臨床試験の実施は公然実施(public use)なのか?: CAFC Docket No.03-1285
【背景】
1975年、Ferrosan社はパロキセチン(paroxetine)及びその塩をクレームする特許(米国特許第4,007,196)を取得、その明細書中には無水物として塩酸パロキセチンの製造方法が開示されていた。
その後、SmithKline Beecham(SKB)は該特許のライセンスを受け、より安定な結晶性の塩酸パロキセチン半水和物を見出し、該結晶形に関する特許(米国特許第4,721,723)を取得、FDA認可を得て販売(抗うつ薬、商標名Paxil)していた。
Apotexは塩酸パロキセチンの無水物をANDA申請、パラグラフIV証明を提出した。これに対しSKBは271(e)(2)に基づく侵害を主張し、連邦地裁に訴訟を提起。
非侵害の略式判決に対してSKBが控訴した。
SKB社は、’196特許に従って塩酸パロキセチン無水物を製造すると、必然的に半水和物が製造されるので、少なくとも微量の半水和物を生産することになり、Apotex社は’723特許のクレーム1(量的限定のない塩酸パロキセチン半水和物結晶クレーム)を侵害することになると主張した。
【要旨】
SKBが’723特許の出願日より1年を超える前に守秘義務を課すことなく行った塩酸パロキセチン半水和物の臨床試験は「public use」に当たるとされた。
そこで、その臨床試験が「public use」の適用除外である「experimental use」に該当するものだったか否かが争点となった。
「experimental use」はクレーム発明の特徴を試験した場合にのみ認められるものであるが、
(1) 本件特許クレームは、塩酸パロキセチン半水和物自体をクレームしており、その医薬品としての安全性や有効性(antidepressant use)に関する限定は含まれていない
さらに、
(2) 発明の実施化後(本件の場合、化合物自体の製造)後の追加的試験は、もはや「experimental use」とは認められない
とCAFCは判断。
従って、当該臨床試験は、「public use」の適用除外である「experimental use」とは認められず、’723特許は102(b)に基づき無効であるとされた。
【コメント】
上記判決は、再審理され、判決内容は差し替えられた(2005.04.08 「SmithKline Beecham v. Apotex」 CAFC Docket No.03-1285, -1313)。
従って、本事案において、臨床試験がpublic useか否かという問題の結論は藪の中である。
しかしながら、臨床試験による実施が「public use」になり得るという考え方がされた点は非常に注意を要する。
このような考え方を簡単にまとめてしまうと以下のようになるのではなかろうか。
治験に関与する第三者(医師、治験者、(被験者も?)など)に守秘義務がなければ・・・
(1) 化合物発明の場合・・・臨床試験で投与すれば少なくともその時点で「public use」に該当する。
(2) 用途発明の場合・・・非臨床薬理試験結果(in vitro又はin vitro試験)が存在すれば、臨床試験は「experimental use」にならない。即ち、用途発明についても臨床試験は「public use」に該当する。
臨床試験が発明の「公然実施」に該当するか否かについて、日本における取扱いを考える際に、審査基準等の説明が参考になるが、それでも、例えば、臨床試験を実施するにあたり、
(1) 被験者と秘密保持契約を交わさない(守秘義務を課していない)場合には、「公然」に該当すると判断され、且つ
(2) 被験者がその発明の内容を知ることが可能な状況(隠し持ち帰って分析?)、又はその発明の内容について説明してもらうことが可能な状況(医師が拒否しない)
であれば、臨床試験が発明の「公然実施」に該当してしまう可能性がある・・・なんて考えすぎだろうか?
パロキセチン(パロキセチン塩酸塩水和物、Paroxetine)は、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor: SSRI)であり、うつ病等の治療薬(商品名: パキシル, Paxil)としてグラクソ・スミスクライン社により販売されている。
See also
- 2006.12.26 「Eli Lilly v. Zenith, Teva, Dr. Reddy’s」 CAFC Docket No.05-1396, -1429, -1430
- Patent Law Blog (Patently-O): 2004.04.24 Smithkline Beecham v. Apotex (Paxil)
- 2008.08.20 「AstraZeneca v. Apotex and Impax」 CAFC Docket No. 2007-1414, -1416, -1458, -1459
参考:
特許・実用新案審査基準 第Ⅱ部 第2章 新規性・進歩性
1.2.2 公然知られた発明
「公然知られた発明」とは、不特定の者に秘密でないものとしてその内容が知られた発明を意味する。
守秘義務を負う者から秘密でないものとして他の者に知られた発明は「公然知られた発明」である。発明者又は出願人の秘密にする意思の有無は関係しない。
学会誌などの原稿の場合、一般に、原稿が受付けられても不特定の者に知られる状態に置かれるものではないから、その原稿の内容が公表されるまでは、その原稿に記載された発明は公然知られた発明とはならない。1.2.3 公然実施をされた発明
「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況(注1)又は公然知られるおそれのある状況(注2)で実施をされた発明を意味する(注3)。(注1)「公然知られる状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見れば当業者がその発明の内容を容易に知ることができるような状況をいう。
(注2)「公然知られるおそれのある状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見た場合に製造工程の一部については装置の外部を見てもその内容を知ることができないものであり、しかも、その部分を知らなければその発明全体を知ることはできない状況で、見学者がその装置の内部を見ること、又は内部について工場の人に説明してもらうことが可能な状況(工場で拒否しない)をいう。
(注3)その発明が実施をされたことにより公然知られた事実がある場合は、第29条第1項第1号の「公然知られた発明」に該当するから、同第2号の規定は発明が実施をされたことにより公然知られた事実が認められない場合でも、その実施が公然なされた場合を規定していると解される。
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