①特定のアミノ酸配列が,ペプチドにおける既知のアミノ酸配列を変化させて,ペプチドの物性を改良することは,全ての当業者が試みるものと解されること,②アミノ酸の数が少ないペプチドについて,当該発明の効果を切り離して,単に製造をするだけであれば,さほど技術的な困難を伴わないと解されること等の諸事情を勘案すると,容易想到性の有無を判断するに当たり,当該発明の効果は,重要な技術的意味を有する考慮要素とされるべきである。

もっとも,当該発明の効果は,常に,当初明細書に記載されていることを要するものではなく,当初明細書に記載されなかった効果について,追加記載ないし事実
主張や立証の補充が,全て排斥されるとまではいえない。しかし,前記特許制度の趣旨に照らすならば,本件のようなアミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,当初明細書に記載されなかった効果についての追加記載及び事実主張や立証の補充が許容される場合は,限定される場合が多いものと解するのが相当である。」

裁判所は、以上の点を踏まえて、まず本件ペプチドの相違点に係る構成に至ることの容易想到性について以下のとおり判断した。

「(中略)以上によると,①レセプターへの結合に優れたPTH及びPTHrPの改変体を製造するに当たり,本件23か所のみならず,任意の部位における,任意の個数のアミノ酸残基を置換することが,実際に試みられており,本願優先日当時,当業者において,ヒトPTHrP(1-34)NH2の改変体を製造するに当たり,1ないし34位の全てについて,任意の個数のアミノ酸残基を置換することが可能であることが技術常識であり,②本願優先日当時,置換に当たって選択されるアミノ酸は,天然アミノ酸に限られず,非天然アミノ酸も含まれること等が技術常識であった。
そうすると,改変体の有する効果を考慮に入れることなく,単に,引用発明ペプチドの1ないし34位の任意の部位を天然又は非天然アミノ酸に置換して,ヒトP
THrP(1-34)NH2の改変体を得ることには,格別の困難はない。したがって,このようなヒトPTHrP(1-34)NH2の改変体の一つである本件ペプチドの構成に至ることは,当業者において,容易になし得たといえる。」

さらに、裁判所は、本件発明の効果の観点から容易想到性の有無についてさらに以下のとおり検討した。

「(中略)本件当初明細書の表1(別紙2)にはPTH改変体のうち30個のペプチドについての試験結果が記載されているだけで,PTHrP改変体の試験結果は記載されていないところ,上記表1に記載されているPTH改変体には,本件ペプチドと置換する部位及び置換するアミノ酸が同一の改変体は含まれていない。

(中略)また,前記のとおり,PTH又はPTHrPの改変体については,様々な部位で様々なアミノ酸残基への置換が行われていたが,置換する部位や置換に使用するアミノ酸によって,その改変体が示す活性に差異が生じており,その効果を予測することは困難であったこと,特に,本件ペプチドではヒトPTHrP(1-34)NH2のうち8か所においてアミノ酸残基の置換が行われており,その効果を予測することは極めて困難であったことからすると,PTHrP改変体をPTH改変体と同じように使用することができると考えられるとしても,本件当初明細書における上記記載内容のみでは,当業者において,本件当初明細書に本件ペプチドの効果について実質的に開示がされていたとはいえず,また,本件当初明細書に当時の技術常識から当業者が本件発明の効果を認識できる程度の記載があったとも認められない。」

原告は、

「本件ペプチドの効果の認定に当たっては,本件データも勘案されるべきである」

と主張した。しかし、裁判所は、

「本件発明については,本件当初明細書にその効果が示されておらず,また,本件当初明細書に当業者がその効果を認識できる程度の記載があるとは認められないことからすると,出願後になされた試験結果を勘案することはできないというべきである。」

と判断した。

請求棄却。

【コメント】

本件のような、既知のペプチドの構成アミノ酸を別のアミノ酸に置換させたペプチド改変体に係る発明については、

  • ①ペプチドにおける既知のアミノ酸配列を変化させて,ペプチドの物性を改良することは,全ての当業者が試みるものであり,かつ,
  • ②アミノ酸の数が少ないペプチドについて,当該発明の効果を切り離して,単に製造をするだけであれば,さほど技術的な困難を伴わないと解されること

ということであれば、当該ペプチド改変体は当業者において引用発明に基づいて容易にその構成に至ることができたものと判断される可能性が高い。

従って、当該ペプチド改変体には予測できない効果があることをしっかりと主張できるかどうかが、容易想到性の有無を判断するに当たり重要になってくる。

欧米を見ると、いずれでも特許成立している。

  • US5,969,095
  • EP0847278(B1)(claim 22)

日本については本願から分割出願され、それぞれ下記のような状況である。

  • 特願2003-008027; 特開2003-238595; 登録4008825
  • 特願2007-174291; 特開2007-302682; 査定不服審判2008-014375; 出訴事件番号(平22行ケ10355) 出訴日(平22.11.17)

参考:

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