「ED治療薬として知られている下記化合物:
は、両者ともPDE5 inhibitorであって、構造も酷似しているのに、両者間で”特許的”な問題は生じなかったのか?」
という趣旨のご質問を頂きました。
ありがとうございました。
バイアグラの有効成分である”Sildenafil citrate”をカバーする米国特許として、Orange Bookには2つの特許(US 5,250,534及びUS 6,469,012)がリストされています。
US 5,250,534のクレームを見てみると、カバーされているものは、窒素原子の位置が限定されたピラゾロピリミジノン骨格を有する化合物です(出願当初からこのピラゾロピリミジノン骨格のクレームです)。
また、US 6,469,012でカバーされているものも、同じピラゾロピリミジノン骨格で限定された化合物の医薬用途です。
しかし、レビトラの有効成分である”Vardenafil”は、上図のようにイミダゾトリアジノン骨格ですから、上記2つの米国特許は”Vardenafil”をカバーしていないことになります。
つまり、Orange bookにリストされたバイアグラをカバーする2つの米国特許に限ってだけ言えば、いずれの特許も、レビトラにとってfreedom to operate(FTO)の問題とはなりません。
一方、レビトラの有効成分である”Vardenafil”をカバーする米国特許として、Orange Bookにリストされているのは1つの特許(US 6,362,178)で、これは上記Pfizer特許のクレームでカバーされていないイミダゾトリアジノン骨格をクレームしています。
他の米国特許の存在や米国以外の特許状況はここでは検討していませんので、上記米国特許に限った考察でしかありませんが、互いの化合物をカバーする上記特許の先後願関係を見ると、バイアグラの有効成分をカバーする特許(US 5,250,534)が成立(1993.10.05)した後にレビトラの有効成分をカバーする特許(US 6,362,178)が出願(priority date: 1997.11.12)されていますので、Bayerは、上記Pfizer特許により権利行使されることのないイミダゾトリアジノン骨格を有する化合物を採用することによって、Pfizer特許が将来の事業に支障とならないことを見極めたうえで、研究・開発を進めたはずです。
自社の開発候補化合物と構造が酷似していると研究者が感じるような第三者特許が存在していたとしても、その特許クレームにカバーされていない限り(将来権利行使される可能性がない限り)、その開発候補化合物にとってfreedom to operate(FTO)の問題とはなりません。
また、competitorの先願クレームでカバーされていない隙間に有望な化合物がないか合成展開するということもあり得ます。
レビトラがその良い例でしょう。
但し、freedom to operate(FTO)の問題と、自社の特許取得可能性とは別問題ですが。
ところで、日本においては、レビトラの有効成分をカバーする特許(特許3356428)は特に拒絶理由を受けることなく特許査定を受けており、第三者からの無効審判も請求されていません(JPO のIPDLより)。
コメント
はじめまして、たまにブログを拝見させていただいております。創薬関係者です。
本件においては、進歩性を問われることもなくレビトラの特許が成立したようですが、いったいどの程度の類似性では進歩性を問われて、どの程度だと問われないのでしょうか。
コメントありがとうございます。
本件について言いますと、日本の出願の基となるPCT出願(PCT/EP98/06910、公開WO99/24433)の当初の広いクレームは、国際予備審査報告(International Preliminary Examination Report (IPER))
により、進歩性がないと判断されています。
さらに、日本では、
「2-[2-エトキシ-5-(4-エチル-ピペラジン-1-スルホニル)-フエニル]-5-メチル-7-プロピル-3H-イミダゾ[5,1-f][1,2,4]トリアジン-4-オン又はその塩もしくは水和物もしくは塩の水和物。」
すなわち、まさにVardenafilにのみ絞り込んだクレームに自発補正(早期審査請求も)して特許となっています。出願人にとっても、進歩性なしを理由に特許を取得できないかもしれないとの懸念が非常に高かったのでは、と想像します。
なお、出願人は、上記自発補正と同時に分割出願(出願番号2002-130480)しており、この分割出願は期限間近で審査請求していますので、Vardenafil以外の残りの範囲はこの分割出願でゆっくりと権利化を検討していこうという戦術でしょう。
審査における進歩性判断の基本的な考え方は、審査基準 第II部 特許要件 第二章「新規性・進歩性」
(URL: http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tjkijun_ii-2.pdf)
に示されています。
しかし、これ以上の判断はケースバイケースであるとしか言いようがありません。進歩性あるなしの境界を見極める一般的法則をこれ以上に導くことは永遠のテーマであり、個々の審査、審決、判決といった事例を学んでいくしかありません。