主成分でなくても含有されていれば発明の技術的範囲に属するか?(ニカルジピン事件): 大阪高裁平成14年(ネ)1567
【背景】
Ca拮抗薬である塩酸ニカルジピンは、山之内製薬が創製した化合物であり、これについての最初の特許の実施例に塩酸ニカルジピンの「結晶形」が記載されていた。
山之内は、「結晶形」塩酸ニカルジピンの製剤(商品名「ペルジピン錠」)につき、製造承認を得て、販売を開始した。
「無定形」塩酸ニカルジピンの持続性製剤に関する本件発明の特許出願日は、最初の「結晶形」塩酸ニカルジピン製剤が発売される前であった。
大正製薬は、塩酸ニカルジピンを含有する徐放性製剤を製造又は販売していた。
そこで、山之内は大正に対し、大正製剤には「無定形」塩酸ニカルジピンが全ニカルジピンの約40%、そうでなくても実質的な割合含まれており、本件発明の技術的範囲に属するから、その製造販売は本件特許権を侵害するとして、不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還を請求した。
特許番号第1272484号
特許請求の範囲(1項):「無定形2,6‐ジメチル‐4‐(3’‐ニトロフエニル)‐1,4‐ジヒドロピリジン‐3,5‐ジカルボン酸‐3‐メチルエステル‐5‐β‐(N‐ベンジル‐N‐メチルアミノ)エチルエステル(ニカルジピン)またはその塩を含有することを特徴とするニカルジピン含有持続性製剤用組成物」
【要旨】
大正製剤中には、最低でも15.7%以上の「無定形」塩酸ニカルジピンが含有されているものと認められる。
そして、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じない程度のものであるとはいえない。
製剤中の「無定形」塩酸ニカルジピンの含有量が極微量で本件発明の作用効果を生じないことが明らかであるような場合を除いて、大正製剤は本件発明の技術的範囲に含まれ、「無定形」塩酸ニカルジピンの含有量や生成方法の観点からの限定を受けることはないものと判断し、大正の製造販売行為は、特許権侵害であるとした。
【コメント】
いわゆる「ニカルジピン事件」。
新規な結晶形(アモルファス含む)の特許を取得した場合、その含有量が極微量で発明の作用効果を生じないことが明らかでない限り、その結晶形を少しでも含めば、たとえ他の結晶形が主であったとしても、その混合物に対して特許権の効力が及ぶ。
山之内は「結晶形」塩酸ニカルジピン(ペルジピン錠)の発売後、「無定形」塩酸ニカルジピンを含有する1日2回投与可能な持続性カプセル製剤(ベルジピルLA20mg, 40mg)を発売した。
結晶多形特許が製品のライフサイクルに有効に働いた事例である。後の(2004.04.28 「リヒターゲテオン v. 日本医薬品工業(ファモチジン事件)」 東京高裁平成15年(ネ)3034)や、米国の「ラニチジン事件」、「セフチン事件」等と対比して、結晶多形特許を製品のライフサイクルに有効に働かせるためにどのようにすべきか検討するにあたり価値ある事例である。
「含有量が極微量で発明の作用効果を生じないことが明らかでない限り」という裁判所が言及した点について、発明の技術的範囲がクレームに基いて定められる(特70条)という大原則に対する抗弁として、被疑侵害者にとって実際どの程度の「明らか」さが必要とされるのだろうか。
コメント
【メモ】
田村善之「際物(キワモノ)発明に関する特許権の行使に対する規律のあり方 ― 創作物アプローチ vs. パブリック・ドメイン・アプローチ ―」 パテント Vol.72 No. 12(別冊No.22), 2019
https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3399
「漸進的なイノヴェイションを促進する必要性があることが否めない場合には,権利の成立を認めることが望ましいことがあるが,その場合には,際物発明であるがゆえに,権利行使の場面でパブリック・ドメインとの境界線を如何に規律するか・・・」