効果が特許請求の範囲の特定に基づかない?: 知財高裁平成22年(行ケ)10108
【背景】
「両親媒性複合体,その製造方法及びそれを含有する組成物」に関する出願(平成9年特許願第515568号)に係る発明が引用発明に基づいて進歩性なしとした拒絶審決(不服2007-2650)の取消訴訟。
請求項1:
反応温度が室温から80℃の範囲で,平均分子量が10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質と,脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物からなり,ウンデシレン酸を除く群から選択された炭素数4~30の少なくとも1種の脂肪鎖とを,〔非変性の植物タンパク質/脂肪鎖〕の重量比が1/1~1/10の範囲で反応させて得られることを特徴とする両親媒性複合体
引用発明との相違点2:
本願発明が,ウンデシレン酸を除く群から選択された脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物を用いるものであるのに対し,引用発明においてはウンデシレン酸を用いている点。
【要旨】
相違点2について、裁判所は、
「引用例に記載されたウンデシレン酸誘導体の作用効果のうち,抗真菌及び抗菌特性に着目して,本件審決が「脂肪酸には抗真菌及び抗菌活性をもつものがあることは周知の技術的事項であり,ウンデシレン酸に換えて,同様に抗真菌及び抗菌活性をもつことの知られた脂肪酸を用いることも,当業者が困難なく行えることに過ぎない。」と判断したことに,誤りはない。」
と判断した。
この点に関して、原告は、
「引用例のように抗菌特性の観点から検討することは容易であったとしても,引用例に示唆すらもされていない~皮膚の再生という効果は,ウンデシレン酸と反応させたタンパク質が有する抗菌特性という引用発明の効果とは,明らかに異質な効果であって,予測できる効果ではなく,進歩性は認められるべきである。」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「本願発明は,皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明に該当するものではなく,化学物質自体である「両親媒性複合体」の発明に関するもので,本願発明の目的は,新規な化学物質を提供することであることは,前記(1)のとおりである。したがって,原告が主張する効果は,特許請求の範囲の特定に基づかないものであり,失当である。」
と判断した。
請求棄却。
【コメント】
以下に判決文中の被告(特許庁長官)の主張を引用する。
本願発明は,両親媒性複合体という物自体の発明であり,皮膚の再生という作用に着目した用途発明ではない。そして,本願明細書に記載されたとおり,本願発明の両親媒性複合体は,皮膚の再生用以外にも,乳化剤や微生物防除用として利用されるものをも含むものである。
したがって,本願発明は,皮膚の再生だけを目的としたものではなく,強い湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性をも目的としたものであるといえるから,強い湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性の観点から本願発明の進歩性を検討した本件審決に取り消すべき違法があることにはならない。
また,同じ発明に到達する場合であっても,発明に至る様々な道筋があることが多く,そのうちの一つでも,容易にたどることができるものであれば,その発明に進歩性はないことになる。当業者は,わざわざ困難な道筋をたどるのではなく,容易な道筋をたどればよいからである。
本件審決では,引用発明における強い湿潤化と乳化力のみを利用しようとした場合と,ウンデシレン酸の抗真菌及び抗菌特性に着目した場合の2つの道筋に沿って,当業者が容易に本願発明に到達できると判断したものであり,皮膚の再生という観点に着目した場合における,本願発明に至る道筋について判断したものではない。本件審決で判断したこれらの2つの道筋が,容易ではなく違法であるというのではなく,別の道筋である皮膚の再生という観点に着目した場合が困難であったことを立証したからといって,そのことで,本件審決に取り消すべき違法があることにはならない。このような判断は,裁判例(乙1,2)や特許庁の運用(乙3)とも整合する。
特許庁は、上記のように容易想到性を検討し、さらに本願発明の効果がウンデシレン酸を用いた場合と比較されていないことから格別な効果が奏されているとは認められないとして、原告による効果の主張に対しても反論している。
特許庁の主張は、本願発明は用途発明ではなく化学物質発明であるから、さまざまな効果の観点から(もちろん出願人の主張する効果の観点からも含むであろう)容易想到性を導くことは可能であることを説明している。特許庁の理屈には同意である。しかし、裁判所は、特許庁の上記理屈を理解し、原告の主張をきちんと検討したのだろうか。
裁判所は、原告の効果の主張に対して、下記のように言及してその主張を退けたのである。
本願発明は,皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明に該当するものではなく,化学物質自体である「両親媒性複合体」の発明に関するもので,本願発明の目的は,新規な化学物質を提供することであることは,前記(1)のとおりである。したがって,原告が主張する効果は,特許請求の範囲の特定に基づかないものであり,失当である。
化学物質の発明であろうが用途発明であろうが、その発明の効果が特許請求の範囲の特定に基づくものでなければならないのだろうか。皮膚の再生効果がある化学物質発明であっても、皮膚の再生効果を主張することができるのであって、皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明でなければ効果を主張してはいけないということはないはずである。特許庁の理屈には同意できても、この判決文の理屈だけで裁判所が出願人の効果の主張を退け、格別な効果の検討をしなかったことには納得できない。裁判所は、原告・被告の主張をよく検討・理解し、丁寧な判決文になるよう心掛けてほしい。
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