化学物質発明のパリ優先権に必要な記載要件: 知財高裁平成17年(行ケ)10737
【背景】
化学物質発明である本出願は、パリ優先権主張の利益を享受できず、特29条の2により、拒絶審決を受けたため、審決取消訴訟が提起された。
基礎出願明細書には、化合物の名称、構造式が記載されていたが、具体的な確認データが記載されていなかった。
国際公開番号:WO1992/013830
公表番号:H06-504538
優先権基礎出願1:英国特許出願No.9102038.8
【要旨】
「本願発明は化学物質の発明であるが、化学物質につきパリ条約による優先権主張の利益を享受するためには、第1国出願に係る出願書類において単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、当該出願書類全体から当該化学物質が現実に存在することが実際に確認できることを要するものと解するのが相当である。けだし、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、それだけでは単に理論上の可能性を示唆するにとどまるものであって、現実に製造できることが確認されない限り、実施可能な発明として完成しているものと評価することはできないからである。」
本件において、基礎出願明細書には、本願発明化合物の名称、化学構造式が記載されていたが、具体的な物性値が記載されていなかったことから、これを現実に製造することができ、実際に確認することができるものとして記載されているということはできないし、また、明細書の記載から当業者にとってその製造方法が自明であるとも認められないことから、パリ優先権の利益を享受することはできないと判断された。
また、原告は、先願明細書の化学構造式中の結合手の数が異常であることから引例適格性がないこと及び先願発明の成立性は否定されるべきでものであることを主張したが、裁判所は、引用された先願明細書の誤記は当業者にとって明らかなものであるとして採用せず。
従って、特29条の2により拒絶とした審決を支持。
請求棄却。
【コメント】
殺虫剤のケースであるが、化学物質発明に関するパリ優先権主張時の優先日認定の考え方について参考になる。
本件においては、そもそも基礎出願明細書には、化合物の名称・構造式の記載のみで、確認データ(物性値)及び薬理活性値の記載も無く、製造法は文献を引用するのみで当業者が製造可能な程度に記載されているとはいえなかったため、優先権の利益を享受できないと判断された。
たとえ、出願を急いでいるという事情があったとしても、化合物ひとつひとつが製造できるように明細書に記載されているか(当業者が理解できるか)という点に注意しないと(当たり前のことであるが)、優先権を失う羽目になりかねない。
また、判決では、化学物質発明の出願においてパリ優先権の利益を享受するためには、基礎出願の「出願書類全体から当該化学物質が現実に存在することが実際に確認できることを要するものと解するのが相当である。~現実に製造できることが確認されない限り、実施可能な発明として完成しているものと評価することはできない」と言及している。
確認データを記載したからといって直ちに製造できるように記載したということにはならないはずだが、判決文では、化学物質発明の優先権を享受するための基礎出願における記載要件として、確認データの記載の重要性を示唆しているようである。
化学物質発明の出願明細書には、全化合物について確認(物性)データを記載するのがベストなやり方だろう。
本件の審決では、確認データの考え方について2000.09.05 「杏林製薬 v. 特許庁長官」 東京高裁平成11(行ケ)207が引用された。
参考
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