製造方法の進歩性判断: 知財高裁平成24年(行ケ)10245
【背景】
「1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの製造方法」に関する特許出願(特願2002-526737, WO02/22536)の拒絶審決(不服2009-22810)取消訴訟。争点は進歩性。
請求項1:
(a)フェノールと3,3,5-トリメチルシクロヘキサノンとを,酸触媒の存在下に,1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンのフェノールアダクト結晶を含むスラリー中で反応させる反応工程と,
(b)反応終了後,得られたスラリー状の反応混合物をアルカリにてpH5~8の範囲に中和すると共に,加温して,反応混合物を溶液とする中和工程と,
(c)上記溶液を冷却し,得られた1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンのフェノールアダクト結晶を濾過する一次晶析濾過工程と,
(d)上記一次晶析濾過工程で得られたアダクト結晶を晶析溶媒に加温溶解した後,冷却して,1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの結晶を濾過する二次晶析濾過工程と,
(e)上記二次晶析濾過工程で得られた,1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンを含む濾液の少なくとも一部を上記反応工程に循環する濾液循環工程と
を含むことを特徴とする1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの製造方法。
審決では、引用発明と本願発明とは上記(a)から(e)工程を含むことを特徴とする1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの製造方法という点が一致し、一方、相違点は4つ認定された。本判決では主に相違点4についての判断が問題となった。
相違点4:
濾液循環工程において,濾液の少なくとも一部が,本願発明においては,「1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンを含む」状態で「反応工程に循環」されるのに対し,引用発明においては,そのような特定がなされていない点。
【要旨】
主 文
1 特許庁が不服2009-22810号事件について平成24年5月18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
裁判所の判断(抜粋)
審決は,相違点4について,周知例4~6の記載からみて,フェノールと3,3,5-トリメチルシクロヘキサノンやアセトン等のカルボニル化合物を反応させてビスフェノール類を製造する技術において,分離された濾液を製造目的化合物であるビスフェノール類を含んだ状態で上記「反応」を行う工程に「循環」させることが周知であることを前提として,引用発明における「再結晶ろ液を繰り返し使用する」工程において,再結晶濾液の少なくとも一部を,製造目的物である「1,1-ビス-(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサン」を含む状態で,フェノールと3,3,5-トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる工程に循環させることは,当業者が容易になし得たものであると判断する。
この点,確かに,上記周知例4ないし6,乙2によれば,一般に,化学物質の製造工程において,目的物質を主に含む画分以外の画分にも目的物質や製造反応に有用な物質が含まれる場合には,それをそのまま,あるいは適切な処理をした後に製造工程で再利用して無駄を減らすことは周知の技術思想であって,実際,フェノールとカルボニル化合物からビスフェノール類を製造する場合においても,さまざまな具体的製造方法において,途中工程で得られた有用物質を含む画分が再利用されているものと認められる。
しかし,ある製造方法のある工程で得られた,有用物質を含む画分を,製造方法のどの工程で再利用するかは,製造方法や画分の種類に応じて異なるものと認められる。この点,引用発明においては,再結晶濾液を再利用できる工程として,フェノールと3,3,5-トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる前反応及び後反応のみならず,中和後の結晶化工程や再結晶工程が想定されるところ,審決には,フェノールと3,3,5-トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる工程に循環させるという構成に至る理由が示されていない(なお,乙2を参照してもこの点が明らかになるとはいえない。)。
これに対し,被告は,周知例4~6が引用発明と目的物質や反応に有用な物質が同様であることから,引用発明における「再結晶ろ液を繰り返し使用する」工程において,再結晶濾液の少なくとも一部を,製造目的物である「1,1-ビス-(4-ヒドロキシフェニル)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサン」を含む状態で,フェノールと3,3,5-トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる工程に循環させることは,当業者が容易になし得たものであると主張する。
しかし,目的物質や反応に有用な物質が同様であったとしても,具体的な製造方法が異なれば,再利用すべき画分も,その再利用方法も異なり,それぞれの場合に応じた検討が必要となるから,被告の上記主張は採用することができない。
以上のとおり,引用発明に周知例4~6に示されるような周知技術を適用することにより,相違点4に係る構成に容易に想到できたとはいえず,審決の相違点4に係る容易想到性判断には誤りがある。
【コメント】
引用発明が記載された刊行物1(特開2000-128820号公報、出願日1998年10月20日、優先権主張なし)は、本件原告が出願人である出願であり、2000年5月9日に公開された。それから約4ヵ月後の2000年9月11日に優先権の主張を伴わないPCT出願である本件出願を出願人はしたわけである。
刊行物1出願は、日本(JP3774789(B2))のほか、その日本出願を基礎にパリ優先権を主張して出願された欧州(EP0995737(B1))および米国(US6284931(B1))で特許が成立している。
一方、本件出願(特願2002-526737, WO02/22536)も、欧州(EP1318135(B1))および米国(US6673975(B1))で特許が成立している。国際調査報告で刊行物1はA文献として挙げられたが、EPOもUSPTOも何の拒絶理由を与えることなく特許を与えたようである。
本件裁判所の判断について、「目的物質や反応に有用な物質が同様であったとしても、具体的な製造方法が異なれば、それぞれの場合に応じた検討が必要である。」という裁判所の言及は理解できる。しかし、一方で、引用発明と目的物質や反応に有用な物質が同様であるという点から、引用発明に周知例4~6に示されるような周知技術を適用するという特許庁のロジックにも一定の理由があるように思える。
一体、どこまでの「検討」が求められるのか。「それぞれの場合に応じた検討が必要となる」という理由だけで被告の主張は採用することができないとするのではなく、具体的にどの点が足りなかったのか裁判所には示してほしかった。
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