エチルからブチルへの容易想到性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10448
【背景】
「血管新生抑制剤」に関する特許出願(特願2002-32844; 特開2003-238441)の拒絶審決(不服2008-28310号事件)の取消訴訟。
争点は発明の進歩性の有無。
請求項1(本願発明):
「テトラブチルアンモニウム塩を有効成分とすることを特徴とする腫瘍細胞増殖抑制剤。」
引用例1発明と本願発明との相違点は、本願発明の非選択的K+チャネル阻害剤は「テトラブチルアンモニウム塩」であるのに対し、引用例1発明の非選択的K+チャネル阻害剤は「テトラエチルアンモニウム塩」である点であった。
【要旨】
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
裁判所の判断(一部のみ抜粋)
3 取消事由3(相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)について
(1) 審決も認定するとおり(5頁),引用例2にはテトラエチルアンモニウム,テトラブチルアンモニウムのいずれもが非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤であり,効率的に阻害作用を発揮することが記載されているから,引用例2に接した当業者において,非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤としてテトラエチルアンモニウム塩だけでなくテトラブチルアンモニウム塩も選択することができることを認識し得ることは明らかである。
そして,抗腫瘍効果,腫瘍細胞増殖抑制効果を有する抗腫瘍物質を探索することは,医療分野の当業者にとってごく一般的な技術的課題であるところ,引用例1中には,腫瘍細胞のカリウムイオンチャネル活性が腫瘍細胞の増殖に影響する可能性があるという作用機序(61頁46~52行),テトラエチルアンモニウムのような非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤が腫瘍細胞の増殖を抑制したという実験結果(57頁最終行~58頁8行)が記載されている。加えて,引用例1発明にいうテトラエチルアンモニウム塩と本願発明にいうテトラブチルアンモニウム塩とは,アンモニウムイオンの4つの水素原子をいずれもアルキル基(前者ではエチル基(-CH2CH3),後者ではブチル基(-CH2CH2CH2CH3))に置き換えた化学構造を有するテトラアルキルアンモニウム塩である点で共通するから,引用例1の記載による限り,当業者が化学構造の類似性に着目して,テトラエチルアンモニウム塩に代えてテトラブチルアンモニウム塩を採用する着想を否定することができない。すなわち,引用例1に接した当業者が,テトラエチルアンモニウム塩に代えて他の非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤を採用して腫瘍細胞増殖抑制効果を検証するのは,自然な発想ということが可能であるから,このような引用例1及び2における文献上の記載があって,着想容易性の可能性があるのに対して,これを覆し,医療分野の当業者にとっての腫瘍細胞増殖抑制剤の進歩性を肯定するには,本願発明の実施例に現れる実験結果を参照しなければならない。
この点を本願明細書(甲4)についてみると,前記認定のように,マウスの大腿の腫瘍重量の大小を計測した旨の記載があるだけで,腫瘍組織の血管新生の増減等を実験を通じて検証したことを窺わせる記載は存しない。また,本願明細書中には,テトラブチルアンモニウム塩がテトラエチルアンモニウム塩等よりも顕著な腫瘍細胞増殖抑制効果を発揮した旨の記載はない。他方,引用例1にはカリウムイオンチャネル活性が腫瘍細胞の増殖にとって重要である旨が記載されているから,等しく非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤であるテトラエチルアンモニウム塩の構成(引用例1)をテトラブチルアンモニウム塩の構成(本願発明)に置換することによって奏される腫瘍細胞増殖抑制効果は,引用例1,2から当業者が予測できる範囲を超えるものではない。
そうすると,本件出願当時,医療分野の当業者において,引用例1発明に引用例2発明を適用し,引用例1発明と本願発明の相違点に係る構成に容易に想到することができたというべきである。
【コメント】
「エチル」と「ブチル」という化学構造の類似性に着目すれば、動機付けを否定する材料を揃えるのは困難と思われる。
顕著な効果を発揮したといえる記載が明細書にない限りは進歩性なしの判断を覆すのは極めて困難だろう。
欧米には出願されていないようである。
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