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2013.10.10 「ECI v. 特許庁長官」 知財高裁平成25年(行ケ)10014

進歩性判断に後出し実験データが参酌されなかった一事例: 知財高裁平成25年(行ケ)10014

【背景】

「eMIPを有効成分とするガン治療剤」に関する特許出願(特願2007-500440)の拒絶審決(不服2010-8649)取消訴訟。争点は明確性(法36条6項2号)と進歩性(法29条2項)。

請求項1(本願発明1):

放射線照射によりガン局所に炎症を生起させた状態でeMIP を投与することを特徴とするeMIP を有効成分とするガン治療剤。

請求項2(本願発明2):

アブスコパル効果を生起させる放射線照射により炎症を生起させた状態でeMIPを投与することを特徴とするeMIP を有効成分とするガン治療剤。

【要旨】

主文

原告の請求を棄却する。(他略)

裁判所の判断

1 取消事由2(明確性に関する判断の誤り)について

審決は,拒絶理由通知を引用し,本願発明2の「アブスコパル効果を生起させる」が,「放射線照射」を技術的に限定するものであるのか否かが不明であり,仮に技術的限定であるとしても,いかなる限定を付加するのか不明であるから,本願発明2は不明確である(特許法36条6項2号違反)旨判断した。

しかし,本願発明2の「アブスコパル効果を生起させる放射線照射」が,アブスコパル効果を生起させるような条件の下において放射線の線量を調整して照射することを意味し,「放射線照射」を技術的に限定するものであることは,請求項の文言上明らかである。

したがって,本願発明2は明確であるといえ,この点において審決の明確性に関する判断には誤りがある。

2 取消事由1(進歩性に関する判断の誤り)について

(1) 容易想到性について

原告は,本願発明が,引用発明,引用文献2及び3に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到できたものではないと主張し,その根拠として,引用文献2及び3にはeMIP が樹状細胞の血中レベルを上昇させることが記載されていないこと,意見書記載の実験結果,及びeMIP とFlt3-L の作用の相違を挙げる。

しかしながら,引用文献2には,eMIP が樹状細胞の血中レベルを上昇させる作用を有すること,及びそれをガンの免疫治療に応用できることが開示されているということができ,引用文献3には,eMIP が血中に樹状細胞を動員する作用を有することが記載されているといえる。原告が審査段階で提出した意見書には,eMIPには樹状細胞の産生を増強する作用が認められないと結論付けられているが,eMIP が樹状細胞の産生を増強する作用がないことは,本願明細書には記載されておらず,本願の優先権主張当時の公知の事実であるとも認められない(むしろ,上記のとおり,引用文献2及び3からみて,eMIP は樹状細胞前駆体を血中に動員する作用を有するものとして知られていたと認められる。)。

したがって,意見書に記載された実験結果を本願発明の進歩性の判断において参酌することはできない。また,ガンに対する免疫療法の開発が広く行われていたという本願の優先権主張日当時の技術水準を考慮すると,樹状細胞のみに作用する増殖因子であるFlt3-L よりも,CCR1 やCCR5 を発現する免疫系細胞に広く作用し,増殖ないし活性化させるeMIP の方が,免疫作用増強の観点から有利なものとして,当業者が容易に置換し得るものであるといえる。

以上のとおり,審決の容易想到性の判断に誤りがあるとは認められない。

(2) 効果について

原告は,本願発明の顕著な効果として,腫瘍抑制効果が抗原非特異的であること,及び,eMIP が放射線照射の腫瘍抑制作用を増強することを主張した。

一般に,あるガン抑制作用が抗原特異的なものであるか非特異的なものであるかは,抗原性の異なるガンを用いた実験をして初めて確認できることであって,本願明細書の記載からは,本願発明のガン抑制効果が抗原非特異的なものであると推認することはできないから,本願発明の進歩性の判断において,意見書に添付した実験データ及び答弁書に添付した実験報告書に記載されたデータを参酌することはできない。

また,引用文献1の著者は,Flt3-L が放射線照射による腫瘍抑制効果を増強しなかったという結果は,予想外のものであり,その原因は,用いたガンモデルにおける腫瘍サイズが,Flt3-L が樹状細胞数を増やして免疫力を増強する能力を上回ったことにあるのではないかと推測していることが理解できるのであって,Flt3-L が放射線照射による腫瘍抑制効果を増強しないとの結論を導いているとは認められない。

一方,引用文献2及び3には,eMIP が,樹状細胞の血中レベルを上昇させ免疫力を増強させることでガンの免疫治療に使用できることが記載されているので,引用発明において,免疫力増強によるガン抑制作用が限定的であるFlt3-L に代えて,eMIP を採用することで,放射線照射のガン抑制効果を免疫力増強により高めることができるであろうことは,当業者が予測し得る範囲のことである。

(3) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。

以上より,審決の本願発明に関する明確性の判断には誤りがあるが,容易想到性についての判断には誤りがなく,結論において相当と認められるから,原告の請求は理由がない。

【コメント】

引用文献2及び3にはeMIP が樹状細胞の血中レベルを上昇させることが記載されていないことを意見書記載の実験結果から原告は主張したが、その主張は本願明細書に記載されておらず、むしろ、引用文献からみて作用を有するものとして知られていたと認められたため、その実験結果は本願発明の進歩性の判断において参酌されなかった。

この事例の判断を基に考えると、先行文献に記載されている内容では実は効果がないことを発見し、それを克服するために効果を示す本願発明を見出した等の主張を繰り広げたい場合には、本願発明が効果を示すことだけではなく、先行文献の内容では効果がないことを示すデータを本願明細書にしっかり記載しておくことを検討する必要がある。

しかしながら、進歩性判断において、本願発明の効果の記載ならまだしも、引用発明の効果についても出願時の明細書に記載しておかなければ、出願後に引用発明の実験データを参酌してもらう機会を与えないという判断には疑問がある。特許法にはそんな記載要件はないからである。

この事例クレームは、放射線照射との組合せという投与方法に特徴のある発明である。

投与方法発明あるいは併用発明について進歩性が判断された事例として参考になるかもしれない。

参考:

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