特29条1項3号の「刊行物に記載された化学物質発明」とは?: 知財高裁平成19年(行ケ)10378
【背景】
原告(シオノケミカル)が、被告(ファイザー)を特許権者とする「結晶性アジスロマイシン2水和物及びその製法」に関する特許(第1903527号)につき無効審判請求(無効2007-800042号)をしたが、審判請求は成り立たないとの審決がなされたため、同審決の取消しを求めた事案。
原告は、甲第2号証に記載されている結晶Aはアジスロマイシン2水和物とは明記されていないが、物性データ(格子定数)が、アジスロマイシン2水和物のそれと一致するから、甲第2号証に記載されている結晶Aはアジスロマイシン2水和物と特定されることは明らかである等、本件特許は特29条1項3号により新規性を欠くと主張した。
請求項1:
結晶性アジスロマイシン2水和物。
【要旨】
2008.04.21 「藤川 v. ファイザー」 知財高裁平成19年(行ケ)10120
の内容とほぼ同じ。
裁判所の判断を抜粋すると下記のとおり。
「特許法29条1項3号所定の「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該発明の技術的思想が開示されていることを要するという以前に,まず,当該物の発明の構成が開示されていることが必要である。」
「原告は,特許法29条1項3号の適用においては,本件発明と同一の物が本件優先日前に存在したか否かが問題となるのであって,その事実が,本件優先日後に頒布された刊行物を参照することにより左右されるものではないと主張するが,同号の適用については,本件優先日前において,甲第2号証に本件発明と同一の物が記載されていると理解できたかどうかが問題となるのであって,本件発明と同一の物が本件優先日前に存在したか否かが問題となるものではない。原告の上記主張は,その前提を誤ったものであって失当であるというべきである。」
「甲第2号証に,結晶Aがアジスロマイシン2水和物であることについて明示的な記載がなく,また,記載された結晶学的データから結晶Aがアジスロマイシン2水和物であることが特定されないとしても,本件優先日当時における当業者の技術常識ないし技術水準に基づいて,甲第2号証の結晶Aの製造方法に関する記載から実際に結晶Aを製造することが可能であり(すなわち,甲第2号証の結晶Aの製造方法が追試可能であり),かつ,その結晶Aが現時点における客観的な資料に基づき,アジスロマイシン2水和物と認められるのであれば,甲第2号証は,本件優先日当時において,たとえその名称や化学構造が不明であれ,製造方法によりアジスロマイシン2水和物という物そのものを特定していたということができる。」
そして、
「甲第7号証の追試及び甲第17号証の追試は,いずれも甲第2号証記載の結晶Aの製造方法についての追試と認めることはできず,他に,本件優先日当時における当業者の技術常識ないし技術水準に基づいて,甲第2号証の結晶Aの製造方法に関する記載から実際に結晶Aを製造することが可能である(甲第2号証の結晶Aの製造方法が追試可能である)と認めるに足りる証拠もない。
したがって,結晶Aが現時点における客観的な資料に基づき,アジスロマイシン2水和物と認められるか否かにつき判断するまでもなく,甲第2号証が,本件優先日当時において,製造方法によりアジスロマイシン2水和物という物そのものを特定していたと認めることもできない。」
請求棄却。
【コメント】
特29条1項3号所定の「刊行物」に「物」の発明が記載されているというためには、
同刊行物に当該発明の「技術的思想が開示されていること」を要するという以前に、まず、当該「物」の発明の「構成が開示されていること」が必要である。
当該物の発明の構成が開示されているというためには、
1) その「物」であることについての明示的な記載(名称や化学構造)があること、
2) 同刊行物に記載されたデータからその「物」であることが特定されること、または
3) 同刊行物の記載内容及び出願時の技術常識に基づいて、その「物」を製造でき、且つ、それが現時点における客観的な資料に基づき、その「物」と認められること
を要する。
2つ目の要件である「発明の技術的思想が開示されていること」については本判決では判断されなかったが、2008.04.21 「藤川 v. ファイザー」 知財高裁平成19年(行ケ)10120の内容と合わせて、審査基準がさらに明確になるよう検討されることを期待する。
参考:
- 特許・実用新案審査基準(第Ⅱ部 第2章 新規性・進歩性):
1.5.3 第29条第1項各号に掲げる発明として引用する発明(引用発明)の認定
(3) 刊行物に記載された発明
②また、ある発明が、当業者が当該刊行物の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できるものであることが明らかであるように刊行物に記載されていないときは、その発明を「引用発明」とすることができない。
したがって、例えば、刊行物に化学物質名又は化学構造式によりその化学物質が示されている場合において、当業者が本願出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造できることが明らかであるように記載されていないときは、当該化学物質は「引用発明」とはならない(なお、これは、当該刊行物が当該化学物質を選択肢の一部とするマーカッシュ形式の請求項を有する特許文献であるとした場合に、その請求項が第36条第4項第1号の実施可能要件を満たさないことを意味しない)。 - アジスロマイシン水和物(azithromycin hydrate): ジスロマック®(Zithromac®)としてファイザーが製造・販売するマクロライド系抗生物質。2水和物である。
- 2008.04.21 「藤川 v. ファイザー」 知財高裁平成19年(行ケ)10120
- 記載要件/引例適格/データは必要か
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