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2008.05.14 「X v. 三菱化学」 知財高裁平成19年(ネ)10008

アルガトロバン(argatroban)の製法に関する職務発明の相当対価: 知財高裁平成19年(ネ)10008

原審: 2006.12.27 東京地裁平成17年(ワ)12576; 別紙

【背景】

一審原告(X)は,一審被告(三菱化学)在社中に、「N2-アリールスルホニル-L-アルギニンアミド類の製造方法」(本件発明)を職務上発明した。同発明は、抗血液凝固剤(選択的抗トロンビン剤)「ノバスタン(Novastan)注」の有効成分であるアルガトロバン(argatroban)を工業的な規模で効率的に製造する方法等に関する発明(ただし,物質発明や用途発明ではない。)であり、欧米で特許取得、日本で審査係属中(特開平10-101649号)である。

本件訴訟は、一審原告が一審被告に対し上記職務発明について,相当対価の支払を求めた事案である。
対価の額の算定方法が争われた。

本件発明に関連する出願として、物質特許など計6つの特許が存在している。

<日本>

1980年: 原告は一審被告(三菱化学)在社中、本件発明を職務上発明。
1986年12月24日: 三菱化学は、本件発明の製造方法に基づくアルガトロバンを有効成分とする抗血液凝固剤「ノバスタン注」を製造承認申請。
1990年1月23日: 承認。
同年6月: 三菱化学が販売開始。
1997年8月1日: 本件発明に係る出願日
1999年9月30日: 三菱化学は、100%子会社であるティーティーファーマに対し、独占的実施権を許諾。
同年10月1日: ティーティーファーマは社名を三菱東京製薬に変更。
2001年10月: 三菱東京製薬はウェルファイドと合併、その後「三菱ウェルファーマ」に商号変更(被告が100%親会社でないが同社が被告の医薬部門であることは、被告「決算短信(連結)」で明らか)。
2003年12月: 被告は三菱ウェルファーマの58.94%親会社に。
2005年10月: 被告と三菱ウェルファーマを完全子会社とする三菱ケミカルホールディングが設立。被告と「三菱ウェルファーマ」は完全な兄弟会社に。

<欧米含む海外事情は省略>

【要旨】

1. 自社実施期間(1990年6月~1999年9月)における算定

ア 売上高
「合計314億2140万円である。」

イ 超過売上高
「上記アの売上高のうち,一審被告が競業他社にアルガトロバン関連6発明及び本件発明により得ることができた超過売上高(競業他社に発明の実施を禁止していることによる通常実施権の行使による売上高を上回る売上額)は,原判決と同じくその4割と認めるのが相当である。」

ウ 独占的利益の算定
(ア) 利益率算定方式か仮想実施料率か
裁判所は、
「a 本件発明についての一審被告の独占的利益の算定方法としては,上記イに認定した超過売上高に対し,①現実の利益率を乗じて算定する方式(利益率算定方式)と,②仮に本件発明を他社に実施許諾した場合に得られるであろう実施料率を乗じて算定する方式(仮想実施料率算定方式)が考えられるところ,原判決認定(68頁下9行~69頁5行)のとおり,自社実施期間において本件発明に係る一審被告の医薬事業部門における現実の利益率を認定することは困難であるから,本件においては仮想実施料率算定方式によるのが相当である。」
と原判決を支持しつつも・・・
(イ) 仮想実施料率方式に基づく算定
において、
「このような本件発明の意義を考慮すれば,実施料相当分の割合が少ないとは評価し難いのであって,これに上記のような第1ライセンス契約の内容,医薬品分野における実施料の実例,三菱ウェルファーマや他の医薬品業界における売上高営業利益率等を併せて総合考慮すれば,上記原薬供給の対価に占める実施料相当分の割合は5%と認めるのが相当である」
として、仮想実施料率を3%とした原判決を相当でないとした。
(ウ) 本件発明の寄与度
裁判所は、
「自社実施期間における本件発明の寄与度は20%を下らない(原判決と同旨)ものと認めるのが相当である。」
として原判決の判断を支持、100%であるとする原告主張も、一般的に製造方法発明は物質発明・用途発明に比べ後発品排除効果が弱いとする被告主張も認めなかった。

エ 一審被告の貢献度
「 なお原判決は~創薬事業においては失敗に終わる研究開発が多数存在するという事情があることから,相当対価の算定に際し「成功確率による減額」を行うべきであるとするが,上記のような事情は,独立の減額事由ではなく,一審被告の貢献度を考慮する際の1要素と把握すべきものである。
以上述べた,本件発明がなされるに至った経緯,一審原告がこれに関与するに至った事情,本件発明の他の発明との比較における位置付け,一審被告の販売努力の内容,新薬開発における研究開発の事情等を総合的に考慮すると,一審被告の貢献度は90%と認めるのが相当である。」
として、原判決では被告の貢献度75%を差し引いたうえで、さらに成功確立による減額(10%)を乗じて算出(x 25% x 10%)するとしたが、知財高裁は成功確立を考慮した被告貢献度として90%を差し引いて算出(10%)するした。

オ 小括
自社実施期間における本件発明の相当対価額は1218万0481円となるとして、原判決の183万円から大幅アップした。
(売上高314億2140万円 x 超過売上高40% x 仮想実施料率5% x 本件発明の寄与度20% x 被告の貢献度(100-90=10)% x 中間利息= 1218万0481円)

2. 実施権付与期間(1999年10月~2017年7月)における算定

裁判所は、

「これによれば,本件実施許諾契約に基づき三菱ウェルファーマが一審被告から承継したアルガトロバン事業等による利益は,単に本件実施許諾契約に基づく実施料として一審被告に直接的に還元されるだけではなく,これに加えて,一つの企業グループにおける親子ないし兄弟会社間における利益配分の過程を通じて,間接的に一審被告に還元されることも予定されているものと解することができ,上記(ア)に述べた本件実施許諾契約における実施料の経済的合理性も,このような間接的な利益の還元を加味して初めて合理的に説明できるものというべきである。

そうすると,実施権付与期間に係る本件発明の相当対価額を算定するに当たっては,上記のように直接的及び間接的に還元される利益の総体をもって一審被告の利益と解し,これをもって一審被告の得た実施料相当額であると解すべきであり,本件実施許諾契約に基づく実施料のみを基礎として本件発明の相当対価額を算定することは相当でない。

そして,本件において上記のような間接的に還元される利益の額を個別具体的に確定することは困難であるから,相当対価額の基礎となる実施料相当額の認定は,三菱ウェルファーマの売上額のうちアルガトロバン事業に係るものを抽出した上で,これに他社にライセンスした場合の実施料率に相当する仮想実施料率を乗じることにより算定するのが相当である。」

と判断した上で、

実施権付与期間における本件発明の相当対価額は、3359万8198円となる、とし、

原判決の957万円から大幅アップした。

3. まとめ

裁判所は、自社実施期間に係る相当額1218万0481円と実施権付与期間に係る相当額3359万8198円との合計4577万8679円に、原告が補償金等として合計1万3000円を受領していること及びこれまでに原告が被告から受けた処遇等の一切の事情を総合考慮すると,本件における対価額は4500万円と認めるのが相当である、と結論付けた(原判決は1200万円。)。

【コメント】

1999年までは実施品は物質特許や用途特許などでもカバーされていた。被告主張のように、確かに後発品排除効果という側面では、物質・用途特許に比べて製法特許は”弱い”という点は一般的な考えである。

しかし、発明の寄与度に影響するファクターとして、後発品排除効果だけではなく、製品化にどれだけその発明が貢献したかという点も重要ということだろう。

日本において、本件出願は審査に係属中であり、未だ権利化されていないにもかかわらず、本件発明の寄与度が「20%を下らない」と判断された点は、本件製造方法の発明が、後発品排除効果というよりも製品化への寄与が重要視されたあらわれではなかろうか。

ところで、いくつかの発明で製品がカバーされている場合、そのうちひとつの発明の寄与度を定量的に算出することは困難だとしても、裁判所が示した本件発明の寄与度20%という数値は唐突すぎないだろうか?どのようにして導いたのだろう?。

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