副作用の懸念と阻害要因: 知財高裁平成20年(行ケ)10377
【背景】
「フィト-エストロゲン、類似体の健康補助剤製造のための使用方法」に関する出願の拒絶審決取消訴訟。
審決は、「本願発明は文献A8〔甲4〕に記載された発明(引用発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断した。
請求項1:
ゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA,ホルモノネチン及びこれらのグリコシドからなる群から選択される2種又はそれ以上の天然に存在するフィト-エストロゲンの健康補助量からなる,月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療のために使用される健康補助剤。
【要旨】
裁判所は、
「当業者が,文献A8〔甲4〕に記載された製造方法により得られるイソフラボン化合物を,更年期障害,すなわち本願発明にいう閉経期症候の予防,治療に適用することに格別の創意を要するものとはいえない。」
と判断した。
原告は、
「体内に存在するエストロゲンとは構造が異なり,体外に存在する化合物を予防ないし治療薬として用いる場合は,当業者であれば副作用の可能性を懸念することが当然であるところ,本願発明の優先日当時において,副作用の問題が顕在化していた「ゲニステイン,ダイドゼイン」を用いることは,当業者にとって容易に想到し得るものでない」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「体内に存在する成分の低下や欠乏に由来する症状を改善するために,その成分を補給しようとする場合,体外に存在する同様の成分を補充しようとするのは,通常の考え方であるから,体外に存在する化合物の補充であるとの一事をもって,容易想到性を欠くとすることはできない。」
として、原告の主張を採用しなかった。
また、原告は、
「イソフラボンは人体に潜在的に有害な影響を有する物質であることが当業者に認識されていたのであるから,当業者がイソフラボンをヒトに対して健康補助剤として用いることには阻害要因がある」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「上記の各文献の記載によれば,本願発明で用いるゲニステイン,ダイドゼイン,及び,ホルモノネチンは,本件出願当時,既にヒトに対する有用な生理作用を有するものとして当業者に知られていたということができる。」
と認定し、
「本願発明で用いるフィトエストロゲンは,動物において,不妊や乳腺炎や肝機能障害との関係が知られ,人間への同様の影響が指摘されていたものである一方,用量を適切に考慮すれば癌にも奏功するなど,人間の種々の疾患に対して有用な生理作用を奏するものとして使用し得るという知見があったものと認められる。また,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,文献A8〔甲4〕の記載からみて,大豆に含まれている成分であり,本件出願前からヒトが日常的に摂取してきたものである。これらの事情を総合すれば,本件出願当時,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,大量に摂取した場合はさておき,大豆から日常的に摂取する程度の量を摂取する限りにおいては,当業者は,人体に対して悪影響を与えるものと理解していないと解するのが自然である。」
と判断して、原告が主張するような阻害要因が存在したとすることはできないと判断した。
また、原告は、
「①当業者は,人間以外の動物においてフィトエストロゲンの摂取による副作用が観察された場合,人間がフィトエストロゲンを摂取した場合にも同様の副作用が生じるであろうことを合理的に予測する,②前臨床試験は,人間における毒性を予測するために一定範囲の哺乳類に対し薬物を投与する試験(毒性試験又は安全性試験)であることが知られている,こと等の事実から,審決が容易想到であるとした判断には誤りがある」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「動物実験の結果からヒトへの投与の有効性を検討することは,合理的な手順であるといえるとしても,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,前記認定のとおり既にヒトに対する医薬としての有用性が知られているものであるから,原告の上記主張は採用の限りでない。」
と判断した。
請求棄却。
【コメント】
出願人は副作用の懸念という阻害要因を中心に反論を試みたが認められなかった。ある用量のもとで人体に対して悪影響があるかもしれなかったとはいえ、すでに医薬としての有用性が知られていた以上、動機づけを覆すほどの阻害要因があったとは言いにくいだろう。
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