ポリデキストロースの用途発明の表現上の相違と実質的な相違: 知財高裁平成24年(行ケ)10350
【背景】
「満腹化剤としてのバルク剤」に関する特許出願(特願2002-578889、特表2005-508845)の拒絶審決(不服2010-18740)取消訴訟。争点は新規性。
本件補正前の請求項1:
哺乳動物の食欲抑制のための組成物であって,食物摂取抑制有効量のポリデキストロースを含む組成物。
本件補正後の請求項1:
哺乳動物の食欲抑制のための組成物であって,哺乳動物の食欲抑制に有効な量のポリデキストロースを含む組成物。
【要旨】
主文 原告の請求を棄却する。(他略)
原告は、
「食物摂取量を抑制する原因は,例えば食物が食べにくいものであることや,食物が対象者の嗜好性に合わないことといった,食欲の抑制以外の因子があり得ること,すなわち,「食欲抑制」が「食物摂取抑制」より狭い範囲を示すことは当業者の技術常識であった」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「「食欲抑制」が「食物摂取抑制」より狭い範囲を示すことが当業者の技術常識であったとしても,当業者が上記(1)で認定した本願明細書の記載に接した場合,本願補正発明における「食欲抑制に有効な量」とは,食物摂取を抑制するために投与されるポリデキストロース等から選択される満腹化剤の量であって,「食物摂取抑制有効量」と異なるものではないと理解するものと認められる。
~したがって,本願補正発明の「哺乳動物の食欲抑制のための組成物であって,食物摂取抑制有効量のポリデキストロースを含む組成物」と,引用例発明の,ポリデキストロースを10%添加した食餌が,そのかさ効果によりラットの食欲を抑制し,その摂食量を抑制するという点において一致しているから,本願補正発明は引用例に記載された発明であるといえる。」
と判断した。
原告は、
「食欲を抑制する本願補正発明の用途は,食物摂取を抑制する引用例の組成物の用途とは明確に異なるものであるから,引用例には,食欲抑制量のポリデキストロースを含む,食欲抑制のための組成物という,本願補正発明の技術的概念は開示されていない」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「食物摂取は,食欲という欲求を満たす行為であるから,食欲を抑制するということは,食物摂取を抑制することにほかならない。本願補正発明は,ポリデキストロースを有効成分とする食欲抑制のための組成物であり,具体的には,ポリデキストロースが食欲を抑制し,食物摂取を抑制するものである。これは,引用例に開示されたポリデキストロースを10%添加した食餌が,そのかさ効果により,ラットの食欲を抑制し,食物摂取を抑制することと実質的に同一である。すなわち,本願補正発明と引用例発明におけるポリデキストロースの用途は,表現は相違するものの,実質的には相違しない。したがって,原告の上記主張は理由がない。」
と判断した。
【コメント】
「特許請求の範囲の減縮」についての判断も議論となったが、問題の本質は、本願発明と引用発明との用途発明における表現上の違いが実質的に相違するのかどうかという点である。
本願補正発明の「食欲抑制」が、引用発明の「食物摂取抑制」と実質的に相違するのかどうか。
引用例には、「哺乳動物の食欲抑制のための組成物」であることについて明記されていない。(食べたいが)食べ難くする方法も含む「摂取」抑制方法と、気持ちが食べたくなくする方法である「食欲」抑制方法とは、同一でないことは明らかだろう。しかし、かかる限定事項の有無によって「哺乳動物の食欲抑制に有効な量のポリデキストロースを含む組成物」の組成や用途は引用発明の組成や用途と何ら変わるところはないと裁判所は判断した。
裁判所は、当業者の技術常識からの観点よりも、当業者が明細書の記載に接した場合にどう考えるかという観点で、両者の実質的な相違の有無を判断した。
用途発明の表現上の相違が実質的な相違といえるかどうかを判断した参考事案としては、例えば下記のような判決がある。
- 2006.11.29 「花王 v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10227
- 2005.02.10 「メレル v. 特許庁長官(ターフェナジン事件)」 東京高裁平成16年(行ケ)233
- 2011.03.23 「アイノベックス v. アプト」 知財高裁平成22年(行ケ)10256
- 2011.01.18 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10055
- 2011.10.11 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10050
1.5.2 特定の表現を有する請求項における発明の認定の具体的手法
(2) 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
例6:「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」
「成分Aを有効成分とする肌の保湿用化粧料」が、角質層を軟化させ肌への水分吸収を促進するとの整肌についての属性に基づくものであり、一方、「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」が、体内物質Xの生成を促進するとの肌の改善についての未知の属性に基づくものであって、両者が表現上の用途限定の点で相違するとしても、両者がともに皮膚に外用するスキンケア化粧料として用いられるものであり、また、保湿効果を有する化粧料は、保湿によって肌のシワ等を改善して肌状態を整えるものであって、肌のシワ防止のためにも使用されることが、当該分野における常識である場合には、両者の用途を区別することができるとはいえない。したがって、両者に用途限定以外の点で差異がなければ、後者は前者により新規性が否定される。
本願の欧州特許(EP1377280B)は異議申立がなされ、審決で無効となった(T0677/11)。
デュポン press release: 2013.06.27 ポリデキストロースと一日のエネルギー摂取量の減少に関する新研究
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