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2000.09.05 「杏林製薬 v. 特許庁長官」 東京高裁平成11年(行ケ)207

化学物質発明の物性データが基礎出願時に無い場合、優先権の利益は認められるか?: 東京高裁平成11年(行ケ)207

【背景】

原告は、「8-メトキシキノロンカルボン酸の製造中間体」との発明の特許権者。異議申立てがあり、本件発明は基礎出願の明細書(基礎明細書)に記載されていると認められないから優先権の利益を得られず、出願日前の公開引例によって特29条の2違反とされ特許取消の決定が下されたため、原告は取消決定取消を求め訴訟を提起した。

出発物質(化合物Ⅱ)は優先日において新規化合物だったが、基礎明細書にはその製造方法及び物性値等の記載がなかった。

また、発明化合物(化合物Ⅰ)へと導く製造方法に関する記載についても、基礎明細書には合成経路図が記載されていたのみで、各工程の反応溶媒、温度、化合物使用量等の反応条件等は記載されていなかった。

【要旨】

裁判所は、

「化学物質につき特許が認められるためには、それが現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、化学物質が実際に確認できるものであることが必要であると解すべきである。なぜなら、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、そのことと、その化学物質を現実に製造できることとは、全く別の問題であって、机上で作出できても現実に製造できていないものは、未だ実施できない架空の物質にすぎないからである。そして、ある化学物質に係る特許出願の優先権主張の基礎となる出願に係る明細書に、その化学物質が記載されているか否かについても、同様の基準で判断されるべきことは明らかである。」

と一般原則を示し、本件においては、

「基礎明細書には、化合物Ⅱの製造方法はもとより、その物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないから、実際に確認できるものではない。従って、化合物Ⅱが基礎明細書に記載されているということはできない。~そうである以上、基礎明細書には、化合物Ⅱを出発物質とする化合物Ⅰは、その製造方法が記載されていないというべきである。しかも、基礎明細書には、化合物Ⅰの物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないのであるから、化合物Ⅰは実際に確認できるものではない。したがって、化合物Ⅰが基礎明細書に記載されていると認めることはできない。」

と判断した。

原告は、当業者であれば公知刊行物に記載の方法に準じてそれら化合物を合成することは容易であり優先権の利益は得られる旨を主張したが、裁判所は、化学反応においては他の置換基の性質、反応性等により、反応が異なり得るとして、原告の主張を認めなかった。

また、原告は、

「①化合物Ⅰの構造式から予測できる物性値と得られた化合物を測定した物性値とを対比することによって、目的物の確認をすることが可能である、②その公開公報には具体的な合成方法や物性が記載されていたのであるから、発明の追試者が実質的に不利益を被るということはない」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「①については、原告は、原告が構造式から予測していた物性値がどのようなものであったか自体を明らかにしないうえ、何故にその「予測される物性値」が現実の物性値と必ず一致するというのかが全く不明であり(一致しない場合があり得るというのなら、得られた化合物の物性値との対比による確認ができないことになり、結局、確認はできないことになる。)、②は、本件優先日から出願の公開までに原告が知った合成方法や物性によって、原告が机上の化学構造を作出した時点である本件優先日を出願日とする特許が得られると主張するに等しいものであって、いずれも失当であることは明らかである。」

と判断した。

また、原告は、

「化合物Ⅰの製造中間体としての有用性が、基礎明細書に、化学式及び反応経路図で記載されている」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「単に化学構造式や製造方法を示しただけでは、明細書に化合物が記載されているとすることができないことは、前示のとおりである。原告の主張は、採用することができない。」

とした。

請求棄却。

【コメント】

化学物質発明の確認データ(本件は物性データ)の重要性を示した判決。

合成経路に新規化合物を使用した場合には、基礎出願時に、しっかりと当業者が追試できるように、その製造方法及びその確認データを明細書に記載するよう気をつけなければならない。

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