もともとエボラウイルスへの抗ウイルス活性を示す新規ヌクレオチドアナログのプロドラッグとしてギリアド社(Gilead Sciences, Inc.)が開発を進めていたレムデシビル(remdesivir)が、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症の治療薬として有効であることが示され、これまで治療薬がなかった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患した患者の命を救うための新たな手段を与えてくれました。ギリアド社の開発により、レムデシビルは、現在、日本、米国、EU加盟国等世界約50カ国で、新型コロナウイルス感染症治療薬「ベクルリー®(VEKLURY®)」の有効成分として承認されています。
他方、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが起き始めた頃、2020年2月4日、中国科学院武漢ウイルス研究所(The Wuhan Institute of Virology)は、中国人民解放軍軍事科学院(Academy of Military Medical Sciences)との共同研究成果として、ギリアド社のレムデシビルが新型コロナウイルスに有効であること及びレムデシビルの用途発明に関して中国にて特許出願を行ったと発表しました。2020年1月21日に出願されたその中国特許出願を基礎とする優先権を主張した中国特許出願が2021年6月15日に特許登録されています(CN111494396B)。
出願人: 中国人民解放軍軍事科学院軍事医学研究院(INSTITUTE OF MILITARY MEDICINE, ACADEMY OF MILITARY SCIENCES OF PLA)
出願番号: CN 202010573430 (出願日2020.06.22)
登録番号: CN111494396B (公告日2021.06.15)
優先権情報: CN202010071087.7 (出願日2020.01.21; 公開日2020.06.12)
そして、上記の中国人民解放軍による最初の中国特許出願がなされた2020年1月21日(優先日)から18カ月がちょうど経過し、その出願を基礎として優先権を主張した中国以外の国への出願が次々と公開されています。中国人民解放軍が、新型コロナウイルス感染症に対するレムデシビルの使用に関する発明について中国以外にどの国で特許を取得したいかという意図が明らかになってきました。
出願国 | 公開番号 | 公開日 | ステータス |
---|---|---|---|
中国 | CN111494396B | 2021.06.15 | Patent Grant |
米国 | US2021220377A1 | 2021.07.22 | Application Dispatched from Preexam, Not Yet Docketed |
欧州 | EP3854403A1 | 2021.07.28 | The application has been published |
ウルグアイ | UY39029A | 2021.03.26 | No legal event data found |
PCT | WO2021147236 | 2021.07.29 | The application has been published |
(ファミリー有無はPatentScope/Espacenetより- 2021.07.29時点)
それらの出願明細書には、レムデシビルがSARS-CoV-2に感染したVero E6細胞のウイルス核酸量を効果的に減少させることができることを示す実験データが記載されています。
ギリアド社によるベクルリー®(VEKLURY®)の各国での供給にとって、中国人民解放軍による各国への上記用途特許出願の存在が気になるところですが、仮に中国人民解放軍の用途特許出願が各国で特許となったとしても、肝心のレムデシビルの物質特許権はギリアド社が保有しており、既に、ベクルリー®(VEKLURY®)が新型コロナウイルス感染症に罹患した患者の命を救う一手段となっている状況の中で、中国人民解放軍がギリアド社のベクルリー®(VEKLURY®)の製造や供給に対して強硬姿勢をとるとは考えにくいと思われます。
中国人民解放軍軍事科学院との共同研究成果として、レムデシビルが新型コロナウイルスに有効であることを発表した中国科学院武漢ウイルス研究所(The Wuhan Institute of Virology)は、
- 国益保護の観点から、2020年1月21日に中国の特許出願を行い、PCTルートで世界の主要国でも権利化を進めること
- 関連する外国企業が中国での流行の予防と制御に貢献することに関心を持っている場合、国家的な必要性がある場合には特許権を主張しないことに合意し、外国の製薬会社と協力して流行の予防と制御に貢献したいと考えていること
を伝えています(2020.02.04 The Wuhan Institute of Virology press release: 我国学者在抗2019新型冠状病毒药物筛选方面取得重要进展)。
中国人民解放軍の用途特許出願ファミリーの欧州出願に対するEuropean search opinionによると、そもそもその用途発明についての特許性は定かではないことから、仮に同用途出願が特許となった場合には、ギリアド社は特許無効を主張してとことん争う可能性は大いにあります。しかし、両者間で特許を巡る争いが起きたとしても、両者とも、治療薬供給が滞って患者への不利益となることが無いように、最終的には一定の(妥当な)ライセンス料の支払い等を条件に和解を模索するのだろうと想像しています。
引き続き、何か起きないか見守りたいと思います。
過去記事:
- 2020.03.22「レムデシビル(Remdesivir)に関連する特許出願について」
コメント
Gileadの出願。最先優先日は6日遅れの2020年1月27日!
WO2021154687 – METHODS FOR TREATING SARS COV-2 INFECTIONS
Applicants: GILEAD SCIENCES, INC.
Publication Date: 05.08.2021
International Filing Date: 26.01.2021
Priority Data:
62/966,440 27.01.2020 US
62/976,671 14.02.2020 US
62/985,194 04.03.2020 US
63/031,373 28.05.2020 US
特開2021-116295
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-116295/BD2AEC0AD934507DBC8F7FC25A664D4DF0040E35446CA8835B975E0400442089/11/ja