スポンサーリンク

2007.03.01 「ブリストルマイヤーズスクイブ v. 日本ケミカルリサーチ」 知財高裁平成17年(行ケ)10818

臨床試験プロトコールと引例適格: 知財高裁平成17年(行ケ)10818

【背景】

BRISTOL MYERS SQUIBB(原告)は「タキソールを有効成分とする制癌剤」に関する特許(特許第2848760号)の特許権者であったが、新規性、進歩性、及びサポート要件を満たさないとの理由で無効審決とされたため、取消訴訟を提起した。

問題となった請求項1は、

「固形癌、白血病または卵巣癌~患者を治療するためのタキソールを含有する薬剤であって、約135~275mg/m2のタキソールが約3時間に渡り投与されるように、非経口投与用に包装された薬剤。」

であり、

請求項2は、
固形癌または白血病患者を限定するとともに用量を175より大で275mg/m2以下に限定した請求項1の従属クレーム、

請求項3は、卵巣癌患者を限定するとともに用量を175より大で275mg/m2以下に限定した請求項1の従属クレーム。

新規性を否定する引例は、卵巣癌患者に135又は175mg/m2のタキソールを3時間投与するというプロトコールで臨床試験が行われている旨を記載した文献であり、その有効性及び安全性に関する結果は記載されていなかった。

また、サポート要件に関して、明細書には、具体的には、タキソールの投与量として135及び175mg/m2、投与時間として3及び24時間を組み合わせた卵巣癌患者に関するデータしか記載されていなかった。

【要旨】

原告は、

新規性を否定するとされた引例は、臨床試験の途上における発表であり、有効かつ安全な投与という技術効果を挙げる程度にまで具体的、客観的なものとしては構成されていないから、発明未完成であり、引用発明とはなりえない、

と主張した。

しかし裁判所は、

「特29条1項3号においては、当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるべきであるところ、その有効性及び安全性は臨床試験においても当然に期待されてているものであり、その記載どおりの効果が得られることを確認する試験として進行中のものであって、確立した態様としては記載されていないとしても、それだけでは、本件発明の構成要件を充足する態様が記載されていると認定することの妨げにならないというべきであるから、引用文献としての適格性を欠くものではない。」

として、新規性を否定した審決の認定に誤りは無いと判断した。

また、原告は、データとして明細書に記載のない175mg/m2を超える投与量の範囲について、明細書全体の記載から見て自明のことであると主張し、また試験結果を証拠として提出した。

しかし裁判所は、

発明の詳細な説明には3時間のタキソール投与量が175mg/m2を超えるものについては具体的な薬理データが記載されていない、そして、下位クレームがサポート要件違反なので、その範囲を包含する上位クレームもサポート要件違反であるとして審決の判断に誤りは無い、

と判決した。

請求棄却。

【コメント】

臨床試験プロトコールを公開してしまい、新規性を失った事例。情報発信をコントロールすることは重要である。

また、試験結果が何も開示されていないプロトコールが引用発明の適格性を有すると判断された。この点については、

審査基準第VII部第3章「医薬発明」2.2.1.1新規性の判断の手法(2)
「当該刊行物に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に多数列挙されている場合は、技術的に意味のある医薬用途が明らかであるように当該刊行物に記載されているとは認められず、その発明を引用発明とすることはできない。」

における「裏付け」とは何なのか、「裏付け」は必ずしもデータ(試験結果)の有無だけで決するものではないということを明確化する必要があるのでは。ファミリー特許である欧州特許(EP0584001)においても、成立後の異議申立で無効に。同様に新規性の引例適格性が争点の一つとなったようである。

サポート要件に関しては、医薬用途発明には明細書に薬理データが必要であるとするこれまでのプラクティスに変更はない(審査基準でも同様。)。しかし、卵巣癌のデータだけでは他の癌をサポートしないのか、そんなに細かく病態別のデータが必要とされるのか、という意見もあるようだ。

それにしても原告は何故裏付けデータのない用量範囲で争わなければならなくなったのかを想像すると、各国の事情・重要性を踏まえたライフサイクルパテントの出願戦略を考える上で興味深い。

参考:

  • タキソール(パクリタキセル)注射液の添付文書情報(日本):【効能又は効果】
    卵巣癌,非小細胞肺癌,乳癌,胃癌,子宮体癌
    <効能・効果に関連する使用上の注意>
    子宮体癌での本剤の術後補助化学療法における有効性及び
    安全性は確立していない。
    【用法及び用量】
    卵巣癌,非小細胞肺癌,胃癌及び子宮体癌にはA法を使用し,乳癌にはA法又はB法を使用する。
    A法:通常,成人にはパクリタキセルとして,1日1回210mg/m2(体表面積)を3時間かけて点滴静注し,少なくとも3週間休薬する。これを1クールとして,投与を繰り返す。
    B法:通常,成人にはパクリタキセルとして,1日1回100mg/m2(体表面積)を1時間かけて点滴静注し,週1回投与を6週連続し,少なくとも2週間休薬する。これを1クールとして,投与を繰り返す。
    なお,投与量は,患者の状態により適宜減量する。
  • TAXOL® (paclitaxel) INJECTIONの添付文書情報(米国):For patients with carcinoma of the ovary, the following regimens are recommended (see
    CLINICAL STUDIES: Ovarian Carcinoma):
    1) For previously untreated patients with carcinoma of the ovary, one of the following recommended regimens may be given every 3 weeks. In selecting the appropriate regimen, differences in toxicities should be considered (see TABLE 11 in
    ADVERSE REACTIONS: Disease-Specific Adverse Event Experiences).
    a. TAXOL administered intravenously over 3 hours at a dose of 175 mg/m2 followed by cisplatin at a dose of 75 mg/m2; or
    b. TAXOL administered intravenously over 24 hours at a dose of 135 mg/m2 followed by cisplatin at a dose of 75 mg/m2.
    2) In patients previously treated with chemotherapy for carcinoma of the ovary, TAXOL
    has been used at several doses and schedules; however, the optimal regimen is not yet
    clear. The recommended regimen is TAXOL 135 mg/m2 or 175 mg/m2 administered intravenously over 3 hours every 3 weeks.

    他、ほとんどの国で認められている用法・用量は、175mg/m2の投与量で点滴時間が3時間のようである。

  • Wikipedia: Paclitaxel
  • 1998.10.28 「Pfizer/Sertraline事件」 EPO審決T0158/96

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました