バイオテクノロジー関連分野の実施可能要件: 知財高裁平成20年(行ケ)10272
【背景】
「抗HCV抗体」に関する特許出願(特願平10-93767)の拒絶審決取消訴訟。審決理由は実施可能要件違反だった。請求項1(以下本願発明という)は下記のとおり。
請求項1:
少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列からなるポリペプチド中の部位に免疫学的に結合する,抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体であって,
ここで,該部位は,HCVに対する抗体によって結合され得,そして該少なくとも8個のアミノ酸の連続する配列は,以下のアミノ酸配列:
【化1】(判決注:1位のMetから457位のAlaまでの457アミノ酸からなる配列。具体的配列はここでは省略);もしくは
【化2】(判決注:2880位のProから2955位のLysまでの76アミノ酸からなる配列。具体的配列はここでは省略)
中に1または数個の欠失,挿入,または置換を有するアミノ酸配列から得られる,
抗体。
【要旨】
取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
原告は、
「バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理である」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。
しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない。
すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。
本件では,特許請求の範囲の記載は,本願発明に係る抗体を得るためのポリペプチドのアミノ酸配列数が,わずかに「少なくとも8個」であり,かつ,同配列中の「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」を含めたものとされているが,発明の詳細な説明には,そのようなわずかな配列数で特定されたポリペプチドを基礎として,これと同様の活性を有するポリペプチドを得るための改変を含む態様が,当業者にとって,容易に実施できる程度に開示されているとはいえない。」
と判断した。
請求棄却。
【コメント】
バイオテクノロジー関連分野の実施可能要件が争われた。
特定の457もしくは76アミノ酸配列から「少なくとも8個」の配列、さらにその「少なくとも8個」の配列は「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」していてもよいという配列であれば、いかなる配列を用いようとも活性のある抗HCV抗体を作ることができる・・・と当業者にとって容易に理解できるように明細書に開示されてはいなかった。
出願当時の技術常識も問題となったが、原告の主張は認められなかった。
同趣旨の関連判決:
- 2009.09.02 「ノバルティス バクシンズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10273
- 2009.09.02 「ノバルティス バクシンズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10274
- 2009.09.02 「ノバルティス バクシンズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10275
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