塩野義らとギリアドとの抗HIV薬を巡る特許権侵害訴訟・・・弁護士職務基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、同条違反を理由として、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることはできない。
1.背景
本件(最高裁令和2年(許)37)は、「HIVインテグラ―ゼ阻害活性を有する多環性カルバモイルピリドン誘導体」に関する特許4295353号の特許権者である塩野義製薬及びヴィーブ ヘルスケア カンパニー(以下、併せて「塩野義ら」という)が、ギリアド・サイエンシズ(株)(以下、「ギリアド」という)の製品(ビクタルビ®配合錠)の生産等によって上記特許に係る特許権が侵害されている旨主張して、ギリアドに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めている訴訟(以下、「本件訴訟」という)において、ギリアドの訴訟代理人弁護士らが所属する事務所の所属弁護士であったA弁護士が、同事務所に所属する前に本件訴訟に係る業務を塩野義の元社内弁護士として担当していたことから、塩野義らが、ギリアドの訴訟代理人弁護士らが本件訴訟において訴訟行為をすることは弁護士職務基本規程57条に違反すると主張して、同訴訟代理人弁護士らの各訴訟行為の排除を求めた事案である。
2.原決定(知財高裁)
原審(知財高裁)は、次のとおり判断して、塩野義らの申立てを却下した東京地裁の決定(東京地裁令和元年(ワ)31210)は取消されるべきであり、本件訴訟におけるギリアドの訴訟代理人弁護士らの各訴訟行為を排除する旨の決定をした(2020.08.03 知財高裁令和2年(ラ)100004)。
弁護士法25条1号は,先に弁護士を信頼して協議又は依頼をした当事者の利益を保護するとともに,弁護士の職務執行の公正を確保し,弁護士の品位を保持することを目的とするものである。そして,基本規程57条が,共同事務所の所属弁護士は,他の所属弁護士等が基本規程27条1号の規定により職務を行い得ない事件について職務を行ってはならないとするのも,これと同様の目的に出たものである。そうすると,弁護士法25条1号の場合と同様,基本規程57条に違反する訴訟行為についても,相手方である当事者は,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解するのが相当である。
3.最高裁の決定
(1)主 文
原決定を破棄し,原々決定に対する抗告を棄却する。
抗告手続の総費用は相手方らの負担とする。
(2)理 由(抜粋)
基本規程は,日本弁護士連合会が,弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため,会規として制定したものであるが,基本規程57条に違反する行為そのものを具体的に禁止する法律の規定は見当たらない。民訴法上,弁護士は,委任を受けた事件について,訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(同法54条1項,55条1項,2項)。したがって,弁護士法25条1号のように,法律により職務を行い得ない事件が規定され,弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為がその規定に違反する場合には,相手方である当事者は,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることができるとはいえ,弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為が日本弁護士連合会の会規である基本規程57条に違反するものにとどまる場合には,その違反は,懲戒の原因となり得ることは別として,当該訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
よって,基本規程57条に違反する訴訟行為については,相手方である当事者は,同条違反を理由として,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることはできないというべきである。
以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり,その余の論旨につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,本件申立てを却下した原々決定は,結論において是認することができるから,原々決定に対する抗告を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(3)補足意見
裁判官草野耕一の補足意見がある。以下、抜粋。
ある事件に関して基本規程27条又は28条に該当する弁護士がいる場合において,当該弁護士が所属する共同事務所の他の弁護士はいかなる条件の下で当該事件に関与することを禁止または容認されるのかを,抽象的な規範(プリンシプル)によってではなく,十分に具体的な規則(ルール)によって規律することは日本弁護士連合会に託された喫緊の課題の一つである。
4.コメント
塩野義らとギリアドとの間で争っている抗HIV薬を巡る特許権侵害訴訟において、塩野義らが、ギリアドの訴訟代理人に対して同訴訟における訴訟行為の排除を求める申し立てをした。東京地裁は本件申立てを却下したが、知財高裁は東京地裁の決定を取り消した。本件において、最高裁は、知財高裁の決定を破棄し、原々決定に対する抗告を棄却した。
(1)日本弁護士連合会に託された喫緊の課題
基本規程57条に違反するだけの訴訟行為について裁判所に対しその行為の排除を求めることができないのであれば、当該事件のような場合において裁判所に同行為排除を求められるようにするためには、究極的には弁護士法を改正してもらうしかないように思える。
草野耕一裁判官は補足意見で、
抽象的な規範(プリンシプル)によってではなく,十分に具体的な規則(ルール)によって規律することは日本弁護士連合会に託された喫緊の課題の一つ
と言及している。
コンフリクト問題に対して日本弁護士連合会が制定している基本規程の具体化により自律的な解決を期待するのであれば、おそらく補足意見が「抽象的な規範(プリンシプル)」であると指摘している部分であろう基本規程57条の但し書き「ただし、職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。」をより具体的に整えることになるのだろう。それにしても、この「公正を保ち得る」ことができるかどうかは、事務所の規模によってその実現性はかなり異なると容易に想像できるし、どこまで情報遮断措置が徹底されていれば良しとするのか、形式的に規程できたとしても、相手方からすれば実質的に大丈夫なのかという疑念はなかなか拭えるものではないだろう。今後の日本弁護士連合会の動きに注目である。
(2)塩野義らとギリアドとの抗HIV薬を巡る特許権侵害訴訟
塩野義は、ドルテグラビルと同じHIVインテグラーゼ阻害剤であるビクテグラビル(Bictegravir)を有効成分として含む配合剤(Biktarvy®/ビクタルビ®)の承認を取得したギリアドに対して、ヴィーブと共同で、塩野義が保有するドルテグラビルの物質の特許権に基づき、米国等で侵害訴訟を提起しており、本件訴訟はその日本での係争である。その背景は以下の記事にて紹介している。海外での判決等も徐々に明らかになってきているようであるが、日本での本件訴訟における侵害属否判断がどうなるか。抗HIV薬の市場における両陣営の覇権争いの裏で勃発したこの特許紛争はどのように決着するのか、判決を待ちたい。
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