ファビピラビル(favipiravir)は、富山化学工業(株)(現:富士フイルム富山化学(株))により創製された低分子の経口抗インフルエンザウイルス薬「アビガン®錠」の有効成分です。
ウイルスのRNAポリメラーゼを選択的に阻害することでウイルスの増殖を防ぐというメカニズムを有していることから、インフルエンザウイルスと同種のRNAウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対しても効果が期待されています。
本記事では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するファビピラビルの使用に関する発明について中国人民解放軍軍事科学院がした特許出願を眺めます。
1.中国人民解放軍によるCOVID-19に対するファビピラビルの使用に関する特許出願
(1)中国で特許成立
新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが起き始めた頃、中国人民解放軍軍事科学院(Academy of Military Medical Sciences)は、ファビピラビルが新型コロナウイルスに対して効果があることを発見し、2020年1月21日には、新型コロナウイルス感染症に対するファビピラビルの使用に関する発明について、中国にて特許出願をしました。中国においては、同出願を基礎とする優先権を主張した特許出願が2021年5月4日に特許登録されています(CN111557939B)。
特許権者: 中国人民解放軍軍事科学院軍事医学研究院
出願番号: CN 202010572752 (出願日2020.06.22)
登録番号: CN111557939B (公告日2021.05.04)
優先権情報: CN202010070142 (優先日2020.01.21)
(2)中国以外の国への特許出願
そして、上記の中国人民解放軍による最初の中国出願がなされた2020年1月21日(優先日)から18カ月が経過し、その出願を基礎として優先権を主張した中国以外の国への出願が次々と公開されています。中国人民解放軍が、新型コロナウイルス感染症に対するファビピラビルの使用に関する発明について中国以外にどの国で特許を取得したいかという意図が明らかになってきました。
出願国 | 公開番号 | 公開日 | ステータス |
---|---|---|---|
中国 | CN111557939B | 2021.05.04 | Patent Grant |
米国 | US2021220353A1 | 2021.07.22 | Application Dispatched from Preexam, Not Yet Docketed |
欧州 | EP3854398A1 | 2021.07.28 | The application has been published |
ウルグアイ | UY39027A | 2021.03.26 | No legal event data found |
PCT | WO2021147235 | 2021.07.29 | The application has been published |
(ファミリー有無はPatentScope/Espacenetより- 2021.07.29時点)
それらの出願明細書には、ファビピラビルがSARS-CoV-2に感染したVero E6細胞のウイルス核酸量を効果的に減少させることができることや、ファビピラビルがSARSコロナウイルスに感染したマウスを効果的に死から守ることができることを示す実験データが記載されています。
新型コロナウイルス感染症が蔓延し始めた頃、中国人民解放軍軍事科学院は、いち早く既存の抗ウイルス活性を持つ化合物の中に新型コロナウイルスに対して効果を示すものがないか研究し、ファビピラビルやレムデシビルにその可能性があることを発見しました。各国の研究機関や製薬企業において同様な研究が同時進行し始めていたと思われますが、ファビピラビルやレムデシビルが新型コロナウイルスの治療薬として有効かもしれないことを示す研究成果が早期に公表(例えば、Nat Rev Drug Discov. 2020 Mar;19(3):149-150. doi: 10.1038/d41573-020-00016-0.; Cell Res. 2020 Mar;30(3):269-271. doi: 10.1038/s41422-020-0282-0. Epub 2020 Feb 4.)されたことは、治療法のない新型コロナウイルス感染症に有効かもしれない有効成分の研究開発を各国が推進するにあたって大きなポジティブ・インパクトを与えてくれました。
一方で、いち早く中国で特許出願がされていることの事実(結果、優先権を主張して各国で出願・権利化される可能性があることの推測)は、それら化合物を創出したオリジネーターであり新型コロナウイルス治療薬としての開発を進めた企業等にとっては少なからずネガティブ・インパクトを与えたと思われます。
当然ながら、特許出願は、競争です。先願主義である特許制度のもと、一番早くファビピラビルやレムデシビルが新型コロナウイルス感染症治療への使用について特許出願したのは中国人民解放軍軍事科学院だったようです(武漢で同ウイルスが同定されたという地の利もあるでしょう)。
(3)日本での特許性は現時点で不透明
しかし、中国人民解放軍の上記特許出願に係る用途発明についての特許性は定かではありません。
PCT国際調査機関の見解書(ISA/237)(国際調査機関は中国国家知識産権局(CNIPA))によると、コロナウイルスをSARS-CoV-2に限定した請求項8(PCT出願)は新規性及び進歩性が肯定されていますが、欧州出願における欧州調査見解書(European search opinion)によると、コロナウイルスをSARS-CoV-2に限定した請求項8及び9(欧州出願)は進歩性が否定されています。
中国人民解放軍による上記PCT出願が日本に移行手続きされるのか(遅くとも、優先日から30カ月の国内移行期限(2022年7月末)が経過した後には明らかになるでしょう。)、その場合、日本の特許庁が特許性をどう判断するか、アビガン®錠の新型コロナウイルス感染症への適応追加を求めて開発している富士フイルム富山化学(株)から何らかのアクションがなされるか・・・など、今後の動向が気になるところです。
2.富士フイルム富山化学(株)によるアビガン®錠の開発状況
2020年10月16日、富士フイルム富山化学(株)は、日本において、アビガン®錠の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への適応追加を求めて一部変更承認申請を行いました。
しかし、「現時点で得られたデータからアビガン®錠の有効性を明確に判断することは困難」とされ、承認は見送られました。
- 2020.10.16 富士フイルム press release: 抗インフルエンザウイルス薬「アビガン®錠」の製造販売承認事項一部変更承認申請 -新型コロナウイルス感染症に係る効能・効果などを追加-
- 2021.04.21 富士フイルム富山化学 press release: 抗インフルエンザウイルス薬「アビガン®錠」新型コロナウイルス感染症患者を対象とした新たな臨床第Ⅲ相試験を国内で開始 (富士フイルム)。
現在、追加の臨床試験が進行中であり、その承認見込みは、今だ不透明な状況です。
アビガン®錠の新型コロナウイルス感染症への有効性を明確に示すデータが得られるのでしょうか。厚労省は、適応追加申請を承認するのでしょうか・・・。
ところで、ファビピラビルの物質特許は満了しているため(過去記事: 2020.03.18 「アビガン®錠(ファビピラビル(favipiravir))の物質特許」)、ファビピラビルを含む製剤がジェネリックメーカーにより承認取得され販売されている国もあるようです。
富士フイルム富山化学(株)はファビピラビル含有錠剤に関する日本特許権(特許第5583659号)を保有しており、特許権を侵害するファビピラビル含有錠剤の輸入差止を税関に申立てています。
3.関連記事
- 2020.03.18 「アビガン®錠(ファビピラビル(favipiravir))の物質特許」
コメント