大塚製薬工場とエイワイファーマとの高カロリー輸液を巡る特許紛争・・・エルネオパ NF®輸液特許に対するエイワイファーマによる3度目の無効審判請求。請求不成立審決の取消訴訟でも大塚製薬工場が勝訴。
1.背景
本件(知財高裁令和2年(行ケ)10144)は、大塚製薬工場が保有する「含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤」に関する特許(第4171216号)のエイワイファーマによる無効審判請求(無効2019-800100号事件)を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、進歩性及びサポート要件違反についての有無である。
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において,その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され,他の室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤であって,
前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
前記外袋内の酸素を取り除いた,
輸液製剤。
外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において,その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され,他の室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤であって,
前記溶液は,システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び亜硫酸塩を含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されている,
輸液製剤。
複室輸液製剤の輸液容器において,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって,
前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,
前記外袋内の酸素を取り除いた,
保存安定化方法。
複室輸液製剤の輸液容器において,含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と別室に銅を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し,微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋であることを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって,
前記溶液は,システイン,またはその塩,エステルもしくはN-アシル体,及び
亜硫酸塩を含むアミノ酸輸液であり,
前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されている,
保存安定化方法。
本件特許公報に記載された以下の図1を例に説明すると、符号4の「室」に符号6の「 微量金属元素収容容器」が収納されている態様が、本件訂正発明における「他の室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納」との構成要件に該当する。
2.裁判所の判断
裁判所は、本件審決における甲1発明(特開平11-158061号公報に記載された発明)又は甲13発明(特開2002-702号公報に記載された発明)と本件訂正発明との相違点に関する容易想到性の判断に誤りがあるとは認められず、また、本件訂正発明がサポート要件を欠くものとはいえないから、エイワイファーマの請求には理由がないとしてその請求を棄却した。
以下に、本件訂正発明1についての判断を抜粋する(訂正発明2、10及び11についても、訂正発明1と同様に当てはまる等として取消事由には理由がないと判断した。ここでは省略する)。
(1)甲1に基づく特許法29条2項違反とする無効理由について
システインや亜硫酸塩を溶液(B)に含む成分とすることを含むひとまとまりの技術思想が甲1に開示されているというべき根拠はない。したがって,甲1に明記されず,システインのN-アシル誘導体に含まれるにすぎないアセチルシステインについては,なおさら,これを溶液(B)に含む成分とする旨が甲1に開示されているということはできない。
・・・甲1は,溶液(B)に配合されるアミノ酸の18種の例のうちの一つとしてL-システインを挙げているにすぎない。そして,甲1の段落【0015】では,それらのアミノ酸について,一括して,純粋結晶状アミノ酸であるのが好ましい,通常遊離アミノ酸の形態で用いられるが,特に遊離形態でなくてもよく,薬理学的に許容される塩,エステル,N-アシル誘導体や,2種アミノ酸の塩,ペプチドの形態で用いることもできるとして,一般的かつ広汎というべき記載がされているところである。
そのような記載に接した当業者において,無数に存在する薬理学的に許容される塩,エステル,N-アシル誘導体や,2種アミノ酸の塩,ペプチドの形態の中から,まず18種のアミノ酸のうちのシステインに特に注目した上で,その誘導体の一種であるN-アシル誘導体に着目し,そのうちのアセチルシステインをあえて選択することが,示唆されたり,動機付けられたりするものとは認められない。その他,甲1に,アセチルシステインの選択の示唆や動機付けといえる記載はみられない。
したがって,甲1輸液製剤発明において,溶液(B)をアセチルシステインを含む構成とすることが容易想到であるとはいえない。
・・・技術常識に関し,原告は,証拠(甲17,18,41,42)を挙げるが,これらの文献等は,システインの各種誘導体のうち,N―アシル誘導体の例としてアセチルシステインが知られており,実際に輸液製剤に配合されている例があることを示すにすぎず,上記のような技術常識の存在をもって,前記(ア)で指摘したような甲1の記載にかかわらず,アセチルシステインを選択することが直ちに示唆されたり,動機付けられたりするものとみるには足りない。
・・・甲1に記載された発明は,ビタミン類を長期間安定に含有する中心静脈投与用輸液を提供することを目的とするものであって・・・各種ビタミンの特性を踏まえた課題を中心とするもの・・・であるから,上記各段落の記載に接した当業者においては,甲1でその解決が検討されている課題は,欠乏症が問題となる「微量元素やビタミン」のうちビタミンを対象とするものと理解するというべきである。
・・・そもそも輸液の投与前に微量元素を何らかの形で輸液容器の構成の中に組み込んでおくこと自体が想定されていないのであるから,・・・微量元素を収容した容器をあらかじめ2室バッグの一方の室に収納することについて,示唆したり動機付けたりするものであるとはいえない。
・・・同【図5】は,甲1輸液製剤発明における課題の対象であるビタミンとの関係ですら,そこにおけるバッグインバッグの構成が有する技術的意味を溶液の具体的な組成との関係では必ずしも明らかにしていないというべきであるから,同図から,上記のとおりビタミンと直ちに同様には取り扱うことができない微量元素について,その収容方法に関して何らかの示唆や動機付けがされるともいえない。
その他,甲1に,微量金属元素についてバッグインバッグの構成を採用することの示唆や動機付けがあるとみるべき事情は認められない。
他方で,甲1輸液製剤発明の溶液(C)を収容した容器に微量元素を収容する場合に,発明の目的に係るビタミン類の長期間の安定にどのような影響を与えるかも明らかでない。微量元素を収容するために溶液(C)を収容した容器と同様な容器を新たに加えるといった構成の変更を行うことを仮に想定したとしても,同様である。
(2)甲13に基づく特許法29条2項違反とする無効理由について
甲13に記載された発明は,医療用液体を収容する可撓性容器,特に2以上の成分を投与直前に混合可能に収容する多室の容器等に関するもので(甲13の段落【0001】),医療用液体中に可塑剤の溶出の可能性がなく廃棄処理の問題のない多室形式の樹脂製容器を提供することなどを第一次的な目的とし(同【0007】),「ビタミンやミネラルの微量成分を変質を避けて投与直前に混合する」ため分室に収容保持し,必要なときに容易に混合することが可能な容器を提供することも目的とするものではあるが(同【0008】),そのような一般的な記載を超えて,容器に収容される対象に係る課題について具体的な指摘はなく,同【0021】~【0024】における容器に収容される対象の成分についての記載も,実施例である同【図1】の多室容器を含め,甲13に記載された発明に係る容器に収容可能な成分の例を挙げたものにすぎないというべきである。
上記の点に加え,同【0024】の記載内容に照らすと,同段落記載の好ましい態様における薬液等の収容方法は,甲13に記載された課題(特に同【0008】)の解決のための態様として記載されているのであり,そこから更に容器に収容される対象に関して別途の課題を解決する必要のあるものとして記載されているものではないと解される。
したがって,甲13から,当業者が,容器に収容される対象の成分に係る事情に基づいて,甲13輸液製剤発明における容器の構成を変更するよう示唆され,又は動機付けられるものとは解されない。この点,そのような事情に基づいて,甲13輸液製剤発明における容器の構成を変更すること,特に,既に分室C1及びC2と区画された小室C3に収容された微量元素(ミネラル)を,改めて容器に収容した上で分室の一つに収納したり,小室C3を分室C1又はC2に収納するといった構成変更を行うことは,甲13に記載された発明について指摘した上記の特徴の本質的な部分に影響する重要な変更であって,甲13から,当業者がそのような変更を示唆され,又は動機付けられるということはおよそ考え難い。
(3)特許法36条6項1号違反とする無効理由について
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。
・・・当業者は,本件訂正発明1の構成を採ることによって,同【0065】や【表5】に記載されているように,含硫アミノ酸を含む溶液を充填した室に微量金属元素収容容器を収納した場合と比較して,微量金属元素が安定に存在している輸液製剤を得ることができると認識することができると解され,本件訂正発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できる範囲内のものであるといえる。
したがって,本件訂正発明1がサポート要件を欠くものとはいえない。
3.コメント
本特許に関わる発明は、大塚製薬工場が製造販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・総合ビタミン・微量元素液「エルネオパ NF®1号輸液」および「エルネオパ NF®2号輸液」を保護する技術である。
エイワイファーマは、本件とは別に、本件特許(第4171216号)に対する無効審判請求(無効2017-800045号、無効2018-800128号)をしていた。無効2018-800128号事件については、請求を不成立とした審決の取消しを求め審決取消訴訟を提起したが、請求棄却とされ(2020.08.26 「エイワイファーマ v. 大塚製薬工場」 知財高裁令和元年(行ケ)10155)、上告棄却・受理申立却下を経て審決は確定している。
エイワイファーマが本件特許に対して無効審判請求を3度も繰り返している理由は、エイワイファーマが製造販売し陽進堂が販売する高カロリー輸液用 糖・電解質・アミノ酸・ビタミン・微量元素液「ワンパル®1号輸液」および「ワンパル®2号輸液」について、本件特許に係る特許権を侵害するとして、大塚製薬工場が、2018年9月19日付で東京地裁に差止請求訴訟を提起したことにある(大塚製薬工場がエイワイファーマ・陽進堂に対し高カロリー輸液特許侵害訴訟を提起)。
その差止請求訴訟において、東京地裁は大塚製薬工場の請求を棄却したが(2020.12.24 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 東京地裁平成30年(ワ)29802)、本件判決言渡し日と同日の2021年11月16日、知財高裁は地裁判決を取り消し、特許権侵害を認める判決を下した。
参照: 2021.11.16 「大塚製薬工場 v. エイワイファーマ・陽進堂」 知財高裁令和3年(ネ)10007
コメント
2023年5月30日、特許4171216に対して4度目の無効審判請求がされたようです。
無効2023-800032事件
請求人:エイワイファーマ株式会社
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-4171216/730935E05D1345EA4104EE6608AAADF619852E5713CC477B7B79A7CB192E98DF/15/ja