結晶多形発明と進歩性: 知財高裁平成18年(行ケ)10271
原告は、「タキキニン受容体拮抗薬~メチルモルホリンの多形結晶」とする発明(特願平11-507368、特表2000-513383、WO1999/001444)について拒絶査定不服審判を請求したが、請求は成り立たない旨の審決をされたため、審決取消訴訟を提起した。
審決の理由は、引用発明(WO/1995/023798、出願人はMerck)に基づいて当業者が容易に発明を受けることができないものであるから、進歩性無しとするものであった。
請求項1:
化合物2-(R)-(1-(R)-(3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル)エトキシ)-3-(S)-(4-フルオロ)フェニル-4-(3-(5-オキソ-1H,4H-1,2,4-トリアゾロ)メチルモルホリンの多形結晶であって,12.0,15.3,16.6,17.0,17.6,19.4,20.0,21.9,23.6,23.8及び24.8゜(2シータ)に主要な反射を有するX線粉末回折パターンを特徴とする,Ⅰ形と称される多形結晶。
引用発明との一致点は、
2-(R)-(1-(R)-(3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル)エトキシ)-3-(S)-(4-フルオロ)フェニル-4-(3-(5-オキソ-1H,4H-1,2,4-トリアゾロ)メチルモルホリンの結晶
であり、
相違点は、本願発明は「I形と称される多形結晶」の発明であるのに対し、引用発明には多形結晶について特定されていない点(II型結晶である点)であった。
【要旨】
1. 取消事由1(相違点についての容易想到性判断の誤り)について
「本願発明の『Ⅰ形と称される多形結晶』を得ることは,当業者が,容易に想到し得ることである。」とした審決に対し、原告は、本願発明のⅠ形結晶について、製造方法の観点のみから容易に想到し得ると判断したものであり、誤りである旨主張した。
しかし、裁判所は、
「医薬化合物である引用発明において,結晶多形の存在を検討することは,通常,行う程度のことであっただけでなく,引用例に示唆されている再結晶化の際の溶媒の種類等も考慮すると,本願発明のⅠ形結晶は,結晶多形の存在を検討するに当たって,当業者がごく普通に試みるような方法,条件によって,得ることができるもの」
と判断し、原告の主張を認めなかった。
2. 取消事由2(顕著な物性の看過)について
原告は、本願発明のⅠ形結晶は、溶解度比等の点で引用発明に比べ顕著な効果を奏する旨主張した。
しかし、裁判所は、
「結晶多形において,相互の溶解度が異なることは,予想外のものではなく,結晶多形がそのような性質を有するからこそ,医薬化合物の製剤設計においては,結晶多形の存在を考慮すべきであるとされているのであり,結晶多形において,溶解度が異なることが,直ちに,予想外の顕著な効果を奏するものであると認めることはできない。~また~文献の記載によれば~Ⅰ形結晶とⅡ形結晶の1.4という溶解度比が,結晶多形において,予想外の顕著な効果と認められるものではない。」
と判断し、原告の主張を認めなかった。
請求棄却。
【コメント】
新規結晶が公知結晶に対して進歩性を有するか否かが争われた事案。
新規結晶の発明を出願するに当たり、「結晶多形の存在を検討するに当たって,当業者がごく普通に試みるような方法,条件によって,得ることができるもの」である場合には(ほとんどの場合そうかもしれないが)、予期できない効果等を主張できるように明細書にその根拠となるデータを十分記載しておかなければならないだろう。
I型結晶は顕著な効果を奏するとの原告主張の根拠は、II型結晶に対してI型結晶の溶解度が1.4倍であったというもの。
この点が顕著な効果といえるものかどうかという点は議論があるかもしれないが、裁判所は顕著な効果を奏するとはいえないと判断した。
2-(R)-(1-(R)-(3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル)エトキシ)-3-(S)-(4-フルオロ)フェニル-4-(3-(5-オキソ-1H,4H-1,2,4-トリアゾロ)メチルモルホリンは、ニューロキニン1(NK1)受容体拮抗作用を有する制吐剤としてMerck社が開発し、2003年にFDAで承認された医薬品である(一般名:Aprepitant、商品名:EMEND)。
日本国内では小野薬品がMerckから導入し、申請中(イメンドカプセル(ONO-7436/MK-0869))。
ライフサイクルパテントとして重要な結晶多形発明を出願するにあたり、下記のとおり欧米とは異なる結論となった本事件をもとに、日米欧での進歩性判断の違いを考察することは非常に重要だろう。
米国ではKSR最高裁判決後、結晶多形検討自体の”obvious to try”の適用が結晶多形発明の進歩性判断にどのような影響を与えるかは興味深いところである。
参考:
- 米国:
特許として成立(US6096742)しており、その特許はAprepitantをカバーする特許としてOrange bookに収載されている(存続期間がJuly 01, 2018までのライフサイクルパテント)。1. A polymorphic form of the compound 2-(R)-(1-(R)-(3,5-bis(trifluoromethyl)phenyl)ethoxy)-3-(S)-(4-fluoro)pheny l-4-(3-(5-oxo-1H,4H-1,2,4-triazolo)methylmorpholine characterized by an X-ray powder diffraction pattern with key reflections at approximately: 12.0, 15.3, 16.6, 17.0, 17.6, 19.4, 20.0, 21.9, 23.6, 23.8, and 24.8.degree. (2 theta) which is substantially free of a polymorphic form of the compound 2-(R)-(1-(R)-(3,5-bis(trifluoromethyl)phenyl)ethoxy)-3-(S)-(4-fluoro)-phen yl-4-(3-(5-oxo-1H,4H-1,2,4-triazolo)methylmorpholine characterized by an X-ray powder diffraction pattern with key reflections at approximately: 12.6, 16.7, 17.1, 17.2, 18.0, 20.1, 20.6, 21.1, 22.8, 23.9, and 24.8.degree. (2 theta). - 欧州:
特許(EP0994867B)として成立。2006年12月18日付の応答書のなかで、日本での審査応答と同様に溶解度の差を主張することによって、ISRでA文献として挙げられたWO1995/16679からの進歩性拒絶理由を解消することに成功している。1. A polymorphic form of the compound 2-(R)-(1 -(R)-(3,5-bis(trifluoromethyl)-phenyl) ethoxy)-3-(S)-(4-fluoro)phenyl-4-(3-(5-oxo-1H,4H-1,2,4-triazolo)methylmorpholine designated Form I characterized by an X-ray powder diffraction pattern with key reflections at approximately: 12.0, 15.3, 16.6, 17.0, 17.6, 19.4, 20.0,21.9,23.6,23.8, and 24.8° (2 theta). - Wikipedia: Aprepitant
- 2007.10.10 「USPTO Publishes Examination Guidelines for Determining Obviousness」
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