第一三共のプレスリリース1)によると、第一三共による米国での「ENHERTU®(エンハーツ)」2)の販売がSeagen社の抗体薬物複合体(Antibody-drug conjugate: ADC)技術に関する米国特許10,808,039(’039特許)3)の侵害に当たると主張して、Seagen社が第一三共に対して提起した特許権侵害訴訟4)5)について、2023年10月17日(現地時間)、米国テキサス州東部地区連邦地方裁判所は、第一三共に対して、41.8百万ドルの損害賠償額(2022年7月19日の判決6)で決定済)に加え、2022年4月1日からSeagen社の米国特許10,808,039が満了する2024年11月4日までのENHERTU®の米国売上に対する8%のロイヤルティの支払を命じる判決を下したとのことです。
また、同プレスリリースは、第一三共による2022年7月19日の判決の不服申立(post-trial motions)が棄却されたこと、一方、弁護士費用に関するSeagen社の請求も棄却されたことを伝えています。
陪審員が認定した損害額41.8百万ドルは、’039特許が登録(2020年10月20日)されてからの米国売上累計約5千万ドル(第一三共決算資料エンハーツ(米)売上2020Q3~2021Q4(予測)より推定)の約8%に相当していたことから、ロイヤルティの支払いを命じられたとしても賠償額に倣って売上に対する8%になるのではないか5)と予想はしていました。
第一三共による2022年7月19日の判決の不服申立(post-trial motions)が棄却され、この地裁判決が第一三共にとって不利なものとなったとはいえ、ENHERTU®の販売は差止められておらず、第一三共にとっては、金銭面で’039特許が満了する2024年11月までの辛抱ということになります。
また、第一三共のADC技術の知的財産権の帰属を巡りSeagen社と第一三共との間で争われていた米国仲裁事件では、仲裁廷がSeagen社の主張を全面的に否定する判断を下しており7)、ENHERTU®を含むADC製品の開発と商業化において今後の進展に支障はなく、特許権侵害訴訟の地裁判決が出たことによる第一三共の業績への影響は予測可能かつ限定的と言えるでしょう。
株価は約5%下がりましたが・・・
第一三共は、引き続き第一三共の権利を守るべく、米国連邦巡回区控訴裁判所への控訴を含めてあらゆる法的手段を検討すると述べています。
参照:
- 1) 2023.10.18 第一三共 press release: 当社ADC製品に関するSeagen社との特許係争の判決に関するお知らせ
- 2) Enhertu®(エンハーツ)は、ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)に対するヒト化モノクローナル抗体とトポイソメラーゼI阻害作用を有するカンプトテシン誘導体(ペイロード)を、リンカーを介して結合させた抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate: ADC)であるトラスツズマブ デルクステカン(trastuzumab deruxtecan)を有効成分とする抗悪性腫瘍剤です。2019年3月、第一三共とAstraZeneca社は、全世界(第一三共が独占的権利を有する日本は除く)においてトラスツズマブ デルクステカンを共同で開発及び商業化する契約を締結し、2019年12月に米国で承認、2020年3月には日本でも承認され、販売されています。
- 3) 特許となったクレームは、特定のリンカーを介して抗体と薬物を結合させた抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate: ADC)に関する発明です。Seagen社は、この出願をEnhertu®と関係のないクレームで継続出願と登録でつないできていましたが、第一三共とAstraZeneca社との契約発表(2019年3月)を見たからでしょうか、2019年7月にはじめてEnhertu®の有効成分であるトラスツズマブ デルクステカンのリンカー部分に合わせ、それを包含するクレームの継続出願にチャレンジしてきました。そして、特許許可通知を受け、その3日後に登録料を支払い、2020年10月20日に、’039特許の登録に漕ぎつけました。既に、Enhertu®が米国で承認された2019年12月から約10カ月が経っていました。
- 4) 2020.11.03 ブログ記事: Seagen社(旧Seattle Genetics社)が第一三共による米国でのエンハーツ(ENHERTU)の販売等を特許侵害で提訴
- 5) 2022.04.09 ブログ記事: Seagen社の抗体薬物複合体(ADC)特許と第一三共「Enhertu®(エンハーツ)」を巡る米国特許侵害訴訟 第一三共に対して特許の故意侵害があったと陪審員が認定
- 6) 2022.07.20 第一三共 press release: 当社ADC製品に関するSeagen社との特許係争の判決に関するお知らせ
- 7) 2022.08.13 ブログ記事: 第一三共ADC技術の知的財産権の帰属を巡るSeagen社との紛争における仲裁 Seagen社の主張を退け第一三共を支持
コメント
【追加情報】
2023年11月17日の第一三共からのプレスリリース(「当社ADC製品に関するSeagen社との特許係争(控訴)に関するお知らせ」によると、第一三共は、2023年11月16日(現地時間)、米国テキサス州東部地区連邦地方裁判所が2023年10月17日に下した一審判決に対し、米国連邦巡回区控訴裁判所に控訴を提起したとのことです。
https://www.daiichisankyo.co.jp/files/news/ir/pdf/20231117/20231117__Filing_an_Appeal_for_Texas_Court_J.pdf
【追加情報】
2024.01.17 第一三共 press release: 当社ADC製品に関するSeagen社との特許係争に関するお知らせ
https://www.daiichisankyo.co.jp/files/news/pressrelease/pdf/202401/20240117_J.pdf